表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
美少女の死体に受肉したけど、嫌われ者だったので正体隠して暗躍する  作者: 中上二等
冒険者編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

57/74

55:デート(皇子視点)

 それは緊張。


 鍛えあげられた心身に裏づけられる自信が、ここのところすっかり鳴りをひそめ雲隠れしていた。落ち着きなく、公爵本邸で訓練をする。平生(へいぜい)悠々(ゆうゆう)とした余裕はどこへやら、柄にもなく彼はそわそわとしている。


「おいスタニック。どうしたんだお前」


「……なんでもないさ」


 アドルフには絶対に言えない。

 誰にだって言えないことだが、アドルフだけには特に、知られるわけにはいかなかった。


 彼が蛇蝎(だかつ)のごとく嫌う妹と、デートするなど。


 親友の妹と惚れた腫れたやっているというのは気まずい。第二皇子という身分を考え、次に相手の「勘当された元貴族の平民」という不名誉な身分を考えれば、外聞も悪い。平民との恋愛も、愛人という形でなら黙認されるだろうが、悪名高い『呪い』が相手となれば話は別。一大スクープだ。皇帝派にとって格好の攻撃材料になってしまう。


(誰にも、バレるわけにはいかない)


 スタニックはそのために、()()()()()()()()()前々日、皇都を旅立つその日に逢引(デート)の約束を取りつけた。城の人間にはもう出立したと誤魔化し、自治都市までの護衛には遅れて追いつくと言っておく。


 これで誰にも知られずにラシェル嬢と密会できる。


「それにしても教皇猊下もねじこんだものだね。急に()()()()()()()()()()と言い出すなんて」


「第一皇女が参加するのだ。ならば教皇派からも、となるのは自然だ。大陸諸国に皇国の威信(いしん)を知らしめるまたとない機会でもあるしな」


 アドルフは「確実に皇女を圧倒するさまを見せるため、同年のお前ではなく俺を選んだのだろう」と続けた。そして話題を転じる。


「そういえば、局長アルバンとはどうだ。臨時教師なのだろう。地質学だったか? 教わったか」


「…………あぁ。相変わらず、彼は学者さ。実利(じつり)とは無関係に真実を探求し、人々は知の前に平等だと信じている……」


 アドルフは「真実」という言葉に、うすく笑った。



 □□□



「あ……お早いですね」


「ラシェル嬢」


 頬が上気しているのが自分でも分かった。

 早朝の冷気にさらして(しず)めようとしたが、それに反発するように体はさらに緊張の熱を帯びた。落ち着いた二十代の青年にも見られることの多い彼であるが、ここにいるのはいまや、耳朶(じだ)の先まで真っ赤に染めた、ひとりの少年にすぎなかった。


「で、では……行こうか」


「はい、殿下」


 少女はヴェールをつけていなかった。

 かわりにケープ一体型のフードを深くかぶり、顔を隠している。銀の刺繍が朝日にきらきらと輝く白いケープの奥に彼女の黒髪が揺れる。整った口元がやわらかく笑うのが見えた。


 綺麗だ。

 それが彼女への第一印象だった。身体能力検査でアルカンゲルム(ゴーレム)相手に見せた剣の()え。一見基本型の平凡な剣に見えて、剣の真髄が秘められている。スタニックはそう確信した。二十枚の障壁を一振りで割るその技量は凄まじい。彼女が忌み子だろうが『呪い』だろうが、そんなことは関係なかった。彼は素直にラシェルに感嘆した。


 そして、合同演習試験の、あの一撃。これまでの人生で出会ったどの剣より美しく流麗な剣。炎の壁を突き破ったあの一撃が、彼に鮮烈な衝撃を与えた。目で追えぬほどの急加速と、寸止め。並の筋力では不可能な芸当だ。あの細腕でどれだけの修練(しゅうれん)を積めばなしえるのか。


 血を吐く、まさに神からの『呪い』のような奇病におかされ、十年以上(とこ)()せっていた少女が、独学で、たった三年であの領域に達するとは。


 試験には勝利したが、スタニックは負けていた。まるきり慮外(りょがい)の一撃だったとはいえ、剣技・体術のみならば皇国一を自負し、稀代(きだい)の天才と呼ばれる王国の「剣豪テレサ」にも劣らぬと思っていた自分が呆気(あっけ)なく剣で負けた。


 気づいたときには、()れていた。

 理性ではなく、感情でもなく、生きざまとして蓄積されてきた彼の魂のありようが、心の根幹がもう、彼女に奪われていたのだ。


『──綺麗だ』


 あれから何度も何度も、黒髪の少女の姿がフラッシュバックした。障壁をやすやすと斬り裂いた美しい剣。眼前に迫る美しい一撃。はためき、めくれあがったヴェール。夜空のように美しい瞳。ふっくらとした唇。日を浴びたことのない彫刻のような白皙(はくせき)


『……しまった、ヴェールが』


 初めて見た彼女の表情は、炎の壁にあてられて顔がほのかに赤く染められ、慌てたように口を開き、スタニックの目をまっすぐに見つめる──そんな表情だった。


 スタニックは思い出すたび、心が焦がれ、(もだ)えた。


 それまで色恋沙汰(いろこいざた)とは無縁で生きてきた第二皇子。将来は皇帝が決め、政略結婚をする。第一皇子は魔物の毒牙の前に亡くなっている。順当にいけば、自分は皇帝の座につくのだろう。退屈な為政者の座に。そう思っていた。


 だが、彼女のためならば。彼女と結ばれるためならば皇位継承権など捨ててしまいたい。そう思えるほどの少女と出会ってしまった。


 胸のしめつけが、理性を凌駕(りょうが)しそうになる。


 しかしスタニックはそれを、民を背負う皇子としての自覚と責任でもって抑えこむ。


 恋愛は学生の間だけ。

 卒業したなら、彼女と会うことはしない。


「午後は私、ふたりで行ってみたい場所があるのです。それまでの間、エスコートしてくださいますか? 殿下」


 ラシェルは鈴の鳴るような澄みきった声で金髪の皇子を呼んだ。


「殿下はよして、名前で呼び合おう、ラシェル嬢。呼び捨てで構わないよ。お忍びだからね」


「分かりました……スタニック」


「っ……」


 予想外の多幸感に動揺するスタニック。

 早くも決意が揺らいでいた。皇子は慌てて、デレデレと緩みそうになる気と頬を締めなおした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