79:地獄の苦しみ
「やれやれ、困りますね。貴重な魔力源をそう減らしてもらっては」
立ち塞がった【永生】のベルクナーを俺はしげしげと眺める。神経質そうな灰色の目、金縁メガネ、短い白髪、長いローブ。腰には革のベルトが巻いてあり、杖やら小瓶やらナイフやらがぶら下がっている。
神通力の本体・神器がどれであるのかはパッと見ただけでは分からないな。ユノも魔法具自体がどんな形状をしているかは知らないと言っていた。
光が走る。
鋭い一本の線がベルクナーの顔に迫ったが、青色の魔法障壁が展開されて、それを弾いた。続けて二本、三本、四本と老人の脳を狙って細い光線が交錯したが、尽く阻まれる。
彼はローブを脱ぎ捨てた。
「くく、先の大技はもう弾切れですか? ……もう分かってるでしょう。内蔵魔力はいつか底を突く。予備魔力筐を持っている様子もなく、お前に魔力はないときました。手詰まりなんじゃありませんかねぇ?」
面倒だな。小手先の様子見は必要ないか。不老不死というくらいなのだから、もしや塵も残さず消し飛ばしても復活するんじゃなかろうか……ということで今度は出力を中程度までに高めて撃ち放す。
轟音とともに光の柱が楼閣の内部から外へ向けて突き立った。老人の肉体は蒸発する……が。
しかし、煙が消え去ると、ベルクナーは変わらず平然としてそこに立っていた。──全裸で。
「チッ……驚きまし……いや、驚いた。はぁ⋯⋯まだ余裕があるとは。だが、私に残存魔力を割いていいのか? 外にはファルマンがいる。墓場の先には【護光】バルバナもいるぞ」
彼の口調が敬語から高圧的なものへと切り替わった。
「そして私は正真正銘、不死だ。お前の攻撃はまったくの無駄打ちとなる」
今の砲撃で、彼という人間は一度、確かに蒸発したはず。それを裏付ける理由として、彼は全裸だ。秘部を隠す素振りもなく、なんとも自信満々に裸体をさらけ出している。衣服は消失したのに、肉体だけが蘇ったようだ。
神器ごと再生しているのだろうか。【教化】の腕輪のように不壊の特性を持っている魔法具で、体内に埋め込んである・飲み込んである、とか。
あるいは身に付けずとも、別の場所にありながらにして、彼を不死に仕立て上げることができる神器なのだろうか。
過程は分からないし見当もつかないな。
ただ、不死のタネは知っている。
俺は踵を返して壁際へと歩み寄った。
「む、どこへ──」
神器の究明は今でなくともいい。取りあえず「殺しまくれば殺せるのか」を確認しておこう。殺せればそれまでだし、殺せないのなら今晩のところは放置でいい。彼自身の戦闘能力は大したものじゃないからな。
俺は月夜へ浮かび上がった。
「逃げる気か? 無駄だ、お前は我々に楯突いたのだ。教会は今後、『天使』を異端として徹底的に弾圧する。お前の居場所はもう、どこにもない。皇国以外の大陸諸国にも教会の力は及ぶ。愚昧な民どもに崇められていい気になっていたな。残念ながらもうお前は天使を騙る『偽天使』となるぞ。だから────っ!?!?」
物体操作に力をそそぐ。楼閣がきしみ、柱が悲鳴をあげた。次々と壁が割れ、梁が砕け、連鎖的に階層が押し潰されていく。埃が舞い、木片が弾け飛んだ。
ゴチャゴチャと喋るベルクナーごと、楼閣をひねり上げる。
「な──ッこのうえさらに念動力を」
砂上の建築物は宙に丸めこまれていった。泥団子をこねるように圧縮する。下の階に逃げ延びていた権力者たちの断末魔が響き渡った。
「た、助け──っ!!」
「〜〜〜〜〜〜ッ!!??」
「だ、誰か! 誰でもいい! ワシを助けよ!! イヤだ、死にたくない⋯⋯!!」
「悪魔だ⋯⋯」
ベルクナーも瓦礫の内側に巻き込まれて見えなくなる。
そして容赦なく、そこへ大出力の光を撃ち込んでやる。星空の下で、また大気が鳴動する。
楼閣は弾けるように瓦解し、その九割を永久に虚空へと喪失した。
派手で見応えがある。
人里など見渡す限り存在しない、森と砂漠の奥地だから思う存分力を振るえる。案外爽快である。
少し胸のすく思いで眺めていると、蒸発し残った人影が見えた。
「う、うぅ……お前……っ」
あっぱれ、ベルクナーだ。
筋肉質な老人の体が落下していく。再生の瞬間を俺は見た。骨の周りに筋と肉がまとわりつき、血が通い皮膚が覆う。なるほど、こうやって生き返っているのか。彼が砂丘に墜落するのを眺めた。
それなりに時間をかけて回復していくようだ。
……この間に攻撃したらどうなるのだろう。
「まぁ、彼よりファルマンの方を優先したいのですが──」
