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美少女の死体に受肉したけど、嫌われ者だったので正体隠して暗躍する  作者: 中上二等
学園編

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44:小銭を持たない主義

「金持ち小銭に困る、と言うだろう。あいにく金貨以外は持ち歩かない主義でな」


「死体を残せとは言わないけど、せめて生死くらい確認して欲しかったなぁ」


 黄ばんだ照明がチカチカと細かく明滅(めいめつ)する酒場で、老いた紳士が美女と隣り合って座っていた。安っぽいグラスを(かたむ)ける。照明の雑音(ハム)が途切れて、酒が(のど)を通る音だけが残った。


 ヴァルデは不快そうに老紳士から目をそらした。


「巨人に(ねずみ)は追えん。家ごと巣穴を踏み抜いて、それで(しま)いだ」


「やりすぎだよー。いま分身と神官総出(そうで)で【教化(腕輪)】を探してるけど、森が谷になってるじゃないか。あれじゃ見つかるものも見つからない。ヴァルデ君の豪放(ごうほう)すぎる戦闘スタイルにも困ったものだ」


「あれには《アルカンゲルム》と同じ不壊(ふえ)の特性がある。探しているのは(つゆ)でも(あぶく)でもなく()せ物さ。人海戦術は得意だろう、ファルマン」


「きみねぇ……」


 確かにどこぞの国へ持ち逃げされるよりは土に埋まった方がマシなんだけどさ、と釈然(しゃくぜん)としない顔でグラスを空にする老紳士。ヴァルデは続けた。


「【教化】は確かに厄介な神器だが、俗物(ぞくぶつ)が拾ったところで扱えるものではない。素質ある者に幼少期から特殊な訓練を積ませなければ、な。それに【教化】は()()とも無関係。急ぐ必要があるのか?」


「あるよ。ここ数年、異端審問に()っていてね。そろそろ(つか)まえられそうなんだ」


「……枢機卿から審問官に転身(てんしん)したとは知らなかったな」


(ねずみ)……というか、(とり)を捕まえようとしてる。もう三年もね。戦力か魔力源か、なにかの足しになるはずだよ。素直に仲間になってくれればいいけど、無理だったときに【教化】は必要なのさ。いや〜〜〜すぐ見つかるといいけど」


 燕尾服(えんびふく)のポケットからチェーンに繋がれた懐中時計を取り出した。針は七本あり、三本が逆回転している。四本は不規則な拍子でせっかちに進んでいた。文字盤は激しく(ゆが)んでおり、数字は未知の言語のようにうねっている。とても読めたものではない。


「繰り返すが、小銭は持たない主義だ。探知や斥候(せっこう)系の魔法はからっきしでな。そういうのはお前やベルクナ(【永生】)ーの方が得意だろう」


 ヴァルデの言葉に顔をあげると、ファルマンは笑った。


「ま、仕方ないか」


 老紳士は懐中時計を握った。

 手を開いたとき、ポケットから伸びる鎖の先には何もなかった。


 指からこぼれた魔力の残滓(ざんし)が、グラスにヒビを入れた。



 


 □■□■□

 


「では試料を叩いてみてくれ。音、割れ方、硬度、見た目から判断できればそれでいい。分からなければ磁石を近づけたり、溶解度、匂い、味によって鉱物は分類する。……笑っちゃいけない。学生時代、私もそこら中の石を()めつくしたものさ」


 中肉中背(ちゅうにくちゅうぜい)から肉を()ぎ落とし、その分を身長に()ぎ足したようなヒョロッと細長い男が、教室を見渡した。

 

「それで医務室に運ばれたこともあった。もう二十年も前の話だけどね」


 臨時教師アルバン。《特殊遺甲総局(いこうそうきょく)》の局長である。


 三年制の皇立学園では、生徒は学年ごとに第一クラスから第五クラスに分けられる。第一クラスは成績優秀な特進の生徒であり、白い襟章(えりじるし)をつけるため、「白クラス」と呼ばれ尊敬を集める。


