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8:まずは笑顔の練習から

 端的に言おう。

 受肉体の乗り換えに成功した。


 マジか。

 マジだ。


 成功しちゃったよ。

 孤児卒業だよ。


 しかも女の子だよ。

 器のデッカい死体があると思ったら女の子だよ。

 しかもぴちぴちの美少女だよ。


 受肉体の移行?

 なんぼのものですか。


 がりがり孤児からもちもち美少女ですよ。



 とまぁ⋯⋯こう言葉にするとあっさりとしたものだが、実は、これには大変な精神的労働(オーバーワーク)を必要としたのだ。


 俺はまず意識の奥底に沈んだ。下界の空間と同等の広がりを持つ暗黒で、下界の物理的位置関係と距離を同じくする光――生命の輝きないし魔力だと思うが――を求め駆けずり回った。


 この光こそ人間すなわち受肉体候補であり、次なる「器」なのだが、この選定が大仕事だった。



「……思い返すだけで頭が痛くなる」


 

 まず、俺のすぐ周りにはユノ以下の器しか持たない村人たちしかいなかったので、意識の遠征へ旅立つこととなった。「都」と呼べるほど生命の密集した地域を探り当てるのには、相応の時間を要した。


 ユノの話と照らし合わせると、方角的に皇都だと思う。なんとかたどり着いたら、終わりなき大量のトライアルアンドエラーだ。


 つまり、身体に入れるか、入れないか。


 試すのは簡単で、光へ意識を突っ込んでみればいい。はじき返されれば失敗である。


 対象の人間が死体でなければ受肉できないのだ。一つの身体に二つの意思を宿すことになってしまう。世界のシステムが二重人格を弾いてくれるらしい。


 選別を繰り返して、非実体で触れてもはじき返されない、乗り移れそうな光――つまり死にたての人間、新鮮な死体――を見つけても、それがあまりに小さく弱々しいことが多い。それは現在の俺の受肉体、孤児の光とどっこいどっこいなもので、恐らく「天使の器」としての質は期待できない。


 そんなこんなで、ずいぶんと長い時間、たゆたう輝きと闇、二極化した無彩色(モノクロ)の世界を移動した。


 天使としての第六感とも形容すべきこの感覚は、現象面における全ての物質•物体を無視する。現実であったら建物の壁やら山やらが視界を遮るところだが、この感覚の中じゃ全て消えて「器」丸裸だ。


 揺らめく光はさまざまな位置に灯っていた。高さのある建造物もあるのだろう、やたらと上の方できらめく光も存在する。



 もう、本当に疲れた。

 どれだけの時間が経過したのかも分からない。ユノの家の裏に放置された肉体が野良犬の糞まみれになり、頭に鳥の巣ができていてもおかしくないくらいの時間は経ったかもしれない。



 だがとにかく、結構な回数の試行錯誤を経て、俺はそれと出会ったのだ。


 どの器よりも飛び抜けて巨大な器と。


 人の集中している「都」の端に、一際強く輝く光の塊が浮かんでいた。ここまでの探索から知りえた経験則たる死にかけの特徴、光の明滅を巨大な塊は繰り返していた。もうすぐ点滅はピークを迎え、死んだ瞬間に光は鼓動を止める。


 皇都随一の「器」の大きさ、そしてそれが死にかけているという好条件。機を逃す手はない。


 俺はためらうことなく光に触れ、意識をゆだねた。




「で、今ここに至る、と」


 鏡に映る深窓の令嬢を眺めやる。

 俺が笑うと、虚像(美少女)も笑った。


 控えめでやわらかな、人形のような微笑。

 明けつつある夜を焼く朝日が、窓に差し込む。後光にかたどられる少女は、我ながら「美しい」と思う。


 すべすべのお肌。もっちもちの頬。うるうるの瞳。村の中では飛び抜けて顔立が整っていたユノにまったく引けをとらない。今後の成長次第では、本当にとんでもない美少女に育つポテンシャルを感じさせる素体(そたい)


 粉吹きまくったガサガサの孤児とは雲泥の差だ。


 将来は傾国(けいこく)の美女か⋯⋯。

 まぁ中身は女の色気もクソもない大の男なんだが。なんなら人間ですらない。


 


 ──ただ俺は、やらかしてしまっている。


 確かに今の俺は美少女だ。あまり美醜にこだわりのない天使たる俺の目から見ても(まご)うことなく美しい少女だ。


 しかしつい先程まで、この()にはとても「美」という形容詞をつけて呼ぶにはためらわれる生々しい古傷があった。なんと顔の左全面をおぞましい切り傷が走っていたのだ。鳥肌確定、トラウマ確定の顔面だった。

 

 そんな醜さの唯一の主要因を、治癒してしまった。


 それの何がマズいのか、と普通なら思うところであろう。


 確かに、状況を見て、「治したほうがメリットがデカそうだ」「治しても問題はないだろう」と判断して治すのなら問題はない。


 だが、何もわからないうちに、勝手にポンと治してしまうのは大問題だ。古傷は治せないから古傷となっているのであって、治療できるのならとっくに治療していてもおかしくない。


 この少女は貧乏で、治すお金がなかったのかもしれない(部屋を見る限り貧乏ではなさそうだが)。あるいは医療技術的・魔法技術的に不可能だったのかもしれない。それを一晩で、ひとりで、何の脈絡もなくポンと「消えました」じゃ不自然も不自然だ。面倒な状況に追い込まれるかもしれない。


 うーんバカめ。


 いや、仕方なかったのだ。

 初めて受肉したときも身体に大穴が空いていて、治癒が必須だった。その流れで、今回は病におかされていたのを治さなければ不便極まりないだろうと神聖力を巡らせたら、勝手に治ってしまったのだ。


 うん、仕方ない。不可抗力だもの。


 とにかくしばらくは、顔隠し(ヴェール)をかぶって様子を見るしかないだろう。

 

 ただまぁ、あれほどの傷、人目にさらすものでもなし、外す機会もそうありはしないのではないか。と――勝手な希望的観測だけ一丁前にしている。もっと反省しろ。



「ふぅ……一旦切り替えよう」


 長い黒髪をフワッと指で()く。


 それにしても、綺麗な身体は気分がいい。


 孤児時代の垢や憑きものが綺麗さっぱり流れ落ちたかのように晴れやかな心持ちで自分の頭をなでる。

 ちなみにそんな孤児の肉体は路地裏に放置だ。精神だけこちらに乗り移ったんだから、身体は持ってこれない。そりゃそうだ。


 ユノには、たった一ヶ月だが世話になった。その恩は薪割りやらなんやらで返せたと思いたいが、最期の最期できったねぇ男児の死体処理といういやな仕事を押しつけることにもなってしまったか。すまん、ユノ。


 でも本来なら、あの《《隕石で》》爆散した神官たちにリンチされて死んでいたはずの命。あまり気にしないでくれという感じだ。


 とまぁ、新たな肉体を手に入れたはいいのだが、やはり目下の問題はこの娘の人間関係である。

 俺は勝手に死体へ取り憑いているだけで、身体の持ち主の記憶までは継承できないのだ。


 年齢は孤児やユノとそう変わらないように見える。幼女から少女への過渡期、十歳程度だろう。

 

 資産家か政治家か、はたまた貴族の子女か知らないが、記憶喪失を装うことになるかもしれんな。


 うなれ演技力──と言いたいところだが、ユノに疑われていた例もある通り、ボロ出さないか今から不安だ。


 俺は令嬢⋯⋯。

 俺は美少女⋯⋯。


 なりきらなければ。


 ちょうど鏡もあることだし、笑顔の練習から始めるか⋯⋯。

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