無意識に敬語でひとり言を呟きながら、どこかにいるはずの【分霊】を探し、片手間にベルクナーを拘束した。彼は金縛りにあって宙づりになる。
「は、バカめ。何をしようとも殺せはしない。魔力の無駄だぞ! 私は不死身なのだから」
「その通りですね。あなたの人柱が尽きるまであなたにかかりきりという訳にもいきませんし、少しだけ実験をして、あなたは逃がして差し上げます」
ベルクナーは口を大きく開いて唇を震わせた。
「!?!? お、お前! なぜ人柱のことを知っている!?」
お前の被後見人・ユノから聞いたからだ。
魔力量がそのときの人柱に依存すること、【永生】は不老ではなく普通に代替わりをしていて、後継者とするためにユノを弟子に取ったということまでな。
「大丈夫、ここにある程度の力を滞留させて、それが尽きるまであなたを蒸発させ続けるだけです。終わったら、逃げて構いませんよ。金縛りも同時に解けるはずです。殺すのはまた後日ですね」
「し、質問に答えろ、偽天使めが!」
「ではまた」
高慢に声を張り上げたベルクナーの全身を超高温のエネルギーが焼いた。神聖力をいくばくか、彼のそばに置いていく。上空に人を金縛りしておくのと同じ要領で、対象を焼き続ける光線をごく狭い範囲に展開する。
おぞましい絶叫があがった。
よほど痛いのだろう。
しかしすぐ、喉が潰れたのか焼けたのか、息が尽きたのか、叫ぶこともできなくなったと見えて、静かになった。
肉が焦げ全身の血が沸騰し骨が崩れるのと同時に、【永生】の力で彼は肉体を回復している。人柱が湯水のように消費され、この瞬間にも命を散らしているというのは気の毒な事実だが、配慮する気はない。ユノによると人柱は皇都地底の洞窟の一角に閉じ込められているらしく、そのほとんどの魔力の波長が似通っていたという。──おそらくファルマンを命の「ストック」として利用しているのだろう。
身代わりに死んでもらうためだけに増やし生かしているとは、もはや財産としての奴隷以下、家畜と同等の待遇だ。同僚への扱いとは思えないが、それを受け入れるファルマンもファルマンだな。
この間も、ベルクナーは神聖力の中で死に続けている。
そのうち【分霊】が追いつかなくなって死ぬか、生き返り続けて生き延びるかは分からないが、取りあえずベルクナーは放置だ。
俺は砂漠の地表すれすれまで急降下する。
さて、ファルマンは──と。
────いた。
俺の砲撃で瞬殺されることを警戒しているのだろう、五百や六百ではきかない数にまで増殖している。黒い燕尾服の老紳士がところ狭しと蠢きながら、現在進行系でその数を膨れ上がらせ続けている。
なんというか、まるで蟻だ。
まぁ、ここで全滅すると彼のここでの記憶は無に帰するわけだからな。本体と記憶の共有がなされないというのは、結構重大な弱点であり、俺にとっては付け入る隙である。
砂丘ふたつ分を埋め尽くす千近くの老人。
同じ顔、同じ背格好。
そして同じ姿勢でいっせいに、彼らは天へ片手をかかげる。大小さまざまな攻撃魔法が火を噴いた。
炎、氷、岩石、雷、水、木、光──多様な属性が俺の眼前に入り乱れる。
無数の曳光が交錯した。飛来する魔法が結界へ衝突する。
宙空に浮遊する俺の四方を囲む円形結界がわずかに揺れた。押し寄せる大量の攻撃魔法の波。数こそ多いが……ヴァルデの足元にも及ばない威力だ。表層にヒビすら入らない。
「あなたもベルクナー同様、ここで殺したところで死なない訳ですし⋯⋯早々に決着をつけてしまいましょう」
このあと俺は「墓場」の奥を見に行く。そこにはおそらく、【護光】の枢機卿バルバナがいるはずだ。今までの情報を総合した限りでは。
墓場とは何なのか。
バルバナはなぜ砂漠の奥にいるのか、何をしているのか。今晩はこれを暴いてしまいたい。【分霊】【永生】の完全なる殺害は次のお楽しみに取っておく。⋯⋯殺せないので取っておかざるを得ないともいうが。
俺は神聖力を指先一本に集める。
まばゆい輝きが夜闇を切り裂く。
老紳士の群れに、過去になく太く広い光の束が、落ちる。
ファルマンの分体は一人残らず、蒸発した。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
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あと数話でRe:学園編へ突入です。
舞台は再び学園へと戻ります。
ちなみにカクヨム様では本作の先行公開を行っております。そろそろ追いつきそうですが、数話は先取りすることになりそうです。よろしければどうぞ!!




