66:魔力を崇めるクソども
「魔法具は、私の嫌いなもののうちのひとつだ。魔力を持った人間は人間を名乗った路傍のクソだが、ならば魔法具も魔力を持った道具、クソというわけだ」
涼しい顔をして毒を吐く女。
王国の異端審問官は仕事をしていないらしい。
「私は剣一本で、世界を変える。皇女は叩きのめした。次はお前だ。憎きヴァルデも、そこで試合を眺めている教皇も、『天使』とやらも残らず潰してやる。魔力を神の恩寵だ聖なる力だと崇め、自由に行使してよいと思いあがったクソどもに、身の程を教えてやるのだ。剣士の私が、この手で」
皇国でこんなこと言おうものなら即、騎士団に連行される。終身刑あるいは死刑である。目の前にいる俺以外にはどうせ聞こえやしないと言ってしまえばそうなのだが、公の場で堂々とカアウラス神をけなし、皇国貴族を侮辱とは、肝が据わっている。何万という観客、教皇、護衛の枢機卿──ヴェールをかぶったふたりの老人に至るまで決勝出場者の俺たちふたりを注視してるというのに。
「前置きが長くなってしまったな。迂遠なことをするのも好かん。始めるか」
ぺらぺら喋り終えた『剣豪』テレサは、剣を抜いた。
飾り気のない武骨な長剣。平凡に見えるが、アリカの大気を巻き込む風魔法を軽々と両断する頑丈な剣だ。
独学の素人同然の俺が見たところでも、テレサの剣技はあのスタニックの腕前を上回っている。フィジカルでは性差からしてスタニックが上だろうが、技の冴え、反射神経、柔軟さ、俊敏さではテレサに分があった。糸くずを払う、髪を指ですく、といった細かな立ち振る舞いひとつをとっても、常に最適解を連続させて動いているかのように曲線的で、洗練されている。戦う前から、彼女が強者であることは分かった。
「行くぞ」
審判の掛け声を待たずして、決勝は勝手に始まった。
女剣豪の体が消える。
同時に俺は背後へ吹き飛んでいた。言うまでもなく、吹き飛ばされたのだ。
「……ッ」
場外へ落ちる寸前で踏みとどまる。
勘で腹に三本集中させておいた短剣の防御をテレサは神速で斬りつけた。おそらく切断するつもりだったのだろうが、神聖力で覆ってあるのでそこまではできず、力任せに俺の体を横方向に押し出したというわけだ。
取りあえず初撃は防ぎ、おかげで距離も開いた。遠距離攻撃型の俺には好都合だが、その好都合を打ち消してあまりある不都合がひとつ。
……今の一撃で俺がやられなかったのは運だったという点だ。
実のところ、まったく剣筋が見えなかった。
ヤマを張って防御を固めていなければ、上半身と下半身が別れを告げることになっていただろう。もちろん俺に関していえば、それが永遠の別れになることはなく、簡単に修復できる肉体のいち損傷でしかないのだが、この衆人環視のなか『天使』級の治癒などできるわけもない。
守勢に回り続けたら数撃と保たずに負ける。俺はそう自覚した。
速攻して、早いところ剣豪を負かすしかない。攻撃が最大の防御となる。猛攻でヤツには防御に徹させる。
可視化しない程度に結界や砲撃を使うという手もあるにはある。神聖力は魔力と違い、下界の人間には知覚できないエネルギーであり、戦闘の補助にはもってこいだ。が、あくまで補助。おおっぴらにそれで倒すわけにもいかない。
俺は外套の内側に手袋をはめた手を突っこみ、短剣を二本取り出す。すでに浮かんでいる三本に加わって、五本の短剣が俺の周囲を回転し始めた。
「ふん、三本で一組とばかり思っていたが、温存していたのか。汚いやつめ」
女剣士は軽く馬鹿にした。
操作は複雑化するし、脳のリソースを食うためこれまで以上に俺本体の肉体が棒立ちになるが、やるしかない。
