89:上級の追手
「新規登録者ですね。銀貨一枚をいただきます。それから名簿に記名と、認識票の作成手続きの書類にも記入を。代筆いたしますか?」
「頼む」
冒険者連盟、エリトニア皇国・皇都支部。
俺は素顔を晒して──といってもフードを目深にかぶって、冒険者登録を行っていた。
「武器と戦闘スタイルの申告をお願いします」
「剣士だ。この長剣で戦う」
それなりに値打ちのある剣で、見栄えはいい。エメリーヌの金で買った。勘当されたラシェルにも孤児のラグナにも、財産はないからな。
「お名前は……ナグラさん、ですね」
【教化】によって手下とした元一座一門の暗殺者に作らせた名義「シルヴェスタ」はもう使えない。言わずもがな、シルヴェスタは魔技武会で優勝し、そして枢機卿ふたりを手にかけ教皇を誘拐した犯罪者だからである。
「等級は最下級の十級からの出発となります。連盟で試験を受け、判定を受けることで最大七級まで飛び級して始めることもできますが、どうなさいますか?」
「必要ない」
目的を果たすうえで欲しいものは、穏便に地底探検をするための入場証、ただそれひとつだ。
今回調べるのは皇都近郊の地下周辺である。なんでもいいから、カアウラス討伐に関するヒントが欲しい。
無論、本命はスタニックとアルバンが壁画を見た学園・大聖堂の真下なのだが、まずは小手調べだ。その本命の洞窟はファルマンがヴァルデに依頼して崩落させたというから、まず掘り起こす必要があるのだ。学園校舎裏でそんな目立つことをするには、タイミングというものがある。
探索が容易な場所から確認していきたい。
ということで。
「おい兄ちゃん、あんまり離れるなよ。皇都が近いからって油断してると、森に迷って出てこれなくなるぞ」
登録を済ませた俺はさっそく、皇都城壁の外の森を訪れていた。
冒険者登録をしなければ入れない立ち入り制限区域の端っこに、さびれた洞窟の迷路がある。連盟の制限により、一般人が興味本位で入ることもなければ、鉱石や古代の遺物を求めて投機家が目をつけることもない。リスクに対してうまみが薄く、永久に遭難する恐れのある洞窟にわざわざ入る冒険者もいない。
だが一応、許可さえあれば探索は可能だ。ある程度の深さまで図面化した地図ももらえる。
「にしても奇特な兄ちゃんだ。こんな場所に入りたがるなんてよ。今鍵開けてやるから待ってろ」
「下がってなさい。もしかしたら、扉を開けた途端に魔物が飛び出してくるかもしれないから」
連盟の係員から鍵を預かりここまで案内してくれたのは先輩冒険者たちだ。チーム名は《闘魂》。冒険者三級の男女六人で構成された上級チームだ。王国で五本足の巨人から助けた舟歌とやらが四級と五級の混合チームだったから、彼らより強いことになる。
冒険者全体を見たとき、三級以上の冒険者のみで構成されたチームは皇国では二十にも満たないらしい。それなりの実力者ということだ。
「よし、開いたぜ」
《闘魂》のリーダーが扉から離れた。魔法回路の光がぼんやりと浮かび上がり、ガチャリと錠の回る重い音がした。
ゆっくりと扉は回転し、黒く深い穴が顔をのぞかせる。湿っぽい冷気が頬を撫でた。
「薄気味悪ぃな。気をつけな、兄ちゃん。入り口からしばらくは連盟の設置した照明と監視用の旧式通信魔法具が置いてあるそうだ。なにかあれば、そこから連盟に連絡できる。だが曲がり角をひとつ越えれば、もうそれにゃ頼れない。ランプは持ってきたか? 松明じゃダメだぜ」
「あぁ。色々と助かった。感謝する。心ばかりだが、これを……」
俺は懐から銅貨を取り出そうとしたが、リーダーは笑顔でそれを止めた。
「いいっていいって。礼の代わりと言っちゃなんだがよ、何するのか、目的だけでも教えてくんねぇか?」
人の良い笑みで俺の背を叩く中年の男。俺も作り笑いを浮かべて応じる。
「いや、大したことじゃない。ただ、遺物でも探そうかと思ってな。登録したばかりだから、一攫千金を狙ってみたいんだ」
適当な口上で追及をかわす。冒険者は「なるほどなぁ」「若いわねぇ」と頷いて俺の背を押した。
「まっ、さっさと行きな。城門の門限に間に合わなかったら、ここで野宿する羽目になるからな」
上空から戻ればいいだけの話だから門限など関係ないし、もし地底で迷っても最悪天井をぶち抜けばいい。
俺は地下へ続く暗闇へと、足を踏み出した。
◇◇◇
「ちょっとリーダー、なんで案内料の申し出を断ったのよ。あいつ十級の初心者みたいだったし、吹っかけてふんだくれそうだったのに」
「そうだぜ、この間武器を新調したばっかで今月金欠なの分かってんだろリーダー。なにカッコつけてんだよ」
「新しい魔法具、高かったんだから。それとも金にガメつい拝金主義からついに卒業したの?」
黒髪の青年が洞窟の奥へと姿を消した途端、口々に不満を噴出させるチームメンバーたち。リーダーは落ち着くようにジェスチャーをした。
「まぁ待て。よく考えてもみろ。駆け出しの冒険者が、たったひとりでアテもなく、こんな趣味の悪い地下迷路なんかに入りたがると思うか?」
「はぁ? どういう意味よ」
弓を背負った女が訝しげに聞き返す。盾を握る大男も首を傾げた。
「そのまんまだよ。遺物を見つけ出すアテがあるから、こんな場所に入りたがったんだろ」
「アテって……何よ」
「さァな。遺物の位置を記した地図とか、魔力反応を追尾する方位磁針とか……まぁそんな奴だろ」
得心がいったというように何人かが頷いた。それで彼の単独行動の不自然さに説明がつく。遺物は例外なくそのすべてが高値で売れる。《魔撃銃》のような強力な量産兵器から、用途不明の珍品まで、皇国貴族は特に大枚をはたいて買いあさってくれる。人数を増やせばその取り分に揉めることになる。だからこその単独行。
「いいじゃん。で、追いかけるの?」
「当たり前だ。遺物は魔法具の中でも特に使用者を選ぶらしいからな。先取りされて使用条件を奪われちゃたまらん」
「えぇー……ここで待ってようよ。出てきたところを襲って殺しちゃえばいいじゃん」
当然、難色を示す者もいる。
「あのガキに遭難されて、一生その遺物が手に入らなくなってもか? あいつ、十級だぜ。装備もろくに持ってなかった。ありゃ舐めてるな、探索ってもんを」
しかし、賛成派が優勢だった。六人中四人が青年を追いかけ、殺すことに好意的。残りふたりは消極的だったが、説得に負けてついに首を縦に振った。彼らの目下の金欠を解消するには手っ取り早い提案だったためだ。
「まぁもし、アイツがアテもなくふらふら洞窟に入っただけの大間抜けだとしてもよ、腰に差してた長剣はなかなかの上物だったぜ。おおかた門出祝いに奮発して買ったんだろ」
「それを売っぱらっても金にはなるか……いいね。どう転ぼうともウチらに損はない」
リーダーは荷物から予備のランプや水筒を取り出した。麻袋にまとめて放り込み、口を縛って肩に背負った。
「ヨシと……んじゃ、追いつけなくなる前に、兄ちゃんのあとを追いかけようぜ」




