38:団体演習試験開始
「ラシェルさま。定期報告に参りました」
エメリーヌ邸第八お昼寝ルーム。
黒装束の男が、窓の陰から滲みでるように現れた。
「今、お時間よろしいでしょうか」
巨大なベッドや本棚、書物の数々が複雑な軌道を描きつつ旋回する部屋にたじろぎつつ許可を求めてきたので、俺は物体操作を停止する。
「ええ、どうぞ話してくださ──話せ」
最近はラシェルモードでいると敬語が反射的に飛び出すようになっていた。
「まず、『天使』の噂は皇都中に広まっております。カアウラス神の遣わした使徒であるという言説が主流です。教会に所属しているのではという声も大きくなってきていますが、いまだに教会は『天使』について公には言及していません」
いつだったか、公爵に雇われラシェルを襲いにきた、暗殺組織「一座一門」の元構成員だ。エメリーヌに【教化】してもらい、今じゃ立派な忠実な俺の部下である。
「それから教皇についてですが、所在は判明しておりません。表舞台に姿を見せたのは五年前。第一皇子の国葬が最後です。⋯⋯が、数週間後に開かれる『魔技武会』に来賓として出席する予定であるとの情報をつかみました」
「魔技武会⋯⋯自治都市で行なわれる冒険者のトーナメント戦か。気にしておこう。《総局》局長アルバンについては?」
「第二皇子スタニックとの確執については、詳しいことは分かりませんでした。国政にまつわる機密に関して、意見が対立したのでは⋯⋯と言われているようですが根拠には乏しく」
エメリーヌもそのあたりには疎いようだ。彼女が神通力をカアウラス神より授かり枢機卿の地位へついたのは四年前のこと。当時十四歳である。今でも枢機卿最年少なのだ。機密に詳しくなくても不思議はない。
「下がっていい。市井での情報収集は続けろ。それと、明日の晩、皇都外れの森に来るようにとエメリーヌに伝えておけ」
「は。⋯⋯《立溶潜隠》」
男⋯⋯名前も知らない元暗殺者は闇に溶けるように消えた。
□□□
「皇立学園クラス分け試験、二日目! 団体演習試験を開始します! チーム分けは以下に貼り出した通りです。確認し、チーム単位で固まっておくように。貴重な作戦会議の時間ですよ!」
そしてここは小さな森の中。
訓練服に着替え集合した新入生たちの前に、教師が立って説明を始めた。
「みなさんには、障壁のペンダントを身につけてもらいます! 昨日の身体能力検査で使用したため勝手は知っていることと思いますが、これをひとり三つ身につけ、一枚でも割られたら死亡判定です! 戦闘から離脱してください」
残り二枚は安全用か。武器も訓練用ではなく真剣を使用していいらしい。まぁ貴族は攻撃力の高い対人魔法を撃っていいのに、平民だけボロ武器強制ではあんまりだからだろう。
「ひとチームの人数は四〜六人。何人チームであろうと、先に三人以上が離脱した方の敗北となります!」
教師は続ける。
「せまい森ですが、奥へは進みすぎないように。事前に騎士団が掃討しているため低くはありますが、魔物が出る可能性は常にあります。森の奥ではサリナス猊下が巡回してくださいます。猊下のいる地帯より奥へは行かないように」
アレクシス・ル・サリナスが前へ進み出た。
「ふん。魔物が出たら、吾輩の【断罪】でもって討伐してやる! 安心して試験に挑め!」
サリナスは見せつけるように赤い細身剣を振るう。
宝石の埋めこまれた鍔から生えた両刃が空をきる。
「⋯⋯なんだ?」
「空振り?」
剣の素振りをしたようにしか見えず、首をひねる生徒たち。だがその直後、重い音を立てて木々がきしみはじめた。
切っ先の向けられていた方向にあった大木が、断面をすべるように倒れていく。土煙と葉が宙を舞い、鳥が飛びだった。
斬撃。
魔力の刃が過ぎ去った直線上に位置していた何十本という木々が、切断されていた。たったの一太刀で、長い小道ができあがってしまう。
「おお!」「すげぇ⋯⋯これが有名な【断罪】!! 生で見られるなんて」
サリナスは胸を張って細い剣を鞘におさめた。
「自己紹介や装備の点検など、準備の終わったチームからここに並べ! 無作為に対戦チームを決定したながら、順次試合を開始する!」
