63:戦闘ダイジェスト
「はじめッ!!」
審判の朗々たる合図が響くと同時に、会場の熱気が爆発した。
だが、その熱狂を切り裂くように、蒼白の閃光が石舞台を走る。
「まずはその薄汚い仮面を剥いでやろう。──《雷霆断叉》!」
アドルフが指先を振る。それだけで、空中に固定された五本の雷槍が、空気を爆ぜさせながら俺の喉元へと殺到した。
速い。並の魔法師なら、詠唱の余韻すら聞き届ける前に消し炭にされる速度だ。
俺は一歩も動かない。
ただ、思考の端で、三本の短剣に力をそそぐ。
鼓膜を刺す金属音。
自動追尾の魔法具を装った短剣が、俺の周囲で銀色の輪を描いた。一本目が先頭の雷槍を弾き、二本目が二射目を逸らす。三本目が残りの三本を一度に叩き落とした。散った雷光が俺の外套をかすめるが、皮膚に届く熱はない。
「ほう、よく芸をしつけてあるじゃないか」
アドルフは余裕の笑みを崩さない。だが内心、意外には思ったはずだ。華々しく、そして一瞬で決着をつけるつもりで放った、観客の目を惹く大技が軽々と防がれたのだから。
「木っ端にも花を持たせてやろうという慈悲だ。感謝しておけ」
観衆のざわめきで、どうせ観客席にも来賓席にも届かないと思ってか、外ゆきの笑顔で毒々しい発言を繰り返すアドルフ。ラシェルに対して見せていた嗜虐性が顔をのぞかせている。
「…………」
俺は開幕早々に先制せず、様子見を選択した。
アドルフという皇国の強者相手にギリギリの激闘を制した形にみせかけてもよいが……。
不可視あるいは高出力にすれば光属性魔法として可視化する神聖力の砲撃・結界は『天使』。初歩的な基礎型とはいえ剣技はラシェル。というような戦闘スタイルの棲み分けをはかっている。これら三者を同一人物であると結びつけられる人間など、下界に存在しないだろう。
つまり、短剣さえ使っておけば取り繕いとしては十分だ。ハンデはすでに負っている。このうえでならば、さっさと決着をつけても問題はない。
「嵯雷弧位」
電撃が枝分かれして弧を描き、無数の波形が石舞台上を覆った。その雷鎚の群れが目指す先はひとつ。俺である。
石舞台が白く染まった。まぎれもなく、直撃。
煙が立ちのぼる。
歓声があがる。
アドルフは片手をあげ、観客の興奮に応えた。
だが、やんやの喝采はすぐにざわめきに変じる。彼は背後に不穏なるを感じて、振り返る。
「……っ。終わっていなかったか。多少、見くびっていたようだ…………──うっ!!」
短剣が一本鋭く、アドルフへ走っていた。
「《電焼楯拡》!!」
雷の網が広がるのを、神聖力の膜に保護された小さな刃は楽にすり抜ける。岩石系の属性ならまた結果は違っただろうが──。
「ぐっ──」
アドルフが反応できたのは、剣を盾にする動作の半分までだった。
腹に思いきり、短剣が突き立つ。
が、刃を結界が丸く覆っているそれが刺さることはなく、ただ彼の身体が後方へ浮き上がる。
ミシミシッ、と、肋骨が悲鳴を上げる音が彼には聞こえた。
「が、はっ…………!?」
肺から空気が根こそぎ絞り出され、彼の身体がくの字に折れ曲がる。
そのまま、アドルフの巨体は弾丸のような勢いで石舞台を滑り、空を飛び、観客席の遥か手前の外壁にまで激突した。
岩壁が粉砕され、土煙が上がる。
…………静寂。
会場全体が、文字通り凍てついた。
審判も、実況も、観客席の冒険者たちも。
誰もが、今何が起きたのか理解できなかった。
皇国屈指の天才。第一大隊長。優勝候補筆頭のアドルフ・ド・レントシュミットが。金かなにかで魔法具を買い、自らは一歩も動かず戦う仮面の人間に、手も足も出ずに場外へ吹き飛ばされたのだ。
「は……?」
誰かが漏らした抜けたような声が、静寂を破る。
俺は、神聖力で戻ってきた短剣をほかのニ本とともに鞘に収めると、背中を向けて歩き出した。
「勝者、シルヴェスタ」
審判は旗をあげた。
背後で、瓦礫の中から「ありえ、ない……」というアドルフの呻きが聞こえたが、振り返る必要はなかった。
観客席のどこかで、アリカが口を半分開けたまま、呆然とこちらを見つめているのを感じながら、俺は舞台を降りた。
特にひねりもない戦闘だが、目的のためにはこれを数日にわたってしばらく繰り返さなければならない。
来賓席には教皇が座っている──のが映し出されている。背景は空のように真っ青な壁紙。四角く区切られた空間──【神域】の中にいるのだ。
優勝者は教皇猊下より直々にありがたいお言葉をもらえる。そのときくらいは外に出てきてくれると助かるのだが。




