84:生徒会
「失礼するぜ」
扉が乱暴に開け放たれた。
「予告すればいいというものではない」
「挨拶だろ」
ゲルトは生徒会室を突っ切り、ブラウンの髪の少女が仕事するデスクに腰かけた。書類がバサバサと落ちる。インク瓶が倒れた。
「それとも本当に失礼して欲しいってか?」
ゲルトの手が少女の顔に伸びた。
「《罰則》」
少女は怒気をはらんだ仕草で指を鳴らした。
紫電の閃光が走った。
部屋が揺れる。大気の焦げる臭いがした。
「あっぶねぇな。アンタは予告すべきだろ。威嚇射撃を下級生に直撃させるモンかね」
生徒会室の隅には一体のゴーレムが佇み、片腕を上げて銀髪の少年に狙いを定めていた。球形のフォルム。関節はなく胴体と頭部が独立して浮かび、鋼鉄と魔力回路の織りなす威圧的な巨体が空間を占領している。大障壁の内側を警備する古代の遺物・《アルカンゲルム》である。
遺物から放たれた雷撃は、ゲルトの背後に展開された岩壁に打ち当たって、煙を上げていた。
「貴様なら容易く防ぐだろう。それに、食らいたがっていたようだからな。希望に応えてやったまでだ」
「あァ。そりゃお気遣いどうも、ホルン会長」
ケーテ・ド・ホルン。
ホルン伯爵家の一人娘であり、皇立学園三年生首席にして生徒会長を務める十七歳の少女である。ブラウンの色をした肩にかかる髪と切れ長の目は高貴そのもの、生まれ持った才覚とカリスマ性は一級品。生徒会長として学園運営に携わり、直接的な権限を与えられるだけの資格を有する人間だった。
「性的倒錯に目覚めたとは言うまいな。用件は何だ」
「そうせっつくなよ。オレの敵対者・アリカ姫の現状は知ってるか?」
「貴様と、貴様の兄の敵対者・アリカ第一皇女殿下のことなら聞き及んでいる。魔技武会で王国の剣豪──テレサだったか? 非魔法師に敗れて荒んでいるそうじゃないか。第一回戦で敗退したアドルフ殿の方が傷は深いと見えたのだがな」
生徒会長ホルンはデスクに両肘を立てて指を組んだ。
床から木の枝と蔦が伸びて、落ちた書類を拾い上げる。デスクの上からゲルトを押しのけて元の位置に戻すと、倒れたインク瓶に絡みついてを起き上がらせる。枝のひとつから葉が伸び、ふたつに分かれた。合間から蕾が顔を出し、急速に花を咲かせる。
花がこぼれた黒インクを吸い取っていくのを横目に見ながら、ゲルトは自分の定席に近づき、今度はそこへ体を投げ出し、デスクの上に腰を落ち着かせた。
「兄貴も、教会派旗印としてのメンツを潰されておかんむりだけどよ。それだけの話じゃねぇ。無事だったとはいえ教皇が誘拐され、【疾迅】と【神域】が大勢の前でなすすべなく殺された」
ゲルトは二個上の上級生に粗略な物言いで語る。
「聞いてるだろ。【断罪】のサリナス猊下も長いこと行方不明。そのうえ、アンタの親父さんを含めた教会派の重鎮が軒並み、これまた行方不明となった」
ホルンは気にした様子もなく、窓から学園を見渡しながら彼の言葉を聞いていた。
「アンタも知らないんだろ、上層部の連中がどこに消えたのか。仲よく慰安旅行でもしてるんならいいけどな」
「貴様の父は無事だそうだな」
「あいにく旅行にお呼ばれしなかったみてぇでな」
まだ朝の早い生徒が登校し始める程度の時刻であり、眼下の大障壁正門を抜けて入ってくる馬車は少ない。徒歩の平民がまばらに見えるくらいだ。
「【教化】のエメリーヌは裏切っただのなんだのと言われてはいるが、とにかくヴァルデ猊下の手の下に死亡している。【永生】のベルクナー猊下とも連絡がつかないらしい」
「何が言いたい」
「分かるだろ。優勢だった派閥抗争に陰りができた。第一皇子の出涸らし皇女がダメージを受けてからな」
「向こうの策謀だと?」
「ほかに原因があるかよ。精神的に落ち目の皇女や老いぼれの皇帝は省く。怪しいのは《総局》のアルバンや、シェヌ家の長男・ニルスあたりってトコかぁ? 裏で動いてるヤツがいる……ってのが親父と兄貴の見解だ」
教皇派の伯爵家に生まれながら枢機卿がひとりファルマンより直々に自由を認められ、皇女の元に入り浸っている《魔転書》の持ち主。ニルス・ド・シェヌは頭の切れる少年だ。
「それで我々か。アルバンもニルスもこの学園にいる」
「そういうこった。アンタなら動きやすいだろ? オレにもいくらか『権限』を分けて欲しいんだよ。秘密裏にな」
「そういうことなら、可能だ。学園運営からも皇帝派の排除は進んでいる。数体の《アルカンゲルム》や多少の防衛システムへのアクセスなら問題にはならない」
ゲルトは薄笑いを浮かべた。
「感謝するぜ、ホルン会長」
「だが、まさかとは思うが」
背を向けて生徒会室から出ていこうとする少年をホルンは呼び止める。
「私情で力を濫用はしないだろうな。たとえば、貴様の妹──」
「会長」
振り返った彼は言葉を遮る。
「アンタの平民蔑視と何が違うってんだ? オレらの仲だろ? 頼りにしてるぜ」
短く言い残してゲルトは扉の向こうに出ていった。ホルンはため息をつく。
ふたりは婚約者だった。
ケーテ・ド・ホルンはひとり娘。ホルン伯爵家の当主は派閥抗争の諍いのなかで皇帝派の親族と対立し、兄弟が家督を継げる状態にない。ゲルトが婿に入らなければホルン領は親族に乗っ取られる形になる。
「……揉み消すまでか。仕方ない。何か起きてもどうせ害を被るのは『呪い』だ」