ほかの生徒はすでに続々と班ごとに固まっている。俺は人がはけて見やすくなった掲示表の前に立った。
▶第十四班
アリカ・アレクサンドル・ド・エイリトニア
ニルス・ド・シェヌ
ドゥドゥ
ラシェル
「⋯⋯⋯⋯」
貴族ふたり、家名なしふたり。四人班。
貴族生と平民生の人数比を考えると、魔力なしがふたりもいる不利なチームに思えるが、内訳として第一皇女アリカとつりあいをとった結果の人選のようだ。
悪くない。
試験自体は無難に終わりそうだ。
しばらく表を眺めていると、話しかけてくる者があった。
「お前さんがラシェルか?」
不健康に青白い肌。眼下の濃い隈。毛先が無造作に踊る、紺色の髪。
「オレはニルスだ。で、こっちが姫さん」
片手に本を開いた少年が、隣の金髪少女を指さした。言わずとしれたこの国の第一皇女アリカである。アリカはこちらをちらりとも見ぬまま鼻を鳴らした。
「ラシェルです。よろしくお願いします」
「あぁ。で、そっちの不良っぽいのが──」
「誰が不良だコラ」
「ではそこの不良ではないやつが──すまん。名前を忘れた。もう一度名乗ってくれ」
「舐めてんじゃねぇぞ。ドゥドゥだ。二度と忘れんなお貴族さま」
黒髪を刈り上げたガラの悪そうな少年がすごむが、ニルスは眉ひとつ動かさなかった。
アリカ、ニルス、ドゥドゥ、ラシェル。
四人の顔合わせが済んだところで、簡単に作戦会議をする。そう思っていたのだが、アリカはさっさと立ち上がって列の方へ歩いていってしまった。
「殿下?」
思わず俺は呼び止めたが、アリカは振り返らずに吐き捨てた。
「元令嬢、不良。あなたたちは何もしなくていいわよ。私が勝たせてあげる。黙ってついてきなさい」
準備完了チームの列へ歩いていってしまう皇女。
「すまん。姫さんにも悪気があるわけじゃないんだ」
紺色の髪の少年・ニルスはフォローした。
「悪気もなくオレを戦力外扱いかよ。そっちの方がムカつくぜ。てかよ、えーっと、ニルス。テメェは何でそんな訳知り顔なんだ。あの皇女と知り合いなのかよ?」
「あぁ、知り合いだ。昔からのな。貴族には貴族の繋がりがある」
自信満々なアリカだったが、相手次第では足をすくわれかねない。たとえばゲルト、もしくは第二皇子スタニックとあたれば苦戦は免れないだろう。最低限、使える魔法や得意武器などは共有しておいた方がいい。
そう思っていたが――心配は無用だった。
「えーアリカ殿下の班の対戦相手は、そうですね、第十七班にしましょう」
教師が無作為に試合組み合わせを決める。
貴族四人、平民ひとりのパッとしない、全体的に自信なさげなひ弱さ漂うチームだ。
「今戦闘中の試合が終わったらあなたたちの番です。すぐ出られるよう、準備をしておいてください」
皇女アリカの変わらぬ自信を見るに、負けることはない。無難だ。
本当にこの不良と俺には出番がないかもな。
サリナスをどうこうする算段でも、今のうちに考えておこう。
と思ったのだが⋯⋯甘かった。
「あの……僕たち、やっぱり準備まだでした。こいつが吐き気あるって……休んでいいですか」
好事、魔多し。
「あ、あたしたちも一旦、棄権を⋯⋯」
「すみません、オレらも……」
アリカ班にあたったチームは次々と言い訳をつけて逃げていく。
「変ですね⋯⋯」
それが偶然ではなくなんらかの働きかけに基づくものであると察したころには、すでに彼らが目の前にいた。
「⋯⋯最悪」
皇女が小さく毒づいた。
「あなたたちの対戦相手は⋯⋯第一班です」
▶第一班
スタニック・アレクサンドル・ド・エイリトニア
ゲルト・ド・レントシュミット
マルク
アンヌ
ジェシー
ユノ
貴族ふたり、平民四人。
「ようラシェル。奇遇だな。戦闘試験でもその顔隠しは外さないのか? 醜女が」
「…………」
「叩き潰して、その布はぎ取ってやるよ」
なにかグチグチと言っているゲルト。
俺は彼から視線を外し、くすんだ金髪の少女の方へ向けた。
懐かしい顔である。ユノだ。
三年ぶりの再会か。
向こうにとっては分かりっこないだろうが、元気にやってるようで何よりである。しかし本当に【永生】のベルクナーから推薦をもぎとって入学してくるなんてな。
城勤めの文官でも目指しているのだろうか。




