47:ふざけてる(中編)
「僕と────デートして欲しい」
皇族が平民に対して放つ、あまりに直截的で私情に満ちた申し出。それは静かな裏庭に投じられた巨大な岩のように、波紋を広げていった。
「……っ? はい?」
ラシェルは聞き返した。
聞き取れなかったはずもない堂々たる逢引の誘い。
皇子でありながら教皇派に属しているように、スタニックは皇族という型にはまらない自由な人物である。そのことをふたりも承知はしている。
「え──えぇっ!?」
それでも驚かずにはいられない申し出。皇子が平民に恋慕の情を伝える。学生時代限定の自由恋愛か、はたまた愛人にでもするのか。さまざまな考えがふたりの頭の中を駆けめぐった。
「どう、かな?」
「…………」
ラシェルは身じろぎもせず、ヴェールの奥でただ静かに立ち尽くしていた。
「……そうか……」
考えこんでいるようにも見える少女の姿を、皇子は悲観的に解釈した。
「困らせてすまなかった。出直すよ」
スタニックの肩がわずかに落胆の色を見せ、背を向けようとしたその時、ヴェールの奥から鈴を転がすような声が響いた。
「二週間後でいかがでしょうか」
「っ、それは、つまり……」
「予定の空きに悩んでいたのです」
「じゃあ、もしかして──」
一転して顔をあげたスタニックの見つめるヴェールの奥から、少し照れたような、緊張したような返答がつむぎだされる。
「逢瀬のお誘い、喜んでお受けいたします」
「ええっ!?」
ユノの方が驚いた。
スタニックはなにやら声にならない声をおさえて、拳を何度も握った。喜色満面の皇子と、頭を下げるヴェールの少女。
「えっ? えっ?」
ユノは状況に追いつけないという顔でふたりの間で視線を往復させる。
「お忍びで城を抜けるよ。一緒に皇都をめぐろう」
「詳しい日取りと待ち合わせ場所は、また改めて」
「あぁ」
皇子と少女は笑いあった。
□□□
『ラシェルちゃんは、ラシェルちゃんは────『天使さま』、なの?』
考えもしなかった。
団体演習試験でヴェールがめくれ、スタニックに素顔を見られたあのとき。まさかユノにまで顔を見られていたとは。三年前、村が魔物に襲われていたところを救けられた彼女は『天使』の素顔を知っている。
なるほど、確かにラシェルの顔を知り、天使の顔を知れば、同一人物説にたどり着ける。なんてこった。よりによって片方を知る人物に、もう片方を知られるとは。運が悪かった。
……本当に、そうか?
不可解だ。
説明の字面だけを追えば筋は通っているが、いろいろ引っかかる点がある。
あの状況を思い出してみる。
俺はスタニックの炎の壁を突破し、障壁前で刃を寸止めした。このとき、スタニックの背後ではドゥドゥが大暴れしている。ユノは味方の援護にかかりきりではなかったか。
そのうえ、俺の顔を見ようとしても、正面至近に立ったスタニックが邪魔になるはずである。距離は遠くないが、近くもなかった。戦闘中、やたら顔の近いスタニックという障害物を回避する角度から、ラシェルが『天使』であると確信できるほどじっくり、観察したと?
おかしな話だ。
少なくともすんなりと納得することはできない。
つけ加えるなら、『天使』とラシェル。
このふたりは雰囲気がまったく別人だ。
かたや淡く発光し慈愛の笑みを浮かべ、白金の長髪が風に優美に揺れる神秘の使徒。自分で言うのもなんだが、国を傾ける倫を絶した美貌の持ち主。
対してラシェルは、ヴェールをはがせば同じ顔とはいえ、まず髪色が違い、髪型も違い、服装も地味。長髪をほどいておろした『天使』に対してラシェルは後ろでひとつに束ねていて、受ける印象にはかなりの乖離が存在するはず。
……ちなみに、アドルフやゲルトの美男子っぷり見れば分かるとおり、ラシェルの美貌は遺伝。代々、美形を次代へと繋いできたレントシュミット公爵家の年功だ。ただ、それをかんがみても彼女の顔立ちは上振れていて、髪にやたらと艶があるし、日の光を浴びない白皙は絹のようになめらかだし、造形は顔の細部から手足の先にいたるまで整いきっている。
世にもグロテスクな線条痕さえなければ、また黒髪でなければ、また少しでも魔法の才があれば、不吉な病におかされていなければ……第一皇女アリカをもしのぐ絶世の美人と評判になっていただろう。
……「さえなければ」というにはマイナスの要素が大きすぎる気もするが。
まぁとにかく、俺はユノの言をそのまま信じこむことについて、待ったをかけた。
『天使』との同一人物説を否定するのは簡単だ。
「違います。勘違いではありませんか」これで済む話。
だが、彼女があそこまで真剣に『天使さま、なの?』と断言できる根拠はなんだ。顔を見た、では薄弱がすぎる。
なにかある。俺の知らない不確定な要素が、転がっている。そう直感が囁く。
アリカやらニルスやらが、茂みから出てきてわちゃわちゃしている間にも、俺は思考を回転させていた。
まどろっこしい駆け引きを用いるか。でなければ、いっそのこと、彼女にはすべて──。
考えかけて即座に首を振る。
いや、何を考えている。彼女に『天使です』と明かして何になる。どこまで明かす。
秘密が漏れ出す戸口を増やすだけで、利益がない。明かしたうえで彼女が味方になってくれる保証もない。
とすれば、やはり【教化】か。
ユノを、洗脳するか。
……本当に?