 そしてここは第五だ。


 落第(らくだい)寸前の成績不振(ふしん)者が集められたクラス。


 筆記試験、身体能力検査で高得点をとったはずの(ラシェル)だが、発表された組分けはご覧の通り。


「こう見えて私は、鉱物分野の碩学(せきがく)を目指していたんだ。魔法学に比べると肩身の(せま)い学問だけどね……」


 赤毛に寝癖がはねる()えない男だが、どうも彼は、昔からラシェルを気にかけていた。派閥間の均衡をかんがみた政略であるにせよ、《総局》は呪いの令嬢を処刑しようとするレントシュミット公爵家に歯止めをかけ、目を光らせ続けていた。


『《総局》が……いや、《総局》が出ばるまでもなく、俺は殺人犯になる。妹殺しの汚名は、呪われた妹の存在以上に、俺を覇道(はどう)から遠ざける……』

 

 それは結果的にアドルフに対する抑止力でもあった。


 そして現在も。

 俺は彼の庇護(ひご)を受けて、変わらず学園へ通えているようなものだ。

 

 エメリーヌの「裏切り」は当然、(おおやけ)にはされていないが、昨晩ヴァルデの爆撃をかいくぐってエメリーヌ邸に戻ると、すぐ騎士団が丁重に門を蹴破(けやぶ)ってきた。家宅捜索である。


 元暗殺者と眠ったままのエメリーヌは皇都の外へ(にが)してある。ヴァルデには、エメリーヌを蘇生した少女が『呪いの令嬢』であることはバレていない。彼女が飛んできたときにはすでにヴェールを外していたし、サリナスの口はすぐに殺して(ふさ)いだ。


 謎の黒髪の少女は怪しい少女として、あの晩に、ヴァルデの魔法の豪雨の中に死んだ。


 だから(ラシェル)は、エメリーヌの裏切りに関して、知らぬ存ぜぬを突き通した。ヴェールをはぎとられ、ヴァルデの前に突き出されない限り俺は安全だ。

 

 それでも『【教化】は貴様の後見人だろうが! 貴様も何か知っているに違いない!』と騎士に詰められたときは、もう雲隠れするしかないかと覚悟した。苦労して入学した学園も退学である。裏切り者の推薦(すいせん)で入学したのだ。(るい)(およ)ぶのは()けられない──と見せかけて、《総局》が(あいだ)に入ることでこの問題は解決した。

 

 まぁ、俺が通報したのである。

 教会の内輪の揉め事だ。枢機卿の裏切りなど不祥事も不祥事。《総局》には知られず内々に処理するつもりだっただろう。だが残念、俺は取り調べの隙をついてエメリーヌ邸にあった通信魔法具から、騎士に詰められていることを《総局》へタレコミしてやった。


 で、《総局》はすぐさま出動し公正な調査を求めた。


 ラシェルを断罪するのは不当である、と。

 


 そもそも「エメリーヌの裏切り」がなんなのかを、教会側は把握していない。根拠はヴァルデが耳にした、サリナスの『エメリーヌが裏切った!』という発言のみ。


 それにしたって、ヴァルデはエメリーヌ本人から直接弁明や釈明を聞くこともなく、彼女を燃やしてしまっている。そのうえで彼女を蘇生させた怪しい少女もろとも、すべてを吹き飛ばしている。


 証拠はなんと、何ひとつないのだ。


 騎士団は悔しそうに退散していった。


 流石に彼らも、ここまで証拠不十分が積み重なっていると、ラシェルをどうこうすることはできなかった。



 ……とそんなわけで、とにかく《総局》には感謝しなければならないな。


 特に、『呪い』からの通報を受けてすぐに動いてくれた、このアルバンという男には。


「──地質(ちしつ)学会、鉱物学会のメンバーを細々とやってる。神官、神官魔法師、神官剣士、騎士、騎士団員、総局、侍女……これらばかりが進路じゃない。家を継ぐ予定の者だって、学問はできる。地質学に興味のある子は西方校舎三階の準備室まで質問においで。いつでも歓迎するよ」