シュッと風をきって、新たに加わった二本が石舞台上を駆ける。
「む」
飛来した刃をテレサは回転蹴りで叩き落とすが、それらは多少高度を低めただけで、変わらず直進する。テレサは舌打ちして跳躍し、短剣をかわした。後方へとびのいた形だが、攻撃は終わらない。彼女の背後から反転して短剣が飛んでくる。
テレサは横に駆けて回避するが、今度は短剣も直進し続けて飛び去るということはなく、至近でぐるりと向きを変えて、彼女を刺し貫いた。
「ぐっ……」
避けたはずの刃が防具を割り、腕と胴に傷をつくる。血がたらりと垂れた。
……浅い。これでも仕留められないのか。
だが向こうを防戦一方に追いこめている。
二本で攻撃し三本を俺自身の防御に残していたが、これも向こうに投入しよう。
攻撃に成功したことでそんな思考が生まれる。操作に集中し、猛攻をさらに畳みかけなければならなかった盤面で俺は気をそらしてしまった。
「シッ」
力をこめる息の音が耳元で鳴った。
「──ッ!?」
遠く石舞台の反対にいたはずのテレサが、真横に移動していた。ありえない敏捷性。衝撃が腕に加わる。
──長剣に左腕が、斬られる。
とっさに不可視の結界を局所的に展開し、切断を防いだ。俺はテレサの体を蹴るようにして、その場から飛びのいた。
「っ? なんだ今のは」
半ばまで斬った彼女は怪しむが、観客から見れば外套の下に防具を着こんでいるに違いないと思うだけ。危ういが悪くはない対応だ。
しかし、不味い。
今の一撃で俺はバランスを崩している。
スローモーションの世界で思考する。
攻撃に使っていた短剣二本はいまだ石舞台の反対にある。防御に使っていた三本はたった今、飛びのいた場所に置いてけぼりだ。すぐ呼び戻さなければ。
視界の中で、テレサがにたりと笑うのが見えた。
ダメだ。コイツの速度は常軌を逸している。生身の人間とは思えない爆発的な瞬発力を持っている。
テレサが一歩、足を踏み出した。地を踏みしめ、腰を低め、膝を曲げる。呼び戻そうとする短剣より速く、彼女は跳んだ。
──クソ、最後の一本を使うしかない。
迫る女剣豪。彼女の長剣が水平に振られる。
可視化しないレベルの結界では受けきれず叩き割られそうな、鋭く重い必殺の一撃。
俺は全身を神聖力で覆い、強制的に身体を操作した。
骨が折れ、筋が裂ける音。
人体にはなしえない挙動で俺は上体をそらした。
仮面の鼻先を長剣がゆっくりと通過する。
低速の世界で、テレサの目が動揺に見開かれるのが見えた。
柔軟と呼ぶには異様がすぎる急角度で曲がる体。関節の位置を無視して肉体を砕きながら回避したその陰で、俺は腕を背中に回していた。
手さぐりでつかんだのは最後の一本。
短剣は五本しか持っていない。
同じ装飾のものがそれしか売られていなかったし、ここまで必要になるとは思っていなかったのだ。
鞘からなめらかに抜かれたのは、外套の陰に腰からさげていた安物の長剣。
俺は独学で学んだ、剣術の基礎を思い出す。
体を後ろにそらす曲がった姿勢のまま、腰を引いた。足を宙に投げ出す。
石舞台を背に、青空を正面に向きながら滞空する。
今この瞬間だけは、世界の向きが横倒しになっているという感覚で、三年間鍛えてきた中段斬りの動作に移行する。
柄を両手で軽く締める。
肩をしならせる。
「──待っ」
俺の握る長剣の存在に気がつき、避けようとするテレサ。しかし彼女も水平斬りを放ったばかりであり、重心は前のめりになっている。即座の回避ができない。
愚直に、まっすぐに。
学園の身体能力検査、野外団体演習試験で剣を振ったときも、考えていたことはそれひとつであった。
ただ剣身と切っ先に神聖力を籠めながら、 俺はまっすぐ、長剣を振り抜いた。




