90:闘魂(前編)
俺には天使の第六感とでもいうべき知覚がある。
闇に浮かぶ光の数々。
受肉体を乗り換える際に経由する精神世界、人間を「器」としてとらえる知覚のことだ。光が大きく強いほど「器」は大きく、ラシェルは皇国一の「器」の大きさだった。
【永生】の素質「感知」とはまた別物。相当に意識を集中し、精神力をすり減らさなければならないため普段使いには適さないし、気軽に索敵として利用できるものではない。
だから、仕方がなかった。
この間、男子貴族生徒に階段から突き落とされそうになったときも、ユノに腕を引かれなければ気づけなかった。
俺の力は純粋な破壊と、多少の回復に特化しており、それ以外の小手先は不得手なのだ。
とにかく、言い訳だ。
つまり……。
「よう。兄ちゃん。このまま内臓をえぐり出されたくなかったら、持ってるモン全部渡せや」
背中を剣で深々と貫かれるまで、俺は冒険者の接近に気づけなかった。冷たい剣身が腹から突き出ている。胃を傷つけられたのか、口から血液があふれた。常人なら助からない致命傷である。
「⋯⋯なにが目的だ?」
「金さ。遺物、探してんだろ?」
「知ってること全部吐きな。素直にアタシたちに譲ってくれんのなら、その怪我も治してあげるよ。アタシはそこそこ、回復魔法を使えるからね」
遺物……?
あぁ、遺物を探しに来たと適当に言い訳したんだっけか。あれを真に受けるとは。気ままに探索するだけと伝えたはずだが、そんなはずはない、コイツは何か情報を掴んでると思われたわけだ。常識的に考えればまぁ……確かにそうか。もっと上手い言い訳をすればよかったか。
「助けてもらえるとは思えないな。回復魔法が使えるというのも嘘かもしれない。俺が地上に戻って冒険者連盟や皇国の騎士団に訴え出たらどうする」
「はっ、オレらは約束を守る人間だぜ。お前にとっちゃ少しでも助かる可能性のある道を選ぶのが、賢明だと思うけどなぁ?」
しかしまぁ、どうでもいい話である。
殺して解決する面倒事は面倒事のうちに入らない。油断や慢心とも言えるし……今も民の間に着々と広まりつつある救済の『天使』像らしからぬ考えだが、実際ここは閉鎖空間。目撃者はいない。入口の監視用通信魔法具には俺の後を追うコイツらの映像が映っていたかもしれんが、だとしてもその後コイツらが洞窟の奥から戻ってこなかった理由はブラックボックスだ。
「さっさとしねぇと失血死するぞ、兄ちゃん」
ここは洞窟の中でも多少開けた小広い空間だが、光線で吹き飛ばすと崩落の恐れがある。彼らの肉体を神聖力で包み、圧死させよう。
「おらッ、なんとか言えよ、ゴミ。そもそも十級が三級のオレらにタメ口きいてんのはなんなんだよ。敬意が足りねぇ」
「あんま痛めつけて、吐かせる前に死なすなよ」
しかしその考えを実行する直前。突如、岩穴に遠吠えが響いた。冒険者たちはいっせいに周囲を警戒し、身構える。
「なっなんだ!?」
動揺する仲間に、リーダーは迅速に指示を飛ばした。
「近いぞ! 中央で閉所円形陣! 左はロイ、右はシュラフ主軸! 荷物は後ろに置いとけ! 絶対にランプだけは壊されるなよ!」
遠吠えは不気味に繰り返し反響する。
聞こえてくる方向はさまざまで、獣の位置は特定できない。
「見えた! 角がある魔物……まずいぞ、狼型だ」
まさか本当に地底にも、人類の敵たる魔力生命体・魔物がいるとはな。体が魔力で構成され、殺すと死体は粒子となって消え失せる異形。
そんな怪物たちの正体は、ファルマンの【分霊】の成れの果てである。世代を経るごとに個体差が拡大していった結果の産物。バルバナの話では、カアウラスによる魔力捕食後、世界に魔力を回復させるためにファルマンが自ら分体を野に放ったとのことだが、その末裔だろうと俺は考えている。
「こんな場所に住んでんだ、光に慣れてねぇだろうからすぐには近寄ってこないと思いたいけどよ──ァがッ!?」
俺に剣を突き立てていた《闘魂》のリーダーが突然、体をのけぞらせた。柄を手放し、もんどり打って倒れ込む。
「リーダー!?」
「なんだ、飛び道具か!? 暗がりから撃って──うっ!?」
またひとり、苦悶の声をあげながら硬い石の地面へと転がる。取り落とした短剣は、水平でない洞窟の岩肌むきだしの道を滑っていく。
「ロイ!!」
完全に俺から注意が離れたので、体から剣を引き抜き、だらだら流れる血を治癒で止めると、かがんでリーダーの傷口を確かめた。
「⋯⋯兄ちゃん、何を⋯⋯」
硬質なトゲが刺さっている。歯や動物の角のような骨質でできた、太めの針だ。飛来してきた方には、うっすら何対かの眼光が見えた。
なるほど、狼型。
人間のファルマンからどこをどうやったらこう進化するのかまったくもって訳がわからんが、魔力を食って体を維持するような生命体に理屈を当てはめるのもバカバカしい。
「クソ、固まってじっとしてちゃ格好の的だ! 岩壁まで走るぞ! 一方向を背にして接近戦をやるしかねぇ! 狭い横穴に逃げ込むんだ!」
誰かが叫ぶ間にも、トゲは飛来してくる。
大半は当たらずに近くをかすめていくが、何本かはランプに突き刺さり、明かりを破壊する。光源が集中的に狙われていた。
もともと五つあったランプはあっという間に数を減らし、影による死角は急速に増えていく。広がる一方の支配領域に沿って狼の気配はじりじりと近づいてきていた。
「まずいわ、シュラフ、盾でランプを──」
最後のひとつを女が抱える。その胸の中央に、ひときわ太く速いトゲがズシリと突き刺さった。
「メラニー!!」
そして光は、完全に消えた。
わずかな明かりすら残さず、純粋な闇が空間を包んだ。
まだ洞窟を建物三階分くらい下った深さだが、ここまでそれなりに道は枝分かれしていた。明かりなしでは地上に戻れるか分からない。
「おい、予備を取り出せ! 麻袋の中だ!」
「ど、どこにある!? リーダーが持ってたよな?!」
ちなみに俺は形式上ランプを持ってきて使っていたが、いくらでも神聖力を光に変換できるため問題はない。
そろそろ照らしてやるか。




