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3:一撃で全てを

 集中した神聖力は、高密度のエネルギーの奔流となり──射出された。



 ――ドッ。 



 鈍い音とともに、転瞬の間あたり一帯をまばゆい光が照らす。


「な────!?!?」



 着弾。



 そして──爆発。



 命中した地点を中心におびただしい量の土砂が巻き上がる。石造りの家々の影が地面に長く伸び、中の住人が何かを叫ぶ声が外まで響いた。


 爆風が吹き荒れる。 

 想定以上の威力だった。


「…………」


 立ちのぼる砂煙を黙って見上げる。見上げるしかない。


 これは……ダメだ。


 どう見積もっても転倒させ足を潰す――程度では収まっていない。制御を誤ったか、これは。


 粉塵が晴れるにつれ、爆心地の全容が明らかになる。

 なかほどで真っ二つに折れ炭化した杖と、地に深々と刺さった長剣。彼らが身に付けていた装備の残骸や、神官服の切れ端が散らばっている。


 えぐりとられた地面の中央で、肉塊がドシャっと音を立てて崩れ落ちた。二体の生命体は、もはや人間としての原形をとどめていない。



 俺は肉の塊を足先でつつく。

 

「偽神と関わりのありそうな貴重な情報源を早速失うとは、幸先が悪い……」


 他人事のような呟きだ。反省しろ、バカ。



 自分で自分にバカみたいなツッコミをいれつつ周辺の様子をさぐる。


 どうも自分の体じゃないからか、現実感がないようだ。他人の死体に取り憑いているだけなのだから、当然といえば当然だが……。


 一応身体として血は巡っているし、呼吸もしている。脳は機能していない。元の少年の人格が勝手に喋り出すとか、そういうことは起きなさそうだ。俺はあくまで生ける屍となった肉人形に憑依した幽霊……といった立ち位置らしい。


「焦げ臭いな」


 元・人間の死体を足先で転がした。

 穴の斜面をころころと落ちていく肉の切れ端が、杖の破片にぶつかって動きを止めた。


 それを見下ろしたとき、


「────っ!?」


 突如ぐにゃりと視界がゆがんだ。


 襲い来るめまいと脱力感。かすむ周囲の輪郭が赤青黄の色収差(いろしゅうさ)を生み出す。何もわからないまま、俺はまともに立っていられず、膝からその場に崩れ落ちる。


「なん……だ……これ……は」


 状態異常攻撃……!?

 毒か……!?


「ならば、回復を……」


 肉体を治癒するため、すぐさま神聖力を体内に集中させようとするが。


 ……ない。


 あるべきものがない。


 《《神聖力がない》》。


 俺は指一本も動かせないまま、パタッと地に伏す。小枝のように土の上を転がった。


 どうやら神聖力が、先ほどの攻撃で尽きたらしい。


「──いや、だがそれは……」


 それはありえないことであった。


 天使の力は自身の神性(しんせい)に依存する。俺が上位天使ラグナエルである限り、神聖力はこの身に存在している。受肉したとはいえ俺は依然として天使であり、この程度の消費で力が底を尽きようはずもないのだ。


 だが理屈をゴチャゴチャ言っても仕方がない。

 現に、無いものは無いのだ。枯渇している。


 何か別の理由があるとしか考えられない。

  

 俺が憑依したのは脆弱(ぜいじゃく)なる下界の生命体。それも死んだばかりの()せこけた子供だ。


 もしかすると、天使の力を全て受け止めるには器が小さすぎる、とか──。


「……ありそうな……話、だ……」


 となれば、憑依先によって任務の遂行難易度がまるっきり違ってくる。丈夫な肉体は必須。


 ナメクジのように地面を這いながら、つらつらと考える。


 付随して欲しいのが社会的地位、権力、財力、容姿。いっそ絶世の美女にでも受肉できれば御の字だったのだが。 

 

「大……天使……め」


 よりしろをいい加減に選んだな。


 神聖力がこれ以上使えない理由はそうだとして、ならば今現在(おちい)っている肉体の変調は何か。横ざまにくずおれたっきり、立ち上がることさえままならないなんて、異常以外の何物でもない。


 ヒビ割れた唇と干からびた口腔の内で、舌が乾いてゆく。この原因はどこにあるのか。天使であったときには感じたことのない、腹の底から脅かされるような感覚があった。

 そう、これは……腹だ。腹から……。


「ぐぅ~~~~~~~~……」

 

 静かな路に響く音。


 あぁ……そうか。

 あれだ。

 

 得たばかりの人間の本能をして、俺は悟る。

 これは飢餓(きが)か。


 この繊弱な身体を見れば、生前のよりしろが、長い間飽食(ほうしょく)とは縁遠い生活を送っていたことは想像に(かた)くない。


 極度の空腹は、人間を死に(いた)らしめると聞く。実体のある肉体は不便なものだ。


 神聖力の枯渇にお腹ぺこぺこ。

 ダブルパンチだ。


 とにかく、どうにかしなければならない。起き上がって、食べ物を探さなくては……。と、この脱力感に抗うことしばらく。俺はすぐに諦めた。


 無理、不可能、不達成。

 だってどうにもならんのだから、仕方ない。


 閉じていくまぶたを意識の底から俯瞰ふかんして眺める。


 クソ……下界降臨初日でもうゲームオーバーかこれ?


 このままよりしろが死んだらどうなる。憑依し直せるのか。それとも超越空間へ逆戻りするのか。


 分からん。


 降りた直後に任務失敗・強制送還とか恥だ。

 これでも俺は寡黙な有能クールキャラとして通ってるんだ。俺を送り出したあの大天使、ヘルゴエルになんと言われるか……。


 いや、待て。そもそもの話、悪いのはアイツじゃなかったか。


 旅は憂いものツライもの。身一つで下界へダイブするというのに、何ひとつ準備をさせてくれなかった。


 うん、冷静に考えると説明もなしに下界へ放り込んだ無責任な上司が悪い。もし目が覚めて超越空間へ戻っていたら、俺のせいではなくヘルゴエルのせいだ。任務失敗の全責任は間違いなくアイツにある。


 一部始終を見ていた傍観者が十人いたとしたら、十:零で俺に味方するはずだ。


 そしてその十人で順番にヘルゴエルを往復ビンタする。涙目で俺に謝る女上司。そうだ、これがあるべき世界だ、現実だ……。次に目が覚めたら、目の前で大天使が土下座しているに違いない。


 俺はやすらかな気持ちで意識を手放した――――。

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