60:予選第七部
「てめェ……さては姉御の魔法嫌いを知らねェな?」
魔技武会予選の第七部。
百名の冒険者が武器を手に石舞台上で争い、互いを蹴落とし合っていた。混戦だ。
「魔法じゃなくて魔法具じゃね?」
「バッカ、テレサの姉御は魔法具もお嫌いなんだよ。魔力で動いてんだからさァ」
俺は外套で全身を隠し、仮面をかぶって予選に参加していた。戦闘スタイルは「空飛ぶ三本の短剣」である。異国の交易商から買ったゴテゴテした装飾の短剣に神聖力をまとわせ、操作。俺自身は激しく動くことはなく、襲いかかってくる予選参加者からの攻撃を空飛ぶ短剣でいなして、斬っていく。
「おめェら! コイツからいっせいにやっちまうぞ! 道具だよりの卑怯者だ!」
応と返事をして突貫してくる男たちの間を、男たちの動きを余裕で超える速度で、小さい刃が飛び回る。
「ぐわッ!」「ううっ! 速ェ……っ」
自在に刺し斬り刻む。操作には神経を使うが、初めてにしては上出来である。あっという間に周囲の冒険者は地に伏すか、手を上げて場外へ撤退していった。
ほかの箇所でも決着がつき始めている。石舞台上にはもう数人しか残っていなかった。
「予選の第七部、人数五人以下になったため予選終了です!!」
皇国貴族ではないにしろ、ユノのようにその血を引いた魔法師の参加者もいたように思うが、そういう者は真っ先に囲まれて倒されていた。それだけ脅威と見なされるのであり、非魔法師からすれば自分が勝ち上がるためには徒党を組んで倒しておくしかないのだ。
「記名をお願いします」
手袋をはめた手で「シルヴェスタ」と書く。『呪いの令嬢』を暗殺しにきた元「一座一門」の手下が名乗っている偽名だ。彼にはここ三年、冒険者連盟に登録をさせてランクを上げさせていた。市井での情報収集が主目的だったのだが、魔技武会への参加資格を得るうえでも役立つとは嬉しい誤算であった。
「シルヴェスタさんですね。第七部となりますと、さっそく明日の本選一日目から試合がありますので、ご確認お願いします」
俺は黙って頷いた。
連盟職員は俺の顔を覆う仮面を見て、気味悪そうに顔をしかめた。
「……では、予選第八部が始まりますので、ご退場ください」
自治都市中央の連盟本部。
大陸でも珍しい、三十階建ての巨大高層建築だ。もともとあった岩山を削り、内部をぶち抜いて造られた。横方向にも十分な広さを持っていて、地に根を張った切り株のような形をしている。大型魔物の侵攻にも耐えうる要塞である。石舞台と観客席側のある魔技武会会場はその屋上。地上が若干かすむほどの高所にあった。
わざわざ観客席の端に行って下を覗きこまなければ分からないとはいえ、高所に恐怖心を覚える人間にとっては地獄のような会場だな。
「遅いぞスタニック」
そのとき、前方から聞き覚えのある声がした。
「すまない。用事を済ませてからすぐ追いかけたんだけどね。でも、僕は付き添いだから。アドルフさえ間に合えば問題なかっただろう?」
「覇道を歩む人間の雄姿をわずかでも見逃すのは人生における損失だぞ」
冗談めかしながらもプライドの高さのうかがえるこの声は、アドルフ。そして隣にいるのはスタニックだ。二日かけて馬を飛ばしてきたのだろう、あの剛健の申し子のような少年の顔に、疲労の色が見える。しかし目は異常なほどきらきらと輝いていた。全体的に美男子の爽やかさが増している。
「……スタニックお前、なにかあったか?」
「ん? なにかって?」
「雰囲気が……いや、まぁいい。予選が始まるからな。蹴散らしてくる」
アドルフとスタニックは別れ、元・兄は石舞台へ、第二皇子は観客席へ向かう。アドルフは仮面の俺に目を向けることもなく、そばを通りすぎた。
俺も、ここに残ってアドルフの戦闘を観ることもできるが、興味はわかない。それより来賓たる教皇の動向を確認したい。まだ自治都市に着いていないようだ。到着したら軽く騒ぎになるはずだ。めったに表舞台へ姿を現さない世界宗教の親玉なのだから。
とりあえず、なにか情報をつかんでいないか、歩きながら確認する。
「首尾はいかがですか」
通信先にはエメリーヌもいる可能性があるため、敬語で呟く。
『申し訳ありません、酒場では目撃情報すら見つかっていません。』
「身一つでやってくるなんてこともないでしょう。護衛の神官……ひょっとしたら枢機卿を引き連れてくるかもしれません。それなりの集団です。自治都市のなかでも交易路付近へ移動して聞き込みを続けてください──」
考えをまとめながら、小声で囁いていた俺。
仮面のうえからフードをかぶり、厚い顔隠しをつけているラシェル姿以上に視界不良だった。しかし、とはいえ、前方不注意を起こして面倒ごとに巻き込まれるようなことは避けるため、しっかり気を配りながら歩いていた。
だというのに、俺は人と衝突した。
避けようもなかった。
「おっ……と。申し訳ない」
彼らは突然に、目の前へ現れたからだ。
俺はよろけて、地面に手をついた。
「怪我はないか? こちらの不手際だ、謝罪する」
差し伸べられた手は取らずに、黙って立ち上がる。軽く頭を下げ、すぐ距離を取った。背後からやりとりが聞こえてくる。
「ちょっとニルス、危ないじゃない。もっと余裕残して転移しなさい! 床とか壁に埋まっちゃったらどうするのよ」
「一度来たことがあるから座標は大丈夫だと言ったろう。通行人の存在まで考慮できていなかっただけだ」
エイリトニア皇国第一皇女アリカとニルス・ド・シェヌ。
彼らは知り合いの先客に気がついたようだった。
口をつぐんで、立ち止まる。無論俺のことではない。アドルフとスタニックのことだ。
「げ……スタニック、アドルフ」
「チッ……お久しうございます、皇女殿下」
露骨に舌打ちをし、無礼を隠そうともしないアドルフ。
「アドルフ……あなたも第八部の予選参加かしら?」
「……」
答えないアドルフを見かねてスタニックがかわりに「そうだよ」と言いかけたのを、アドルフは手で制した。
「その予定でしたがね。ひとつ枠を遅らせることにいたしましょう。殿下とはぜひ、本戦で戦いたいものですから。観客もいない私闘の勝利を喧伝しても、仕方がない」
教皇派旗印としての競争心が、むきだしになる。それは宣戦布告だった。
「あらそう。でも勝ち抜き戦なのよね。敗退する前に私と戦えるよう、せいぜいカアウラス神に祈っときなさい」
アリカは不敵に笑った。