 鐘が鳴った。


「今日の講義はここまでだ」


 アルバンは教壇からおりた。

 扉から出ていくとき、彼は振り返る。ヴェール越しに、俺と目が合った気がした。


「記念すべき学園の講義一発目が石っころについてとはな。どうだ、面白かったか」


 横から肩をたたかれる。


「ええ。興味深い内容でした」


「そう思うか。オレもだ。あとで一緒にアルバン先生のところまで地質学について質問しにいかないか?」


 ニルスである。

 彼は団体演習試験で、開始早々に脱落した。筆記は学年で最上位らしく相当に優秀なようだが、魔力量、身体能力などは振るわなかったようだ。彼もラシェルと同じ、第五クラスだった。


「いえ、まだ初回ですから。この先の講義を聞いてからにします」


「そうか」


 (こん)色の髪の少年はさして残念でもなさそうに言った。

 知り合いがほかにいないからと、彼は雑に俺の隣に腰を下ろしていた。ガタイのいい不良少年がひとりぼっちで前の席に座っているというのに、とぼけたヤツだ。


「ラシェルちゃん、お昼、一緒に食べよ!」


 俺の腕に自分の腕を絡ませてきたのは、ユノだ。


「ニルスさんも一緒にどう?」


 少女は明るく少年にも話しかける。


「遠慮しておく。姫さんに呼び出されているのでな」


 ニルスは片手に本を持って立ち上がった。


「そっか。じゃあラシェルちゃん、食堂に行こっ! 無料で食べられるんだっけ、楽しみだなー」


「そうですね。アリカ殿下が入学にあたって、全生徒の食費を国持ちにするよう陛下(へいか)に進言したとかで──」


 自然に会話する俺とユノだが、不思議なものだ。


 ほかの生徒は『呪い』に近づこうとはしない。

 常に遠巻きに席の間隔をあけ、近くを通れば会話を中断して押し黙り、通り過ぎると俺の陰口(かげぐち)を始める。ニルスやスタニックという例外はいるにせよ、貴族は全員がラシェルを嫌っている。


 平民生はそこまでではないが、『呪い』の(うわさ)城下(じょうか)に広まっているし、不正疑惑もある。やはり歓迎はされない雰囲気だ。


 試験時、三年ぶりに再会したときはユノも妙な反応をしていたような気がするのだが、今日こうして改めて会うと、ガツガツと話しかけてきた。


 すでに「ラシェルちゃん」呼びである。


 多分、あれだ。

 イジメの構図を見ていられなかったのだろう。純粋な善性(ぜんせい)は、孤児の俺を介抱(かいほう)したときから、変わっていないようだ。


「おうニルス、メシ食いに行こうぜ」


「悪いな、姫さんに用があるんだ。また今度誘ってくれ、──っと……不良」


「不良じゃねぇ!! てか名前忘れてねぇよな!? ドゥドゥだぜ、ドゥドゥ!」


 扉の前でニルスが不良に絡まれていた。


「あっ、不正! お前も一緒にメシ、どうだ?」


「ラシェル嬢を不正呼ばわりとは、お前さんも似たようなものじゃないか」


「うっ!! (わり)ぃ、ラシェル……さん?」


 それからこの不良も、ラシェルに対する態度が軟化(なんか)していた。


 まぁ学生間の交友関係などどうでもいいことだ。退学にさえならなければいい。


 教会の中枢たる大聖堂を(おお)う、大障壁の内側にいられるというだけで価値があるのだ。ヤツらの動向をうかがいながら、学生として神官剣士を目指していけばいい。


 それより、目下(もっか)の課題を解決しなければならない。


 あの晩に別れたエメリーヌと元暗殺者。

 合流地点を決めていなかったし、決める暇もなかった。


 エメリーヌは目覚めただろうか。蘇生は成功したが、一度死んだ身だ。意識が回復したかどうかが分からない。

 

 すぐ合流できるといいが──。

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