62:(偽)魔法具
(あそこまで自分を演出しなきゃ気がすまないのかしら)
「──諸君、私が『教皇』である!」
巨大な老人の像が、本選一日目の会場の空に浮かび上がっていた。来賓席のある会場の四方にて、四つの四辺形が空間を切りとっており、その中にはそれぞれ教皇がいた。四つの巨像。まるで大きな鏡である。観客たちの熱気が興奮とともにあふれかえった。
教皇自身が大きくなったわけではない。彼は【神域】内にいるのだ。その出入り口のサイズを少し変更しただけ。異空間とこちらの空間のサイズ比は必ずしも一対一である必要はない。つまり、あちらでの人・ひとり分の長さが、こちらでの人・百人分の長さである……というズレを生じさせることができるのだった。
数も同様。
教皇が一歩こちらの空間に踏み出した瞬間に、四つのどこかの空間から出てくるのかが確定し、またこちらの空間と一対一のサイズに戻ることになる。
(そんな理屈……だったはず。ほんと、神通力ってわけ分からないわね)
昔父・皇帝から聞きかじった【神域】の話を思いだしていた。
「──らの奮戦を期待する、という言葉で、締めくくらせてもらう。えー最後に、私の期待する、自慢の選手を紹介しよう!」
病的なまでに痩せているわりに活力ある性格がうかがえる、妙に躍動的な動作で、教皇は異空間のスクリーンの中で一歩身を引いた。
「……!」
「やられたな姫さん」
(これはまさか……)
長身の美男子がデカデカと空に映し出された。
ゴホッゴホッと咳こみながらも教皇は芝居がかった動きで彼を指し示す。
「彼こそ次代を率いる英雄! 文句なしの優勝候補! 私、そして教会がもっとも期待する選手──アドルフ・ド・レントシュミット君だ!!」
おおおおと歓声があがった。
「エイリトニアのレントシュミットが長子、アドルフと申します。畏れ多くも猊下よりご紹介にあずかりました栄誉に、心より感謝いたします」
「来賓権限で自陣営の宣伝とは……本気で人気取りがしたいらしい。民へのアピールとしてはウマい手だが、負けたときに評価がまるっきり反転することを考えると……どうやらあちらさんはアドルフの優勝を信じきってるようだぞ」
ニルスが小声で分析した。
アドルフは【神域】のスクリーンの中で言葉を続けた。
「この場においては、ひと言、申し上げたいことがございます。ある方へのメッセージであり、私からのささやかな願いです」
彼は短い銀髪を軽くかき上げ、間をおいた。
「──身分や序列にて手加減をいただく必要はございません。相まみえる折には、どうか臣下に対する手心などお控えくださいませ。あなたの本気こそが、この舞台にふさわしいと信じております──エイリトニア皇国が第一皇女。アリカ殿下」
公然の挑発。
予選時に宣戦布告されてから昨日の今日でこうまで大胆な手に出るとは、予想だにしていなかった。
《皇帝の天盾》の面々の顔も暗くなる。アドルフの強さは彼らにとっても周知の事実であった。対してアリカは、皇族の魔力値と、なみなみならぬ努力を積み重ねてきてはいるものの、才能は平凡。それはアドルフの弟・ゲルトに学園の「障壁割り」の枚数で負けたときから、いや、さらにそれ以前からずっと、分かっていたことだ。
「上等じゃない。後悔させてあげるわよ」
それでも毅然とした心持ちは崩れなかった。彼女の思う先にはいつも、魔物の毒牙の前に倒れた亡き兄・故第一皇子の背中があった。兄のためにも、兄の出涸らしだなんて言わせない。
見目だけ皇女、民に媚びる皇女などという陰口も、この都市に来てからいっそう耳に入るようになっていた。
そんなもの、すぐに消し去ってみせる。
持っている力すべてをそそぎこんでアドルフを倒し、優勝する。アリカは固く、決意を新たにしていた。
だから、揺るがない。
しかしそれは──。
当然のように思い描かれた前提。
当たり前の想定。
そのうえに成り立つものであった。
アリカとアドルフが勝ち上がり、そして互いの派閥の威信をかけた戦いが行われる。優勝旗を手にしたか否かによって、勝負はつき、彼らの優劣が決まる。
それを疑っている者は、魔法師をよく知る者の中にはいなかった。剣豪テレサには彼女を『姉御』と慕う熱烈なファンがいるようだが、所詮、皇国貴族の魔法の前には無力だ。程度の差こそあれ、いち剣士にすぎないテレサの快勝を信じきっている者はいないと言っていいだろう。
これは実質、教皇派と皇族派の代理戦争。政争とは不可分の武力、そして権威と体面の領域で、アドルフとアリカは激突する。大陸諸国から多くの冒険者が参加する大会でありながらも、主役は彼らふたりである。
そう信じていた。
観客のほとんどが、教会が、アドルフが──そしてアリカ自身も。
その幻想はすぐ、崩れ去ることになる。
□□□
「本選一日目、第一回戦試合開始!!」
晴天に歓声がわき起こる。
もう暑い季節だというのにフードつきの外套に仮面までかぶった俺は、石舞台に上がった。
「はぁ……よく顔を出せたものだ。さっさと棄権したらどうだ?」
目的の前にはどうでもいいことではあるが……初戦から彼にあたるとは思ってもみなかった。単なるくじ運……いいも悪いも俺にとってはないに等しいが、とにかく相手は因縁の兄貴。アドルフ・ド・レントシュミットであった。
「お前のようなヤツが、本戦まで出れたのだ。もう十分だろう?」
アドルフは俺の周囲に浮く短剣を軽蔑の眼差しで見やった。魔技武会の規定として、魔法具の使用は禁じられていない。この大会の趣旨はそもそも、対魔物の戦闘能力を測り、競うものだ。実戦と条件を等しくしなければ正しい実力は測れない。
それはたとえば、矢を自動補充する矢筒、刃こぼれしない長剣などのあくまでも「補助」の魔法具を前提としているが……それ以上に高位の魔法具の使用を認めない、という規定はない。何においても、許可と不許可のボーダーを定めるのは困難なのである。
だがそれにしたって、俺の(偽)魔法具は反則的である。本人が一歩も動くことなく、三本の短剣は自動で敵を排除する(ように見える)からだ。
観客のウケも悪い。
アドルフの一挙一動には婦女子の黄色い声が上がるが、俺が仮面の顔を向ければまたたくまにブーイング。
「さぁ、なぜ棄権しない……あぁ、そうか。優勝者と戦ったという栄誉が欲しいのだな?」
兄はゆっくりと剣を抜いた。
彼もスタニックと同じ、魔法剣士スタイルだ。スタニックが体術八、魔法二だとしたとき、アドルフは剣術二、魔法八である。
「どうした、晴れの舞台でだんまりとは。緊張で喉がつぶれたか?」
「…………」
あいにく喋る訳にはいかない。
「……つまらんな。審判、始めろ。さっさと一勝だ」




