48:ふざけてる(後編)
ユノの洗脳。
疑を重くとらえ、事を急くならば【教化】を使うところだが、彼女の背後にはベルクナーがいる。洗脳が察知される可能性がある。迂闊には動けない。
無理に聞き出そうとしても、それがベルクナーへ伝われば、敵陣営に手がかりとラシェルへの不審の種をまくこととなる。
というよりそもそも、エメリーヌ(と元暗殺者)とは連絡も合流もできていない──。
さて、どうしようか。
そもそも、ラシェルに受肉して三年、分からないことが多すぎるのだ。
【教化】という強力な武器を持ちながら、情報収集は牛歩の進み。不死身と言われる【永生】や本体の位置が分からない【分霊】を洗脳するのは、まだ時期尚早。
ほかの枢機卿は所在不明か、大聖堂の障壁のうち。そこらの高位神官を捕らえてお話しても、何も情報は出てこない。枢機卿最年少のエメリーヌ本人も大したことを知らない。
それがようやく、重要参考人となりえる要人サリナスを捕らえたと思った先の晩には、ヴァルデがやってきてあんなことになってしまった。
ひたすらに悩ましい現状だな。
すべてを火力で解決できたら楽なんだが。
偽神カアウラスのもとへすっ飛んでいって、タコ殴りにして、この世の暴力という暴力を味わわせて万事解決。晴れて任務完遂、超越空間に戻ってクソ上司こと大天使ヘルゴエルを往復ビンタだ。
そして創造神の命のもと、また終わりなき、無数の世界の「更新」を繰り返す日常へ、戻る──。
いま強いられているのは、まるで情報戦である。
いかにカアウラスの尻尾をつかみ、こちらの正体を気取られないか。前者は行き詰まり、後者ばかりが危うくなっていく。ままならないものだ。
一度核心をつかめば、あとは引きずり出して、倒すだけ。そのはずなのだが、肝心の核心がつかめない。
過熱する思考のなか、また厄介にも奇特な人物が現れて、なにかほざいていた。
「僕と────デートして欲しい」
ふざけてる。
そんなことに割く余裕はない。
ラシェルに惚れて色恋か。
アホか。
今さらだが、俺は男。ヘルゴエルは女天使だが、ラグナエルは男天使として創造神に生み出された。数多の世界に普遍的な人間種同様に性別は持つが、下劣な欲求は皆無だ。女の体に受肉しているからといって男と恋愛するなど、天地がひっくり返ってもありえん。
さっさと断ってやろう。
──そう思ったが。
スタニックは《遺甲総局》のアルバンとなんらかの確執がある。
『国政にまつわる機密に関して、意見が対立したのでは⋯⋯と言われているようですが根拠には乏しく』
手下の報告が脳裏によみがえる。
そうだった。彼も一国の皇子だ。
知っていることはある。毛色は分からないが、皇帝派から教皇派へ旗を変えるきっかけとなるほど重大な機密。知って損はない。
彼がラシェルに惚れているのなら好都合ではないか。サリナスのときのようにお膳立てされた状況を用意したり、小細工を弄したりする必要もない。
ただ誰にも知られないよう、秘密裏に呼び出せばいい。
「逢瀬のお誘い、喜んでお受けいたします」
スタニックに俺はそう返答した。
照れたような演技はリップサービスだ。これでいっそう惚れてくれているのならやるだけ得である。
しかし……根本的にはユノの『天使疑惑』と同じく、解決にいたらない。呼び出した先でどうする。
巧みなお追従で取り入って機密を聞き出し、色じかけでもして彼を操るのか。
美少女のガワを最大限活かすという意味じゃ正攻法なのだが⋯⋯正直、御免蒙りたいお話である。
やはりアレだ。
結局、結論は同じ。
俺にはエメリーヌが必要だ。
□□□
学園の廊下。
昼休みはもう終わる時刻である。西方校舎裏から転移してきたふたりは、午後の講義に向けて階段をのぼっていた。目立たないよう、転移はなるべく空き教室を介して行っている。
シェヌ家当主の持つ《魔収杖》は熱々の紅茶をいつでもどこでも飲めるというような、武力に直結はしない遺物である。
しかし実はシェヌ家は、もうひとつ遺物を保有している。
筋肉を鍛えて反動さえ押し殺せば平民でも撃てる《魔撃銃》が特殊なだけで、使用者を選ぶ遺物は多い。モノによっては、幼少期から長年特殊な訓練を積んでようやく起動に成功するような、複雑な魔力回路と魔法式を術者本人に求めるのだ。
遺物・《魔転書》がそのひとつであり、ニルスはシェヌ一族の歴代当主でも行使すらおぼつかなかった《魔転書》を、自在に操ってみせた。
空間を渡る能力。枢機卿の神通力と肩を並べるほどに強力な武器である。そしてシェヌ家は教皇派の貴族だ。
彼は教皇派の生まれでありながら、皇帝派の旗印たる第一皇女と親しくしていた──。
「よかったのか」
「何が」
ニルスは「姫さんの弟だろう」と口にしかけたが、それを飲みこむ。代わりに別の、気にかかっていたことを訊いた。
「ラシェル嬢が『天使』だなんだと話してただろう。詳しく聞かなくてよかったのか」
「あなたが真に受けるなんて意外ね。バカバカしいと切って捨てるものと思ってたわ」
「……まぁ、そうだな。確かにバカバカしい話だ」
「『呪い』が『天使』になれるのなら──そうね」
金髪の皇女は不敵に微笑んだ。
「私は神くらいになってなきゃおかしいわ」
本気とも冗談ともとれない発言をするアリカに、ニルスは黙って肩をすくめた。
「それより、魔技武会の話、忘れてないでしょうね」
「あぁ……『天使』を捕まえるって?」
「そうよ。本当に神の使いなんていう、だいそれた存在なのかどうか……化けの皮をはがしてやるのよ」
次回よりドキドキ冒険者編です。
天使が天使します。
☆、ブックマーク、大変励みになります。いつもありがとうございます。




