59:スタニックは語る(後編)
「教皇派にきなさい。我々教会の上層部と、皇帝はあの『警告』を知っている。⋯⋯いや、あんな場所にもまだ壁画が残っていたとは思わなかった。焦った、焦った。ゴホッ、ゴホッ」
まったく焦っていない声音でぬけぬけと言う老教皇。
「私たち教皇派は今、世界を救おうとしている。方法は秘密。カアウラス神に祈りを捧げようとしている……とだけ言っておこうか。でも、皇帝は反対していてね」
「父上が?」
「そうさ。理由はなんと! 我が身可愛さだよ。まったく、困ったものだ。国より世界より、自分の命が大事だというのだから。ウソだと思うなら、カマかけてみなさい。父親に『なぜ世界を救おうとしないんだ』とね」
半信半疑ながら、父たる皇帝に教皇の言うことが本当かどうか確かめに行った。
そして。教皇は正しかった。
皇帝は震えながら言った。
『終末は真実だ……。だが分かってくれスタニック……。終末を避けるには、莫大な魔力が必要なのだ……。大勢の皇国貴族の死によってしか賄えないほど、大量の魔力が……。余はそのような手段をとることはできない』
『大量の、死……なるほど。それは確かに頷けない。では、なにか別の手段が──』
『ほかに手段など存在しない』
『…………。なら、貴族を犠牲にしてでも民と、世界を守るべきでは?』
『おぉ……スタニック、お前も、お前も死ぬのだぞ? 皇族は最大の魔力値を持っておる。アリカも、スタニックも、余も……死なねばならんのだぞ……』
皇帝は肥えた腹を撫でながら言った。
『見そこないましたよ、父上』
そうしてスタニックは、皇帝派から教皇派へと派閥を変えた。
第二皇子スタニックが語るのを、ラシェルはフードの奥で静かに聞いていた。
□□□□
「ん、皇子、大したことない。楽勝だった」
銀髪に月光がくだけ、きらきらと粒子を散らした。皇都の夜景が眼下に広がる。腕輪をはめた手でピースする少女。
天空にラシェル、ラグナ、エメリーヌ、【教化】済みの元暗殺者の四人で浮いていた。
「あの状況あってのものですよ。彼は武芸にすぐれています。いくら油断している隙をついても、気取られ回避される可能性がありました」
ゴタゴタと一悶着やったあとに【教化】するのはリスクがある。認識改変事項が増えれば増えるほど、デメリットである思考の歪みは大きくなる。【教化】されたということを自覚させず、さっとやってしまうのが最善である。
あの場にふたりきり。そう思わせて、魔法の影に元暗殺者とエメリーヌがひそんでいた。そして目を閉じさせ、耳をふさぎ、キスを予感させ動揺させたタイミングで、影から出てきてもらった。
急に増えた気配に気づかれるかもという懸念もあったが……なんとかなった。
エメリーヌは抜かりなく、役目を果たしてくれた。
そう、つまり彼女は無事意識を取り戻してくれていたのだ。生き返った彼女を見たとき、俺は安堵のため息をついた。
『ラシェルちゃんは、ともだち』
……。
心酔までいかずとも、これまで労力をかけて十分な信頼を積み上げてきたのだ。それをふいにすることがなく、良かった。
あの幻の口づけのあと、スタニックは名残惜しそうに俺をハグし、「魔技武会に向かわなければ」と旅支度をすませた馬に乗り、駆けていった。実際にはキスなどしていない。彼はしっかり、術中にはまってくれた。「皇国貴族は罪人である──」その発言の真意を聞き、得られた情報は大きい。カアウラス神の正体とは関係は薄いかもしれないが、役に立つ情報。確かな進歩だ。
それに、カアウラスについての手がかりが手に入るのも目前だ。もうじき偽神の尻尾に手が届く。スタニックの向かった先で……。
「このあとはどうするの。エメリーヌはそろそろお昼寝ルームでお昼寝したい」
「真夜中なので普通の就寝ですが……そうですね。お屋敷に戻りましょうか。エメリーヌさんは窓から外に姿を見せないように注意してください。裏切り、亡くなったことになっていますから。休んだら、自治都市に向かいましょう」
「……? 自治都市? ラシェルちゃんも魔技武会、出るの?」
「来賓に用があるのです。エメリーヌさんも会いたがっていた相手ですよ」
常に無表情だった少女の顔が、歪んだ。
「──教皇が、来賓? エメリーヌの、復讐相手」
彼女は拳を握る。
「復讐の前にいささか時間を頂くと思いますが、構いませんか?」
「ん。エメリーヌが殺せるのなら、何も問題はない。とどめは必ず、私が刺す」
銀の瞳の狂熱を、俺は静かに見つめた。
「ん……事情は……聞かないで、くれると嬉しい。私は彼を殺さなくちゃいけないから」
「『天使』でありながら教会と敵対する理由を私も言っていません。お互いさまですよ。隠しごとのひとつやふたつあっても……友人でしょう?」
エメリーヌは小さく、しかし安心したように頷いた。




