2:降臨の日
「――っ! ――」
「――のくせに、――かよ」
「はっ、―――だからだろ」
どこだここは?
俺は確か⋯⋯そうだ。あのクソ上司の命令で偽神とやらを倒しに⋯⋯。
……ここは下界か?
「――おいおい、この程度か?」
「ちっ、汚ぇな……。流石にもう死んだろ」
何者かが俺に話しかけている?
言語は理解できるが、目が見えん。それどころか体が動かん。受肉に失敗したのか?
どういう状況だ?
「はぁ〜、使えねぇな。魔力なしにゃ狩りの獲物役すら難しいか。獣以下とは恐れ入ったぜ」
何も分からないな。
周囲の状況を知らないことにはどうにもならない。
視覚を持たない生命体なのか?
いや、よりしろとなった肉体の損傷が原因の可能性もある。
「行こうぜ。猊下もこんな村に長居はしたくないだろ。《墓場》でストック切らしてイライラしてたし……」
「ふん。孤児一匹の腹に穴あけたくらいじゃ胸のムカムカが収まんねぇやクソ」
腹に穴?
そうか、やはり損傷があったか。
精神を体の奥底へ集中させると、神聖力が体を覆った。治癒は神性を持つ天使の十八番である。
すぐに傷口が塞がり血が通い出すと、心臓が規則的な鼓動を始める。体内にじんわりとした感覚が広がった。
受肉して感じるあたたかさは、非実体のときのそれより心地良い。
「おい、待て。なんかあいつ光ってるぞ」
「は? ……おいおい」
目が見えるようになってきた。
茶色……土か。土が口の中に入っている。
だいぶ不快だ。
俺はふらつきながら立ち上がると、ぺっぺっと土を吐き捨てた。
顔を上げるとそこにいたのは二人の人間。
良かった、大天使の言葉通り生命体はよくある人型種族だ。先ほどから聞こえていた声の主はこの男たちだろう。天使と同じ人型なのはやりやすくていい。
実は地面をモゾモゾ這って進むナメクジみたいな生命体じゃないだろうなとヒヤヒヤしてたんだ。
「こりゃ夢か?! 生き返りやがったぜ、このガキ」
「回復魔法……? いやまさか、平民の孤児がそんなものを……万に一つもありえん……」
しかし、この肉体は子供か?
低い目線、痩せ細った手足、ぼろきれのような服。髪は伸び放題でボサボサな上に、全身粉を吹いたような皮膚が、青白い。十歳前後の少年のようだが、見るからに不潔で栄養失調だ。
文明レベルが低いのかと思ったが、少年とは違い男たちは上等の衣服を身にまとっている。
白の布地を基調としたゆったりとしたローブ。袖口は広く、足元まですっぽりと覆った光沢ある布は優雅に揺れる。儀式的なデザインと、胸にあしらわれた直線的な紋章は、どことなく神官服を思わせた。
周りには石造りの家々。夕暮れ時だからか他の住人の姿は見えないが、どうやらここは人里の真っ只中らしい。
そして──。
「こいつらが体に宿しているそれは魔力か。ここは魔法の存在する世界だったようだな……」
幼い少年の声があたりに響いた。
「……なんだって?」
創造神と天使のみが持つ神聖力とは似て非なる力。たとえば炎、水、土、風、雷、氷、光、闇……といった属性の素となる力が魔力である。
「落ち着け。生き返ったのなら、もう一度殺せばいい。このまま放置は不気味だ」
「……あ、あぁ……あの状態からの蘇生はまさしく奇跡……敬虔な信徒たる俺たちはご褒美を賜ったのかもな。より嬲り、より殺せと」
敬虔な信徒、ね。服装通り、神官やそれに類するものと見て間違いはなさそうだ。
男の片方が、言い終わるやいなや俺へ杖を向けた。男が何かをぶつぶつと唱えると、魔力が杖の先端へ集中し、魔法を形成していく。
「これは、炎属性……」
男は額に汗をにじませながら、ようやく詠唱を終える。のんびりと十数えられる程度の時間は経過している。どれほどの威力になるのか気になるな。
「カアウラス神の御旗のもとに、ははっ、もう一度……死にな! 《衍直焼夷》」
自信と嗜虐心を回復した叫びとともに、火炎をまとった魔力の矢が放たれる。予想よりも速い。
「よっ、と」
痩せ細った体をなんとか動かし回避しつつ、矢が突き刺さるような位置に結界を展開する。
ジッ。
結界に触れると同時に霧散する《衍直焼夷》。
「は!?」
「障壁⋯⋯!? 回復に続いて障壁魔法だと?!」
神官魔法師は脂汗をぬぐうこともなくこちらを凝視した。
俺は跡形もなく消滅した《衍直焼夷》の魔力の残滓に手を伸ばす。ちりちりと漂う粒子は指先に触れようかというところで空気中に溶け込んでいく。
数多の世界にありふれた「炎魔法」で間違いない。まぁ、使ったことはないので詳しくはないが……。
世界によってその呼び名は異なり、魔術だったり、妖術だったり、錬金術だったりする。何にせよ結界貫通効果や即死効果があったら笑えないので、初撃は回避した。
取りあえず、魔法体系の把握は最優先事項である。魔法規模や応用度合い、属性の数も把握しておきたい。
「はっ!」
魔法を撃った男の相方が、腰に差した剣を抜き飛びかかってくる。長剣を扱う神官か。
神官服の男が突き出した刃は、俺の眼前で止まる。
「くそっ! また障壁、一体どうなってんだ……!」
彼は悪態をつきながら剣を振るい続ける。一撃、二撃、三撃。一往復ごとに速度と威力が増していく神官の連撃には、見栄えのする鮮烈さがあった。
一方が攻勢に出ている間、いま一方は杖を地に突き立て何事かを詠じている。
「ティモ! 撃つぞ避けろ! 《重速石槍》!」
言下に杖を取り上げ、構えた男が魔法を発動する。
石片が宙を舞って、一点へ集束すると、彼の上腕ほどの太さを持つ石槍が出現した。間を置かずして、俺めがけ高速で直進し始めたそれは、しかし結界に行き当たり粉々に砕け散った。
「そん、な! どうなってる!」
さて、この世界について男たちから直接情報を聞き出したいところだ。一旦彼らにはおとなしくしてもらう必要があるな。
「こいつ⋯⋯化け物か! 一回死んで、悪魔でも取り憑いたに違いねぇ! げ、猊下をお呼びしよう⋯⋯!」
と言っても、これまで超越空間から一歩も出たことのなかった俺は、武術の心得もなければ、魔法の使い方も知らない。このひ弱な肉体では走る彼らを追いかけることすら叶わないだろう。
現状考えつく攻撃らしい攻撃の手段はといえば、神聖力によるダイレクトアタックくらいである。
……やってみるか。
指先に光を灯す。
後ろを振り返りつつ逃げていく男らの足元に、狙いを定める。
「⋯⋯よし」
集中した神聖力は、高密度のエネルギーの奔流となり────。




