81:いや、不可抗力だが
砂漠が終わり、深い奈落が口を開けている。
天地を貫く陽炎のような空間の裂け目から、稲妻があふれ、静止していた。
「神聖、力」
あの稲妻は紛れもなく大天使ヘルゴエルのものだ。
準備も説明もなしに下界へ降臨させ、受肉体を雑に選んだ、俺の労苦の元凶・クソ上司ヘルゴエルの力。超越空間に戻ったら往復ビンタを叩き込んでやると三年前に誓った懐かしい存在の気配が、稲妻──だけでなく空間のひずみ自体から感じられる。
そしてそれの前に浮かんでいる、青い髪の少女。
十八、十九歳くらいに見える。
このような場でなければ、生気のない顔をした、少し古くさい格好の普通の少女としか思えなかっただろう。塗料で染めたような毒々しい──いや、珍しい髪色ではあるが。彼女からは神聖力の気配は感じられなかった。
「────アナタハダレ」
耳慣れない発音の声が、耳元に直接聞こえた。
この力場の中では音が非常に遅れて、くぐもって聞こえる。自分の鼓動や唾をのむ音がやたらと大きく鼓膜に響く、ほぼ無音の空間だ。会話は困難。何かしらの魔法具を使って喋りかけたのだろう。
光は……力場の干渉を受けているのかは分からないが、もしかすると目に映る像にも遅延や歪みが存在しているのかもしれない。
「|ドウシテハメツノチカラヲモッテイルノ《どうして破滅の力を持っているの》」
「あなたは、【護光】の枢機卿・バルバナさんですか?」
「──ソウ。バルバナ」
真っ青な瞳がこちらを射抜いた。
「破滅の力とは、これのことですか?」
てのひらの上で多量の力を圧縮し、光として可視化させてみせる。少女はまばたきだけで肯定の意を示した。
「なるほど。⋯⋯立て続けに反問ばかりで恐縮ですが、この稲妻の群れと裂け目はいったい、何ですか? この『破滅の力』を抑えるために、【護光】でこんな高圧の環境を作っている……のでしょうか?」
「──?? モットユックリ喋ッテ。ンンン、アァ、ァ、アー、アー、コトバ……言葉ノ発音ガズイブン変ワッチャッテ、ツイテケナイ」
おかしなことを言うバルバナ。発音が変わった?
どういう意味だ。
「あなたは皇国人に見えますが……年齢をお尋ねしても? どのくらいの間、ここに?」
「──千年。私ハ不老ダカラ。破滅ヲ食イ止メナキャイケナイ」
苦しげに息を継ぐ。
「【永生】デアリ、【護光】。私トファルマンハ、不老不死ノ、初代枢機卿ナノ。知ラナイ?」
知らない。
というか、なんだ。情報量が多すぎる。
この裂け目と大天使ヘルゴエルの神聖力のことは一旦おいておくとして、この少女──バルバナとファルマンが、エイリトニア皇国建国時からの初代枢機卿?
ふたりとも不老不死だと?
両名それぞれが【永生】の魔法具を持っているのか?
