50:舟歌の危機
「はて、しかしあちらさんの教皇とやらはけったいなご老人で、戦闘なんかできやしないんじゃなかったかな、お若いお二人さん」
黙り込んだ少女に、先行する詩人が振り向いて瀟洒に首をかしげた。隣の少年が答える。
「ええ、だとしても教皇猊下ですよ。護衛に神官がぞろぞろとついてくるに違いないんです。戦力としてあてにはなります。全員皇国貴族ですし、あの国はやたらと遺物が発掘されてますから」
「遺物って?」
少女リテレーゼが訊いた。
「古代の魔法具だよ。人型の人形が動いたり、一瞬で別の場所に移動したり、とにかく性能がそこらの魔法具とは段違いさ」
ほう、と顎に手を当てる詩人。
「トレボール・ディディエの魔法剣は松明代わりに光る程度のチンケなものだが、高位になればそこまでいくか。教皇には、つつましやかな貧賤の徒たる俺に、是非ひとつふたつお恵みねがいたいところだ」
野郎に下げる頭がお前についていたとはびっくりだ、というトレボール・ディディエの反撃を無視して、詩人は少年と少女の脇で沈黙する男を見る。
「ロトイ、《舟歌》の資金はあとどれくらいだ?」
「…………20万ネマー」
探索出発以降、全く会話に参加していない五人目のチームメンバー、ロトイ・カタケイドは寡黙な巨漢だった。毛髪のない頭、黒い肌、膨れ上がった筋肉。対峙した者は不動の絶崖に見下ろされているような錯覚に襲われる。
「ふぅん……ときにシャルル少年、きみは倹約家だそうだが、懐が重くて困ってないかい?」
「いいえちっとも」
「少年、きみも俺と同じく敏捷さが売りのタイプだろう。身は軽い方がいい。甘く見るなよ、実戦では装備1gの差が勝敗を分ける」
呆れるシャルルに、詩人は言いつのった。
「詩人さん、後輩にたからないで」
リテレーゼは、自分と同じ茶髪をした姉も彼に金をせびられていたことを思い出し、苦笑した。
(お姉ちゃん、皇女さんに勝てるかしら……)
姉は魔技武会の賞金で、没落した父の領地を復興させようとしている。
(それに、魔物の方も……何事もないのが一番なのだけど……)
冒険者チーム《舟歌》はそして、先の音の発生源に到着した。雷のような爆発のような、大きな音がして、彼らは引き返していたのだ。
山脈のふもと。自治都市近くの、小さな村だ。
そこに──大きな巨人がいた。
「え」
五本足。
腕は二本。
白と黒が混ざりあった肌。
背丈は小高い丘を越えるほどに大きい。
村の建物が、臼にでもひかれたように粉々になっていた。一本の腕が大きな岩を握っている。さっきの音は、これを振り下ろした音だった。岩には小さな赤色も点々と見えた。
「なんだあれは!」
「五本足とは気持ちが悪い。一本浮いてるじゃないか」
(うそ⋯⋯あの、魔物は⋯⋯)
そのとき、生き残っていた村人が物陰から飛び出し、近くの茂みに飛びこんだ。彼は子どもを抱きかかえていた。巨人の足元を駆け抜ける。
隠れていてもいずれ踏みつぶされていた身だ、逃げのびられる可能性に賭けたのだろう。巨人は気がついていない。
「あっ!」
しかし突如として、足の一本がぶんぶんと、暇を持て余したように振り回される。地につけて体を支えている四本とは別の浮いていた一本。巨大な足裏が茂みをかすった。
悲痛な断末魔が響きわたった。
少女は直視できなかった。
見ずとも、村人と子の末路は鮮明に想像できる。おさえきれない嗚咽が喉の奥から漏れた。
「クソっ……! あんなのどっから湧いてきやがった!」
剣士トレボール・ディディエは悪態をついた。
詩人とシャルルは武器を静かにおさめて、後退を始める。
「気づかれていないうちに逃げるぞ」
「分かってます。リテレーゼ、早くこっちへ。ディディエさんも」
だが、運が悪かった。
魔物は足元から聞こえた悲鳴に遅まきながら首をかしげて、ゆっくり地上へ目を向けたのだ。
「ツ、ヨイ⋯⋯サバ……キヨ」
巨人の口がにたりとつり上がる。
(ひっ⋯⋯!)
魔物の目ははっきりと、《舟歌》をとらえていた。
寡黙なロトイが少女リテレーゼの背中を押す。
「山へ走れ!」
シャルルが叫ぶ。
「で、でもあたしだけ逃げるわけには⋯⋯! みんなも早く──!」
「当たり前さ! 誰も逃げないなんて言ってないぜ、でも歳上が一番に尻尾巻いたら恥ずかしいだろうが!」
剣士ディディエが叫んだ。
「行こう!」
シャルルが少女の手をとった。
五人は走り出す。
背後で地響きがする。
四本の足を忙しなく動かし、小股で追いかけてきていた。
「はぁ……はぁ……森の手前で、散開、するぞ!」
だが、山の樹林まであと一息というところで巨大な足音が途絶える。
「なんだ、止まったぞ?!」
走ることはやめずに、剣士ディディエは振り返った。魔物は足をかがめて、頭を下げていた。
「おいおい、まさか──」
「⋯⋯潔く諦めてはくれないか」
詩人が息切れしながら言い終えたとき、巨人は跳んだ。
「伏せろ!!」
地が揺れる。
五本足の魔力生命体は、前方に着地し、突風に土煙をのせて冒険者たちを吹き倒した。
「ぐっ……!」
五人は地に転がる。
「……未練がましい男が嫌われる理由がよく分かる。実際にしつこく追われる身になってみるとな」
「だからって潔く死ぬ気にはなれないぞ、詩人」
剣士は飛ばされた衝撃で頭から血を流しながらも、ふらふらと立ち上がった。




