49:舟歌
「冒険者連盟」。
いまだ人跡未踏の処女地を多く残す大陸の探索と、文明の自己防衛をかかげる傭兵組織。
魔物という万人にとっての脅威を前に人類の団結を謳い、自由意志のもと連盟へ登録した「冒険者」が、魔物を討伐する。旗印を異にする複数国家の主権のもとにありながら、全ての国家に対する永世局外中立を誓う団体である。
このような砂糖漬けの題目が理念先行の餌食とならずにすんでいるわけは、国家が隣国との国境付近へ討伐軍を差し向けることが容易でない点にある。情勢をかんがみた生半可な兵力では討伐するにこころもとなく、大軍を送れば両国間に緊張状態を生み出す。有史以来、魔物討伐にことよせて軍事行動を起こし、そのまま相手国へ攻め入った例は数多い。
そうはいっても強力な魔物は早期討伐が原則であり、戦争の火種を回避するためにいちいち隣国と外交が必要になるのではあまりに冗長である。相互に兵力を決めて駐屯するにしても、国境は長すぎる。
大陸諸国にとって、中立の魔物討伐機関の存立は都合が良かった。彼らは連盟が「自治都市」──冒険者たちの都を持つことを許した。
個人単位で動くためフットワークが軽く、国家にとっての脅威になりづらい。しかし個としての武を極めた者たちが我先にと魔物を仕留めてくれる、軍事費の削減にも一役買う便利屋。
それが「冒険者連盟」に所属する――冒険者である。
◇
少女は本を閉じた。
「⋯⋯⋯⋯」
図書室の扉が開き、生徒が数人入ってくる。
彼らはぎょっとして『呪い』を見、そそくさと廊下へ引き返していった。
ラシェルは気にせず、新たな本を手に取る。
書見台には分厚い書物がうず高く積まれていた。
◇
皇国では貴族のみが魔力を持っている。
しかし他国において、魔力を持つ人間はほとんど存在しない。
稀に、魔法を使えるほどの魔力を持つ者もいるが、それは大抵、皇国貴族の私生子や末裔が他国に流れつき、そこで子孫を残したからにすぎない。
世界宗教「カアウラス神教」の本拠たるエイリトニア皇国には、魔法を扱う貴族に、規格外の力を握る枢機卿がいる。他国を侵略しはじめたなら、対抗できる国家は大陸に存在しない──。
□□□
エイリトニア皇国と「王国」の国境。
三人の男に少年少女一人ずつを加えたアンバランスな一団が、山脈の樹林を探査していた。
突然、地響きが大気を震わせる。
鳥が一斉に大樹から飛び立つ。
(な、なに今の爆発は! 雷でも落ちた!?)
「聞こえたかトレボール・ディディエ! 村の方で何かあったらしい、引き返すか?」
仲間の一人、詩人が後ろを歩く剣士をかえりみた。剣士はうなずく。
「あれを聞こえないと言えたら、稀代の詐欺師になれるな。聞こえなかった理由をどうひねり出したものか」
「なるなら詐欺師より権力者だろう。貴族ってやつらは聞こえないフリが大得意だからな」
「貴族の十割は詐欺師の一派なんだから、どちらになっても同じことさ。あ、もちろん嬢ちゃんみたいな例外はいるが」
剣士は少し慌てて、少女に謝った。
「まぁ悪徳貴族ってのは、耳の構造が常人とは真逆だ。民草の悲鳴は聞こえないくせに小銭の音には地獄耳だから、タチが悪い。落ちた硬貨の種類まで聴き分ける」
軽口を叩きつつ、彼らは森の中で転針を開始していた。
(ここ数年、国境の魔物は活性化してきてるって言うし⋯⋯いよいよって感じね)
剣士の方はハンサムな三十手前の男で、名をトレボール•ディディエという。絵の具を無計画に混ぜ込んだような微妙なムラを持つ黒髪が、長身の頂上で爽やかに鎮座している。
もう一人の方は詩人と呼ばれる、小柄だが手足がすらりと長い美男子である。キザで芝居がかった仕草がさまになる、嫌味なまでの優雅さを全身から放っている。腰に短剣、背に弓を身に着け、周囲を索敵していた。
二人に挟まれて、少女は前を進む別の少年の横に並んだ。
「氾濫の兆しかしらね。強い魔物が増えてるらしいわ」
「うーん。最近だと、言葉を話す魔物が現れたとか聞いたね。連盟も戦力をそろえようと躍起になってるようだけど、間に合うんだか」
少年はため息をついた。
「たぶん、連盟のお偉いさんは魔技武会開催中に事が起きますようにって祈ってるわよね」
少女は帽子の中にしまった茶髪を目だけで見上げると、弓をかるく握った。少年は目を伏せる。
「仕方ないさ。皇国から、第一皇女とカアウラス神教の教皇を来賓として取りつけたようだよ。彼らがいるときに魔物があふれだせば、きっと犠牲は少なくすむ」
(お姉ちゃん……今年こそ優勝するんだって息巻いてたのに、よりによって魔法師の皇女さんが、ね……)
少女は幼いころ、一度だけ魔法師を見たことがあった。十年以上前、「五本足の巨人」が王国と皇国の境界に出現したときのこと。少女は生まれ育った村でそれを目撃した。
殺戮であった。
戦闘に特化した神通力を有する枢機卿・ヴァルデの岩石魔法ひとつによって、巨人は弾け飛んだ。魔物の血が降りそそぎ、内臓がまきちらされ、巨体は村々に覆いかぶさるように倒れた。
皇国側を歩いていた魔物は、皇国側から吹き飛ばされ、王国側に倒れた。
少女の村は、それによって死んだ。
土地として、土壌として死んだのである。
魔力生命体であるその魔物の死体は、しばらくして魔力の粒子となって大気に還ったが、汚染は消えなかった。
父はその領地の領主だった。
地は荒廃し、莫大な借金をかかえた。
直談判をもちかけた父を一顧だにせず、国王や皇帝へ宛てた陳情を握りつぶした女魔法師。
あの、冷酷なワインレッドの瞳。彼女と目が合った幼少の記憶を、リテレーゼは今でも思い出す。
少女も姉も、王国貴族の血を引いているが、魔力は持たない。それゆえに、皇国の強大な魔法師への畏怖が根深い。
「…………」
「はて、しかしあちらさんの教皇とやらはけったいなご老人で、戦闘なんかできやしないんじゃなかったかな、お若いお二人さん」




