65:準決勝
魔技武会初戦。
アドルフと無名の冒険者。
どちらが勝利するかは明白だった。
アリカは端から、予想を結果と信じて疑うことをしなかったし、それはニルスも、近衛も同じであった。アドルフ・ド・レントシュミットという若き傑物を知る者にとっては、彼に抱く感情が憧れや賛辞だろうが、はたまた嫉妬や憎悪だろうが、関係なしに彼を信じていたともいえる。
実際、アドルフの魔法の技量は以前からいっそう進化していた。石舞台を駆け巡る緻密な魔力操作。実体を取りづらい雷属性を安定して具現化できるセンスと精神力。アリカが血反吐を吐きながら修練してもたどり着けない境地にアドルフはいたのだ。
魔法とは、才能である。
魔力量と才能の間に相関はない。
だから『呪いの令嬢』のように莫大な魔力を持っておきながらまったく魔法が扱えないという皇国貴族も生まれる。
しかしその兄と弟はラシェルという汚点を帳消しにするかのように才能に満ちあふれていた。
(彼が負けるなんて、思ってもみなかったわね)
そう、鮮烈で華々しいアドルフの攻撃魔法は魔法具の前に敗北した。
(魔法具ね……シルヴェスタ、といったかしら。観衆からはいろいろ悪く言われてるようだけど、アレを使いこなすにも才能がいる……はずよ)
強力な魔法具ほどその傾向は強くなる。
使い手を選ぶという点で、魔法具には意思があると言い、人に接するように扱ったり、丁寧に話しかけたりする者もいる。現実には、まったくの俗信にすぎないのだが。
必要なのは誠意や真剣さなどではなく、ただ才能、それのみだ。(彼女にとってほぼ唯一の)同年代の友人ニルスが、先祖が誰ひとりとして扱えなかった空間移動の遺物・《魔転書》を軽々と行使できるのは、彼の魔力の「波長」と《魔転書》の魔力回路のクセが奇跡のようにきっちり噛み合うからだ、と研究者は説明した。
(結局、才能、才能、才能……どこまでいってもそう。私も魔力値でみれば恵まれてはいるけど……魔法の才がちっぽけ。兄上のようにはやっぱり、なれない)
死んだ第一皇子。
アリカにとっては優しく強い、自慢の兄だった。
彼は五年前、魔物に襲われて死んだ。事故だった。
《総局》と騎士団が頻繁に討伐巡回に乗り出し、魔物を根絶させたはずの都市間街道に、出るはずのない魔物が出てしまったのだ。
歳の離れた兄だったが、彼は敬虔かつ熱心なカアウラス神の信徒で、皇族派と教皇派の対立を日頃から憂いていた。両派閥の架け橋になろうと奮闘していた。
そして「困ったとき、神さまは必ず僕たちを助けてくれる」「だからいい子にするんだアリカ」とお転婆だった彼女に言い聞かせるのが口癖だった。
(神なんていないわ、兄上。兄上を助けてくれる神なんていなかった。信じる誰もを助ける神なんていない。いるわけがない。理不尽な理由で死んでる人間なんて、大陸には毎日、ごまんといるもの)
「姫さん」
(いるのは、今さらに人々を救いだした不公正な『天使』だけ……)
「おい、姫さん」
ニルスの声に、意識が引き戻される。
「っ、何かしら?」
「準々決勝が終わった。次は姫さんと、名高き剣豪・テレサの試合だ。顔色が悪いが……大丈夫か?」
石舞台を囲む人の波が、彼女を見ていた。
人の目が、何万対もの目が見ている。
アリカは立ち上がる。
「ふっ、誰を心配してるのかしら? 顔色ならあなたの方が悪いわよ。いつでもね」
アリカは歩き出した。
崩れないように壊れないように、塗り固められた自分の殻。皇女という偽りの自分。
演じて、自分を騙して、目を逸らしている。
死ぬまで続く、終わりのない行路。
立ち止まってはいけないの。
どこまで歩き続けるの。
『天使』は答えを……知っているのだろうか。
□□□
その日、またしても会場に激震が走った。
優勝候補と言われた皇国の第一皇女、アリカ・アレクサンドル・ド・エイリトニア。
彼女は敵手を圧倒する広域の風魔法を同時に複数操りながらも、ひとりの女剣士の剣技の前に敗れたのだ。
魔力、魔法師、魔法具を憎む者。魔物と【征圧】によって故郷と父を失った元王国貴族の娘テレサは、いちじるしい憎悪と執念で皇国貴族に打ち勝った。
決勝は明日、剣豪と仮面をつけた無名の冒険者によって行われる──。




