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7:TS!!!!!!


「帰れ」


 街で追いついた猊下(げいか)は最初、わたしをにべもなく切り捨てた。


「その程度の魔力量で、後見人になってくれだと? 笑わせる」


「魔力を持って(おご)ったか。私生子(しせいし)か没落貴族の末裔(まつえい)か知らんが、今のお前は平民だ。名実(めいじつ)ともにな。分かったら、私の魔法に殺される前に帰ることだ」


 それはもう、ボロクソに言われた。

 猊下(げいか)はその都市の教会に宿泊していたから、面会の予約を取らずとも教会内部を一日中うろうろしていれば出会うことができた。


 わたしは意を決して、話しかけたんだけど⋯⋯。

 ベルクナー枢機卿は(はな)から取り付く島もない。口をひらけば「お前は平民」「魔力が少ない」「平民」「魔力が少ない」。

 

 それは⋯⋯もちろん、わたしだって二つ返事で後援(こうえん)してもらえるなんて思ってなかった。どこの馬の骨とも知らぬ小娘の飛び込み自薦(営業)。相手は貴族で、神官で、枢機卿だ。無言でわたしの首を()ねておしまい、となってもなんの不思議もない。


 でも、それでも、それだからこそ、ここまで来たのなら最後まであがき、駆け抜けるまでだ。すごすご引き下がって魔法のひとつも披露しないで終わるなんて、あんまりだ。


 わたしは自制の(ふた)蹴破(けやぶ)り、思っていたことを言ってしまった。


「お⋯⋯押しかけた身で無礼な口をきくようですが、猊下(げいか)の魔力量もわたしと大差ありません。わたしの魔法も見る前に、門前払いする理由をお訊きしてもよろしいですか──」


 斬り捨てられてもおかしくない、不躾(ぶしつけ)な言い草。なんと自分本位で、勝手なことを言っているのかという自覚と「引き返してぜんぶ撤回して走って逃げろ殺される!」と悲鳴をあげる理性は残っていた。緊張で震え始める膝を、根性で(りっ)する。


 だが、奇跡だろうか。


「ほう、枢機卿たる私の魔力量がお前と同じであると⋯⋯面白いことを言う」


 ベルクナー猊下は突然笑って、わたしに手を差し伸べたのだ。


「魔力の感知に長けているようだな。お前には、《《私の後継となる素質がある》》」



 ラグナエル。

 わたし、やったよ。


 皇立学園に行ける。

 みんなを癒し、救う神官になれる。


 一方的な想いだ。

 あなたは、わたしの中でここまであなたという存在が大きくなっているなんて、知らないだろう。それはそうだ。わたしは一方的にあなたのことを見ていて、一方的に感化されて、一方的に行動した。言うなれば自己完結、まるっきり片想いだ。


「では次、《中輝重癒(ユージュキージュ)》を見せてやる。魔力の動きを真似してみろ」


「くっ⋯⋯」


 その日、その場で師事は決まり、鍛錬が始まった。ごめんラグナエル、夜には帰るって言ったのに少し遅くなりそう。


 彼の明るく理知的な瞳を思い出すと、心にやる気が満ちあふれてくる。もっと頑張れる。わたしは、もっと高みにいける。


「⋯⋯っ、《中輝重癒(ユージュキージュ)》⋯⋯!」


「おぉ⋯⋯! まさか一度で魔力回路を覚えるとは!」


 必死に魔法を行使するなかで、わたしはそのとき、なぜかラグナエルの気配を感じた気がした。遠く離れた街にいるはずなのに、なぜか後ろを彼が、通り抜けたような──。




□□□□


 時を同じくして、皇都。


 月の夜寒(よさむ)に、水へ反照するさやかな星影。ガラスに波打つ液体を、澄んだ風が穏やかに撫でた。水差しと花瓶と果物を載せた小机が、ベッドの(きし)みにあわせて揺れる。


「ん……」


 シーツへこぼれ落ちる長い黒髪。

 一人の少女が身を起こす。


「ここは……」


 天蓋つきの古びたベッドから下りた彼女は、頼りない足取りで鏡台の前へとたどり着く。月明かりが、左右反転した等身大の輪郭を描出した。


 ふっくらとした唇から、ほうと息が漏れる。


 細く長い肢体。浮き世離れした白い肌を際立たせる、艷やかな髪と透き通る瞳の黒。美貌と称するに難のつけようがない整った造形。


 美しい少女──。


 だがそれは、ある一点を無視した場合のみの話だった。


「……むごい」


 大きな傷跡。

 

 顔の左側に走る、生々しい傷が美形を打ち消してあまりある(みにく)さをさらけ出していた。額から、眉、左目、頬を貫いて、太く浅い線が刻まれている。


 刃物で切りつけたような線条痕(せんじょうこん)。到底、鑑賞にたえるとは呼べない見目(みめ)である。


「⋯⋯っ」


 夜風に吹かれて、鏡台に置かれた顔隠し(ヴェール)が部屋を舞った。


 年季の入った、くたびれた家具と内装。ベッドの天蓋(てんがい)には布を継ぎ足して取り繕った形跡があるし、小机の一本足には添え木が結わえてある。

 それでも室内は清潔さを欠くことはなく、華やかさのみが風化した骨董品の趣をたたえている。


 それらを見渡したとき、突然、少女は血を吐いた。


「ぐッ──」


 びちゃびちゃと床に落ちる赤い液体。

 同時に肢体が震え、息が乱れだす。襲い来るめまいと咳の発作。尋常ではない──もはや呪いのような病状。


 にわかに、目に見えぬ光が彼女の身体を包む。


 感知できる人間は世界に一人として存在しない、人知を超えた力。それはあたたかな温度をもって肉体に染み込む。

 力がすみずみにまで行き渡ったとき、少女の発作は嘘のように治まっていた。


「はぁ⋯⋯はぁ⋯⋯」


 だが同時に、傷跡がなめるように消え去っていくのを、彼女は見ていた。


「しまった⋯⋯」


 鏡に再び映ったのは、端正な挙措(きょそ)で可愛らしく首を傾ける美しい少女だ。


「やらかしたかもしれない⋯⋯」


 鈴の鳴るような可愛らしい声が、静まり返った部屋へ響いた。

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