37:無才の剣技(後編)
「次⋯⋯いえ、最後の方、名前をどうぞ」
そしてスタニックの直後に俺の番か⋯⋯。
「ラシェルです」
俺は剣を手に取った。スタニックの使った剣は柄が融け、刃は変形していたので別の剣だ。ずっしりとした無機質な鉄の重みが、手のひらを通じて腕へと伝わってくる。刃の潰れた、何の変哲もない量産品。
「やっとお前の番だな、ラシェル。不正を認めるなら今のうちだぜ? そんななまっちょろい細腕で何ができる?」
ベンチに深く腰かけたゲルトが、品性のない笑みを浮かべてこちらを指さした。
「腰が引けてるぜ。まさか、そのまま適当に振り下ろすだけじゃないだろうなぁ?」
彼の言葉に、周囲に残っていた数十人の生徒たちから、くすくすと忍び笑いが漏れる。貴族の女子生徒たちは扇を口元に当て、平民の男子生徒たちは腕を組んで、値踏みするような冷たい目を向けていた。
俺はゲルトの挑発を完全に黙殺し、柄を両手で握りしめた。
右足を一歩引き、剣を頭上へと持ち上げる。洗練された型も、流麗な足さばきもない。ただ真上から真下へと振り下ろすだけの、基礎的な構えだ。
脇が開き、重心が浮き上がった、およそ実戦的ではない素人の大上段。
周囲の人間には、少女がただ剣を持ち上げ、そのまま硬直しているようにしか見えない。彼らには感知できない領域で、俺は体内の神聖力を操作し始めていた。
「⋯⋯⋯⋯」
下腹部の奥底に沈殿する神聖力を引き絞り、脊髄を伝って一本の細い熱線へと凝縮する。熱は肩を通り、上腕の筋肉を内側から焼き焦がすような感覚をともないながら、手のひらへと収束していく。俺はそれを、鉄剣の内部構造へと流しこんだ。
普段行っている物体操作のように、その周囲を神聖力で包みこむのではない。
内側に力をそそぎ、ただの金属の棒を、一撃のためだけの特異な「器」へと変質させていく。血管を熱い血液が逆流するような感覚。呼吸を止め、心臓の鼓動に合わせて、さらに神聖力を剣へと圧入した。
「なんで固まってんの?」「緊張してるんじゃない」「いつまで待たせる気だよ」
「謝罪するなら早くしろ。ギャラリーが飽きはじめてるぞ」
ゲルトの嘲笑がさらに一段高くなった。
鉄剣は炎をまとうことも、雷光を放つこともない。ただ、刃の周囲の空間が、極度の熱に晒されたかのようにぐにゃりと歪んでいた。鉄剣そのものが、膨大な神聖力の圧力に耐えかねて、ミシミシと悲鳴を上げはじめる。
「三、二、一でカウントダウンでもしてやろうか! そこまでして無様を晒したいのか!」
記録係の生徒も、呆れたように時計を確認しはじめていた。
「⋯⋯⋯⋯」
鉄剣の内部が、神聖力で飽和状態に達する。これ以上の充填は、剣そのものが自壊する限界点。
俺は正面の《アルカンゲルム》を見据えた。
⋯⋯いくか。
「はっ⋯⋯!」
短く呼気を吐き出し、俺は鉄剣を真っ直ぐに振り下ろした。
閃光も、爆風もない。
速くもなく、鋭くもない、平凡な一撃。
ただ、鉄剣の刃先が、ゴーレムを囲む魔力障壁の領域に届く瞬間──ためこんでいた神聖力を放出した。
インパクトと同時に撃ち出される不可視のエネルギー。
鼓膜を突き刺すような、結晶の砕ける硬質な音が連続して鳴り響く。
「は?」
ゲルトが間の抜けた声を上げたときには、刃は《アルカンゲルム》の外装に到達していた。
ぐぐ、とゴーレムは後退する。
そして、俺の握っていた鉄剣は、神聖力の負荷に耐えきれず、鍔の根元から粉々に爆散した。
「⋯⋯は?」
手元に残ったのは、ただのひしゃげた革張りの柄だけだった。
「⋯⋯」
記録係の生徒が、手に持っていた羊皮紙のバインダーを取り落とした。板がむなしく落ちる音が、訓練場に不自然なほど大きく響く。
《アルカンゲルム》の首元。何十本と垂れ下がっていた魔法具のネックレスは、一本残らず光を失っていた。
「障壁、にじゅ⋯⋯二十枚、全、全損⋯⋯ッ!?」
記録係の悲鳴のような絶叫が、静まり返った場にこだました。
「二十枚って、おい、全部か⋯⋯!?」
「そんな馬鹿な! 魔法使えないんだろ? 今の剣一筋で⋯⋯」
平民の生徒たちは騒然と色めき立った。
貴族の生徒たちも、信じられないものを見た衝撃から立ちなおり、お互いに囁きあいはじめる。
歓声はない。
ベンチに座っていたゲルトは、立ち上がることもせず、ただ口を半端に開けたまま硬直していた。先ほどまでの傲慢な笑みは、綺麗さっぱり消し飛んでいる。
俺はひしゃげた剣の柄を、武器置き場のバケツへと丁寧に差し戻した。
「これで終わりですね。記録、よろしくお願いします」
呆然と立ち尽くす生徒たちの間を、俺は音もなく通り抜ける。背中に突き刺さる、混乱と畏怖の入り混じった無数の視線を置き去りにして、訓練場を後にした。
午後の筆記試験。これに苦戦する要素はない。
昼食をとるため食堂に向かう。
その途中で第二皇子スタニックに話しかけられた。きみの剣に感銘を受けた、凄まじい境地だ、ぜひ機会があれば僕と手合わせを──。
流れで一緒に食事をとったが、なかなか爽やかな人柄をしている。ラシェルを蔑むのが標準の貴族社会にあって、それをしない稀有な少年だ。
「明日は同じチームになれるといいね」
彼はそう言って握手を求めた。
別邸のメイドなどは、「呪いが伝染る」と俺に触れることをもっとも嫌っていたというのに、面白い。
そう、明日は団体演習試験である。
場所は皇都の外。城壁から少し離れた小さな森で行われる。
「⋯⋯野外ですか」
筆記試験より、次に起こすべき行動の思案に頭を切り替える。
試験には【断罪】の枢機卿サリナスが同行する。彼の神通力の程度はもう知れた。
野外──つまり学園・大聖堂の中のように障壁はない。
隙を見て捕らえ、拷問し、殺す。
エメリーヌの【教化】を借り、徹底的に情報を吐かせたい。【教化】のデメリットはほかの人間に「コイツ洗脳されてないか」とすぐ勘づかれてしまう点にある。
逆にいえば、殺してしまうのならどんな洗脳を施したって構わない。
いまだに遅々として情報が集まらない偽神カアウラスについて、知っていることを洗いざらい喋ってもらおうじゃないか。