しかし……【永生】という古代の神器級魔法具、アレは人柱が死を肩代わりするだけの代物で、不老の力はないはず。
少なくともユノからはそのように聞いている。
当代の【永生】ベルクナーが語ったそうだから、彼が嘘を吐いていない限り間違いはない。それに、千年も人を生かすほどの不老を与えてくれるのだったら、ベルクナーが後継者を探し、育てる必要もない。
「混乱シテルネ。イイヨ、教エテアゲル」
バルバナは見知らぬ不審な少女に対して、親切にも説明を始めた。
蓋を開ければ単純なこと。【永生】はもともと三つあった。一点物ではなく、《魔撃銃》のように同じモノが複数存在する魔法具だったわけだ。そして、そのうちのひとつが「欠陥品」であった。それだけの話だ……と少女は端的に言った。
バルバナとファルマンの【永生】は不老不死。老いることなく、死に至る怪我は人柱が肩代わりしてくれる。
対して、外傷に対しては無敵だが寿命で死ぬ「欠陥品」の【永生】を受け継いだのがベルクナー。そういうことらしい。
なるほど……ベルクナーはどうでもいい。
つまりファルマンは、【分霊】と【永生】の両方を持っている。分体は簡単に四桁台まで増殖するうえに、不死。なんという衝撃の事実。
まずそこが一番重要な情報である。
今まで、老紳士は光線で貫いて殺せば普通に死んでいた──要するに【永生】は機能していなかった。
流石に分体ひとりひとりに身代わりの人柱を設定するような真似はしていなかったということなのか、【分霊】の魔法具は分身時に複製できても【永生】の魔法具は複製できない──【永生】は本体だけが所持しているということなのか。
そこまでは知りえないが、この世界のどこかにいる「本体」は不死の可能性がきわめて高いわけだ。
とてつもなく厄介だ。厄介この上ない。
というか、ファルマンは完全にベルクナーの上位互換だ。不老不死で増殖までできるなんて。
俺がひとしきり驚愕していると、【護光】の少女バルバナはまた口を開いた。苦しげに声をかすれさせる。
「貴女、他ニ知リタイコトハナイノ? 何デモ答エルヨ。ドウセ、モウスグ私、死ンジャウカラ」
「死ぬ──?」
唐突なカミングアウトに思わず眉をひそめる。
「不老ト言ッテモ、流石ニソロソロ私ノ【永生】ノ魔力ガ尽キル。【護光】ヲ展開シテル私ニ近付クノハ不可能ダカラ⋯⋯魔力ノ補充モデキナイシ」
力場を発動した千年前から、彼女はずっとひとりきりでここにいた。たまにファルマンが力場の中を年単位の時間をかけて強行してきて会話をすることはあったが、魔力の補給が行える距離にまで接近することは絶望的。たとえ《魔転書》を使っても、転移してきた瞬間に圧死しちゃうだろうね、と彼女は補足した。
──貴女なら【護光】の力場に潰されずに私に近づけるかもしれないけど、貴女は魔力を一切持ってない。「感知」があるから分かるの。違う? 私は今日の夜明けまですら持たない命。もう間に合わない──。私は死ぬ。
そうバルバナは語った。
俺に魔力が皆無であることを見抜くとは、彼女もきちんと「感知」ができるらしい。
そういえば、ファルマンには「感知」の才がなさそうだったが……。
『【永生】を上手く扱うには感知の才は必須』とユノから聞いている。人柱と魂を結びつけてなんだかんだとするうえで、必要なのだそうだ。
ファルマン本体、不老ではあるけど、実は不死の方は才能がなくて上手く使えません! という可能性もあるわけだ。そうだとかなり嬉しい。
希望的観測。だが考えてみると、なかなか結構ありえる気もしてくる。目はありそうだ。
情報が増えて勝負の分がどちらにあるかが揺れ動いている。総合的に、勝ち目がないなんてことはまったくない。攻略法さえ見つければむしろどうとでもなる。
にしても、しかし…………俺が訪ねた今日が、まさか彼女の不老不死が限界を迎える日だったとは。ギリギリ、こうやって話を聞くことができた。
異端審問に捕まって一悶着はあったが、今晩ここへ来れてよかった。幸運だったな。
「ソウソウ、貴女ガ暴レテルノヲ感ジテ、気ガ逸レタトキニ破滅ノ力ガ暴走シチャッテ。抑エルノニカナリノ魔力ヲ消費シチャッタカラ、数年分寿命が早マッタンダヨネ。アァ、貴女ガ気ニ病ム必要ハナインダケド」
俺のせいで限界を迎える日が早まっただけだった。
なるほど。
いや、不可抗力。バルバナの都合など知る由もないし、不可抗力だが。
「トコロデ、色々教エテアゲタデショ? コノ亀裂ニツイテモ教エテアゲルカラサ。貴女ニヒトツ……」
断りにくい空気を醸成させたバルバナは哀願するように目を閉じる。
なんだ。
俺は嵌められたのか。
「オ願イガ、アルンダケド」
聞くだけ聞いてはやる。
願いを叶えるのとはまた別問題だけどな──そんなことを思いながら、彼女の言葉を待った。
そして、切なく縋る声を震わせて、青髪の美しい少女は言い放ったのだ。
「カアウラスヲ──────殺シテ」




