67:仮面をとってはくれないか
愚直に、まっすぐに。
ただ剣身と切っ先に神聖力を籠めながら、俺は長剣を振り抜いた。
「がッ──」
安物ゆえに切断には至らない。
しかし神聖力が彼女の体を鈍く、重く打った。彼女の肉体は天高く舞い上がる。
俺はありえない向き、ありえない姿勢から剣技を放った反動で、石舞台に強く背を打ちつけた。
舞台上をしばらくすべる。
「…………」
……どうなった。
会場は静まり返っていた。
果たして勝敗は決したのか。
俺は、可動域を超えた挙動で破壊された人体をこっそり治癒しながら、立ち上がる。
テレサの姿を探す。
審判の、理解が追いつかないという呆けた表情が目に入った。審判の視線をたどった先に、剣豪は倒れていた。起き上がってくる気配はない。
仮面ごしに審判と顔を見合わせた。
俺はとんとんと指で口を指し示す。彼は慌てて、拡声の魔法具をつかんだ。
「決着がつきました、決着です!! ま、魔技武会優勝者は──、冒険者・シルヴェスタ……!!」
間をおいて、歓声が爆発した。
「おぉおおおお!?!?」
「なんだ今の!? 変な動きしてなかったか?!」
「今回面白ぇ! 優勝候補が三人もいたのに、三人とも外れるなんて」
「面白くねェよ、三人に賭けてたのに全敗だよ」
「うぅ、姉御ォ!!」
「魔法具で優勝なんて不正だ不正! おい不正野郎!」
「勝ちは勝ちだろ、最後の一撃見てなかったのかバカ」
連盟本部の吹きさらしの最上階に、観客が沸き立つ。
……どうやら上手くいったようだ。
文字通り身をすり減らしての、ギリギリ辛勝だったが。アドルフ以上に厄介な戦いを強いられた。アリカが彼女に負けるのも道理だ。魔法師のいない国でトップを取るような剣士の個対個の戦闘力は、魔法師にも匹敵するということである。
剣術をかじった身として、彼女のことは素直に尊敬する。
「お姉ちゃん!!」
茶髪のツインテールの少女がテレサに駆け寄った。
「リテレーゼ……わた、私は負けたのか。魔力に……魔法具に」
「お姉ちゃん、まだそんなこと言って──」
「……いや、いいんだ。少し吹っ切れた。ヤツもいい剣を振るじゃないか。魔力に頼る者が努力するなら、私もいっそう、努力しなくてはな……ありがとう、リテレーゼ。いつも心配をかける」
「お、お姉ちゃん……!!」
感極まって涙ぐむふたり。
よく知らないが、姉妹喧嘩でもしていたのだろうか。姉は過激思想の持ち主のようだったからな。
どうでもいいことを考えて、審判に目を向ける。
こちらの意図を察したようで、男は答えた。
「表彰の式典は明日行われます。今日のところはご退場いただいて結構です。式には教皇猊下も来られますので、その、仮面はそのままでも、せめて外套は脱いでご出席ください。じきじきにお言葉をもらえる時間があることと思いますので……」
教皇に近づけるのなら何でもいい。
いまだ興奮さめやらぬ視線のふりそそぐ石舞台から飛び降りる。
今日のところはエメリーヌたちと合流して休もう。明日の段取りについて詰めておかなければならないことがあるからな。
そうその場を去ったのだが、会場を出てすぐのところで、俺を呼びとめる者があった。
「待ってほしい。ぶしつけな願いですまないが、貴殿、その仮面をとってはくれないか。⋯⋯あぁ、すまない、名乗っていなかった。僕はスタニック。エイリトニア皇国の第二皇子だ」
……なんだどうしたスタニック。
数日前に【教化】という名の籠絡をしてやった金髪の少年が立っていた。連盟本部の石を削って造られた細い廊下で、俺たちは立ち止まる。ほかに人気もない。
「先の剣技──あれを僕は知っている。速く鋭く軽いのに、不思議と重い力がこめられた、まっすぐな剣。僕の惚れた剣だ。見紛うはずもない。なぜきみがここにいるのかは分からないけれど、僕は──」
ラシェルの剣技だと気がついたのか。
驚いた。
だが、保険は幾重にもかけておくものである。
「仮面か。いいぞ」
「──っ? お、男の声──?」
剣術は確かにラシェルの肉体で鍛錬して身につけたものだが、だからといってラグナの体で披露できないというものでもない。むしろラグナの方が体格が大きく手足のリーチも長くなるため有利ですらある。無論、慣れるまで時間はかかった。
「い、いや、変声の魔法具という線も⋯⋯」
それに、天使として素顔をさらしているラシェルの顔を、仮面一枚で守りながら大衆の前で大立ち回りするのはわずかながらも不安だった。
フードをとり、仮面を外してやる。
ラグナの顔があらわになった。短い黒髪の青年の顔だ。
「っ⋯⋯すっ、すまない。僕の勘違いだったようだ。確かに彼女だと思ったのだけど⋯⋯」
これが危機管理能力である。慎重に慎重を重ねるに如くはなし、だ。不測の事態にそなえてこそ、真に後顧の憂いを断つことができる。
「見ての通り人違いだ。悪いが俺はこれで──」
「あ、あぁ、呼び止めてすまなかった⋯⋯」
スタニックとすれ違う。
だがそのとき、俺は何者かに背後から勢いよく押された。
「──ッ!?」
俺は石造りの冷たい床に転げる。
なんだ、何が起きた。
重たいものが上に覆いかぶさっている。
やわらかくてあたたかく、動く何かだ。
春先の花畑のような香りが鼻孔をくすぐった。こころよく懐かしい匂い。
やわらかく密着した何かは、俺の素顔に手でそっと触れた。
「あはは⋯⋯会いたかったよ、ラグナエル。ずっと⋯⋯ずっと、ずっと、ずっと」




