36:無才の剣技(前編)
そこは訓練場。
「はぁ⋯⋯ッ!!」
新入生たちは数列にわかれ、順番に的へ攻撃を叩きこんでいた。的は、人型の球形ゴーレム──学園の守護者である。破壊不能と言われる古代の遺物の首元には、ネックレスが大量に垂れ下がっている。あれは小規模障壁の魔法具。
何枚障壁を割ることができたかによって、「攻撃力」を計測するらしい。
「おぉ!!」「すげぇ⋯⋯」
いま《アルカンゲルム》の前で魔力を練り上げているのは、透きとおるような金髪のきらめく皇女だった。名はアリカ、とか言ったか。
屋外の訓練場。しかし学園を包む障壁により無風であるはずのそこに、嵐が吹き荒れていた。校舎の窓が鳴り、木々は揺れ、葉が散る。空気は流れ、渦を巻き、ある一点へと収束していく。中心には、皇女アリカの右腕があった。
大気すべてを巻きこむような⋯⋯風属性魔法。
「はぁッ!!」
皇女が右腕を振り下ろすと、突風が生徒たちの間を吹き抜けた。目を開けていられず、みな顔を伏せる。そして風が収まったときには、ネックレスが何本も光を失っていた。大地には風の刃が通り過ぎたことを証明する亀裂が深々と刻まれている。
「障壁、八枚破壊!! 最高記録です!!」
記録係の宣言に歓声があがる。
さすが、現時点で皇国一の魔力量を持っている皇族のひとりだ。
ところが、その記録はすぐに塗り替えられる。
「障壁、十枚破壊!! すばらしい!!」
訓練場全体が地響きに揺れる。ゲルトが放った、巨大な岩石魔法だった。微動だにしない《アルカンゲルム》の眼前ギリギリに、障壁へ深々と突き刺さった岩の大槍が静止していた。
自信と誇りにみちた笑みを浮かべ、手を振るゲルト。女子生徒の熱狂的な声援がはじけた。
「⋯⋯⋯⋯」
俺はゲルトではなく、訓練場を優雅に去っていく皇女アリカを目で追う。毅然とした佇まいは変わらないが⋯⋯表情は心なしか硬いように見える。彼女の魔力量はゲルトより多いはずだが、魔法を扱う才能の差で負けたのだ。胸中は複雑だろう。
⋯⋯と人のことを気にしてばかりではいられない。列はぐんぐん進んでいる。
俺は最後尾に並んでいた。
ゲルトの企みにより相当な注目を浴びながらも、せめてもと列ができあがるまで講堂で待ち、時間稼ぎをして、最後に列へ加わったのだ。
この検査が終わった者は午後の筆記試験まで自由時間。俺の番が回ってくるころには人も少なくなっている。そういう読みだったのだが──。
「おっと、行っちまうのか? 不正入学者の化けの皮がはがれる瞬間、見たくないか?」
ゲルトがベンチに座り、居残ったことでそれなりの人数が試験の野次馬をしていた。
最後尾に並んだことがむしろ裏目に出た。これではまるっきり、もっとも目立つ大トリ志願者だ。
「次、氏名を教えてください」
「スタニック・アレクサンドル・ド・エイリトニア」
俺の前に並んでいた金髪の男の番がやってきた。
スタニック⋯⋯第二皇子か。正直、学生には見えない体格をしている。二十歳と言われても信じられるほど頑健な肉体。本当に十五歳なのか疑わしいレベルだ。
「それでは、攻撃の方をお願いします」
「ちょっと待った」
記録係がうながすのを、皇子スタニックは手で止めた。
「ここに置いてある剣は、使っていいのかな」
「そ、それは魔力を持たない平民生に用意されたものですが⋯⋯」
槍、斧、弓、盾など多様な武器が並べられている。
「ダメなのかい?」
「い、いえ、とんでもございません。どうぞお使いください殿下」
記録係の生徒──生徒会の上級生と思われる──はぺこぺこと恐縮しながら剣を差し出した。訓練用のなまくらだ。
「よし」
スタニックは重い鉄剣の柄を両手で握り込んだ。生地越しにも、太い腕の筋肉が隆起しているのが分かる。
《アルカンゲルム》の正面、三歩の間合いに立つと、彼は短く息を吐き、剣を右上段へと跳ね上げた。
「いこうか」
呟きと共に、鉄塊が空気を切り裂いた。
耳障りな金属音が訓練場に響き渡る。
刃の潰れた鉄剣が、魔力の障壁に叩きつけられ、青白い火花を散らした。一枚目の障壁がガラスの砕けるような音を立てて霧散する。
スタニックの動きは止まらなかった。
初太刀の反動を利用し、独楽のように身体を旋回させる。遠心力を乗せた二撃目が、真横からゴーレムの胴体を捉えた。
また、火花が散る。
三撃、四撃。重厚な体躯からは想像もつかない速度で、連撃が繰り出されていく。
上下、左右、斜め。死角からの鋭い一閃。訓練用の剣が宙に銀色の軌跡を描くたび、障壁が次々と魔力の粒子へと変わっていく。
華麗な剣技。
「五、六枚目……!」
記録係の声がうわずった。
ゴーレムの周囲に展開された魔力の膜が、スタニックの剣撃に削り取られていく。八連撃目が終わる頃には、皇女アリカの記録である八枚の障壁がすべて消失していた。
だが、スタニックの呼吸は乱れていない。彼は剣を右腰へと引き、低く身構えた。
「これで、最後だ」
スタニックが両足を踏みしめた。訓練場の土が抉れ、砂塵が舞う。
鉄剣の表面に、陽炎のような揺らぎが生じた。次の瞬間、赤黒い炎が刃を包み込み、激しい熱波が周囲の空気を歪ませる。
「おお、付与型の炎魔法……!」
「平民用の剣に、無理やり魔力を流しこんでやがるぞ!」
スタニックが地を蹴った。
炎を纏った鉄剣が、巨大な半円を描いて薙ぎはらわれる。
爆発音が鼓膜を打った。
炎の刃が《アルカンゲルム》の残る障壁へと激突し、凄まじい閃光を放つ。炎と光の粒子が混ざり合い、訓練場を真っ赤に染め上げた。あまりの熱風に、野次馬の生徒たちが一斉に腕で顔を覆う。
⋯⋯とんでもないな。
やがて火炎が収まり、もうもうと立ち込める白煙が風に流されていく。
《アルカンゲルム》は黒い煤が舞う中に、依然として無傷でそこに立っていた。だが、その首元にぶら下がっていた魔法具のネックレスは半分以上までもが、無残に砕け散り、黒く炭化している。
静寂が支配する訓練場に、記録係の震える声が響いた。
「しょ、障壁、十、十一枚破壊……! 新記録です!!」
わああああっ! という、アリカやゲルトのときを遥かに上回る大歓声が爆発した。
スタニックは煤けた剣を台へと戻すと、額の汗を手の甲で拭った。
「ふぅ……重いな。訓練用の剣は、もう少し重心のバランスを考えた方がいい」
彼の実力は、騎士団の副大隊長にのぼりつめたアドルフに並ぶほどである、なんて噂を耳にしたことがあったが、真実だったようだ。
なぜ彼が学生をやっているのか、はなはだ疑問である。もう学園に通う必要ないだろコイツ。
「次⋯⋯いえ、最後の方、名前をどうぞ」




