61:不在の枢機卿
「──れなりの集団です。自治都市のなかでも交易……へ移動して聞き込……続けてください──」
魔転書の緑の光から現れた皇女と少年。ニルスは会場にいた冒険者とハグするような姿勢で衝突してしまう。
「おっ……と。申し訳ない」
手を差し伸べたが、冒険者はひと言も言葉を発することなく、頭を下げて歩いていった。
(ひとり言……ずいぶんと可憐な声だったな。あんな娘さんも魔技武会に出るのか?)
横の金髪の美少女を見る。
(歳でいえば、姫さんも似たようなものではあるが)
その少女──アリカが、苦々しい声を出した。
「げ……スタニック、アドルフ」
異国の地にて、同国の異派との邂逅。
すでに戦いは始まっていた。皇族派と教皇派、お互いの面子をかけた旗印同士の抗争である。
「あれが皇国騎士団の第一大隊長のアドルフ……だっけか? 横の嬢ちゃんはナニモンだ?」
「バッカおめェ、皇族だぜ。お嬢ちゃんなんて声かけてみろ、首が飛ぶぞ。テレサの姉御と並んで優勝候補って言われてんだから」
ニルスの背後で、石舞台を見つめる冒険者たちがこそこそ会話していた。
「しっかしよォ、いくら姉御でも皇国貴族相手じゃあ、なぁ……」
「『剣豪』の実力を疑ってんのか? 連盟にある木板を見てみろ、歴代ぶっちぎりの魔物討伐数だぜ。姉御の前じゃ魔法師も魔物もおんなじさ」
聞き耳を立てていたニルスだが、噂される人物が非魔法師だと知って驚く。皇国では、純粋な格闘や剣術のみによって名を馳せる者はまったくいない。第二皇子スタニックの運動性能は驚異的で、非魔法分野の研鑽を見直す動きはあるものの、皇国において絶対の存在が魔法師である。
個対個の戦闘で、魔法師に勝てる非魔法師などいない。
対抗できるとすれば《魔撃銃》を装備した《特殊遺甲総局》局員くらいのもの。それが常識だった。
(王国じゃ、魔法師に対する認識が甘いようだ)
「何ボーッとしてるのかしらニルス。私が予選やってる間に皇城とここを往復して、《皇帝の天盾》のみんなを連れてきておきなさいよ」
皇女に急かされて少年は「そうだった」と本を開く。《皇帝の天盾》は皇族直属の近衛である。彼らは皇女が幼いころから仕えており、アリカにとって気心のしれた、信頼に値する仲間たちだった。魔技武会開催期間中、彼らがアリカの身辺を警護する。
スタニックとアドルフは騎士団が。
来賓として来る予定の教皇は枢機卿のうちの誰かが、護衛するはずである。
「早くしなさい。ひとりずつしか運べないんでしょ? まったく微妙なとこで不便なんだから」
上から文句をたれる皇女の脇を一発小突いて、ニルスは空間を転移した。
「ちょ、あなたね……皇国の至宝ともいえる私の体に毎度毎度、軽々しく触れるもんじゃ⋯⋯ってこら、待ちなさい!!」
□□□□
「猊下。お待ちしておりました。それから枢機卿のお二方も」
空間に、空間をきりとったような四辺形が、ぽっかりと空いていた。【神域】の神通力によって作り出された異空間の入り口である。虚空の穴の向こうには、青色の壁紙で彩られた廊下が、どこまでも続いていた。
【神域】から三人の人物が姿を現す。
全員が老いた男だった。
枯れ果てた木のような老人がもっとも上等な神官服を身にまとっている。カアウラス神教会「教皇」である。
異空間から出た先は自治都市冒険者連盟の本部、その応接室だった。数人の高位神官が頭をたれてひざまずいていた。
「おぉ、ご苦労さん。いや、外に出るのは久しぶりだね。第一皇子の国葬以来じゃないかな?」
脇にいるふたりの老人に声をかける。
返事はなかった。相槌を打ったり、目線を向けることもない。ふたりは正面を向いたまま黙りこんでいた。
ひとりは【神域】、もうひとりは【疾迅】の枢機卿である。彼らはそろってヴェールをかぶっており、静かに教皇の命令を待って直立している。
「まぁいいや」
そのとき、応接室の扉が突然蹴破られる。
「皇国の神官さまがた! お話がございます!!」
簡潔な挨拶が叫ばれる。
武装した農民が数人、立っていた。
「オレ……私たちは王国の民です! 聞きたいことがある……ます! 五年前、オレたちの村に巨人が現れたとき、そちらさんの【征圧】殿が──」
代表者と思われる農民が大声で嘆願を始めたのを、教皇はわずらわしげに手で払った。
「うるさい。追い出して」
神官たちが慌てて農民を取り押さえようと動いた────そのときには、すでに農民たちは姿を消していた。
「えっ?」
続けて、衝撃波と衝突音が応接室の中を駆け抜けた。風が室内を吹き荒れる。神官たちは吹き飛ばされ、壁に体を打ちつけた。
「あちゃー。ごめんごめん、久々で忘れてたよ。しまったなぁ。ゴホッ、ゴホッ」
教皇は軽く笑って弁明した。
いったい今、何が起きたのか。なぜ自分たちは吹き飛ばされたのか。神官たちはわけが分からないと互いに顔を見合わせる。教皇は部屋の外を指さした。
高位神官らはいっせいに息を呑んだ。
「【疾迅】の暴走さ。ま、気にしないで」
応接室の外、扉正面の廊下の壁に、大穴が空いていた。岩山をくり抜いて作られた連盟本部の、石壁をなにかの塊がぶち抜いていた。
「うっ……な、猊下、これは、どういう……!?」
立ちこめる血の臭い。赤いしぶきが壁一面を染めている。崩れかけた石壁の中央から赤黒い肉塊がいくつも転がり落ちた。
農民の衣服や履物の残骸がのぞいている。
そして、ヴェールをつけた枢機卿の老人の死体と思しき塊も。
「し、【疾迅】猊下……? 死、死んで……」
狼狽する神官たち。
「気にしないでって言ったよね?」
教皇は死体を無造作に蹴り上げた。
血が跳ねる。
顔色を蒼白にして彼らは後ずさり、頭を下げた。
教皇は「よろしい」と面白がるようにいい、その痩せこけた腕で死体から指輪を外した。
「【疾迅】は扱いが難しいからね……後継者もなかなか見つからない。困ったものだよ。本当に」




