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美少女の死体に受肉したけど、嫌われ者だったので正体隠して暗躍する  作者: 中上二等
学園編

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33/96

32:入学式

「私にはどうも、神なんて……無謬(むびゅう)の存在がいるとは思えない」

 

「殿下!!」


()(ごと)よ」


 アリカは窓の外、薄闇に包まれはじめた皇都の街並みに視線を投げた。豪華な刺繍(ししゅう)が施された袖が、石造りの窓枠に(こす)れてかすかな音を立てる。彼女の横顔には、年若き皇女には似つかわしくない、乾いた虚無感が張り付いていた。


「あまりに不信心(ふしんじん)な……問題発言です。《皇帝の天盾セレスティアル・ガード》しかいない場だからといって、万物を作り出し(たも)うたカアウラス神に対してなんたる不敬を!」


 近衛は皇女を気遣いながらも、しかし毅然(きぜん)と声を荒らげた。

 

不信心者(ふしんじんしゃ)を作り出したのは神の誤謬(ごびゅう)ではないの?」

 

「……(およ)びもつかない大いなる意志が存在しているのです。偉大なる御心(みこころ)卑小(ひしょう)な我々に()(はか)れるはずもない」


「そう。私を作り出したのも神のご意思ね。なら、神を否定する私という人間を認めてほしいものだわ。それとも、私はカアウラス神の被造物(ひぞうぶつ)ではないとでも?」


 白磁のカップ。その縁が細い指先になぞられる。熱を失いかけた液体の表面には、金髪の少女の冷めた瞳が揺れながら映り込んでいた。彼女は吐き出すような溜息でその水面を乱した。


「……カアウラス神は試しておられるのですよ。神のお造りになったアリカ殿下という人間が、真に信ずるべきものへたどり着けるかどうか」


「まるでお人形遊びね」


「殿下!! ⋯⋯アリカ・アレクサンドル・ド・エイリトニア第一皇女殿下!!!!」


 悲鳴のような叫びが、室内で鋭く弾けた。


「そのような⋯⋯そのような⋯⋯!」


 《天盾》の女の唇は固く結ばれ、主君への忠誠と教義への畏怖の間で激しく揺れ動いていた。


「……ごめんなさい。少しひとりにしてちょうだい」

 

 アリカは立ち上がって、部屋へ戻った。

 



 ベッドへ寝そべる。

 片腕を、額のうえにのせて天井を見つめた。


「力……圧倒的な力が、あれば──」


 こぼれ出た呟き。

 そのひとり言に答える者がいた。


「また兄を思い出しているのか」


「……年頃の乙女の寝室になんの用かしら。斬りとばすわよ」


 一瞬前には誰もいなかったはずの部屋に、背の高い少年が現れていた。

 無造作に跳ねた(こん)の髪が、血色の薄い肌と、眼下に深く刻まれた濃い(くま)を冷徹に際立たせている。そして彼は、小さな本を左手に開いていた。


「……通信を入れなかったのは悪かった。だが急ぎだったものでな」


「着替えでもしていたらどうするつもり? 本当に斬りとばされたいのかしら」


 少年は無視して、本を閉じた。


「顔色が悪いぞ。本当に大丈夫か?」


「あなたに顔色の心配をされるなんてね。今日は稽古(けいこ)をつけてもらってたのよ。それで……自分の不甲斐(ふがい)なさに少し落ち込んでただけ。それより、不法侵入者さん。肝心(かんじん)の用件は何?」


(ひめ)さんが落ち込む原因についてさ。魔物の群れが海岸沿いで暴れているらしい。『天使さま』がまた見られるかもな。来るか?」


「別に、『天使』と比較してどうこうってわけじゃ──」


「来ないのか?」


「行くわよ」


 アリカは起き上がると、少年の手をとった。


 緑の光が全身を包みこみ──ふたりは消える。


 光がおさまったころには、まるで最初から誰もいなかったかのように、皇城の寝室はもぬけの殻となっていた。


 


 □■□■□



「おい見ろよ、なんだあいつ。ヴェールなんかかぶって。平民のくせにお姫さま気取りか?」


「ん? あ、黒髪でヴェールって、あいつまさか……」


 人の波の間を、俺は縫うように歩く。

 談笑する少年少女たち。


 みな、年齢は十五歳。

 皇立学園の新入生である。講堂の中央には椅子が並べられ、そこへちらほらと人が座っている。彼らは貴族。


 俺が向かうのは壁際だ。

 中央の椅子よりも古く、背もたれのない四人用腰かけ。そこには黒髪の平民が固まって座っている。


「お隣、よろしいですか」


「え……あ、うん。いいけど……え、顔隠し(ヴェール)?」

 

 今日は皇立学園の入学式。

 俺は無事、エメリーヌからの推薦により入学を許可された。どうやら公爵家の妨害もあったらしいが、枢機卿の権力には力及ばず、推薦枠の拒否はかなわなかったようだ。


「定刻だ! 列を乱さず、着席しろ!」

 

 巨大な講堂に集められた新入生のざわめきは、壇上(だんじょう)に立った教師の声で徐々に収まった。


「ただいまより、エイリトニア皇国皇立学園の入学式を()り行う。まずは学園長からの――」


 式典は粛々と進んでいった。

 しばらく、退屈な話ばかりが続く。

 

「新入生代表、アリカ・アレクサンドル・ド・エイリトニアです。この度、学園への入学を許された新入生の代表として、この場に立たせていただきましたこと、(おそ)れ多くも、カアウラス神と、そして皆様に深く感謝申し上げます」


 俺はあくびを噛み殺しながら聞き流す。昨日も魔物退治で辺境(へんきょう)まで出張(でば)っていたため、寝ていないのだ。


 睡眠欲など簡単に抑えこめるし、実際眠らなくても人間としての活動になんら影響はない。肉体的に疲れたら、治癒をすればいい。だからまぁ問題はないのだが……ただ、身体が成長しづらくなるというデメリットがある。俺の容姿・背丈(せたけ)は、三年前からほとんど変わっていなかった。

 

 体格に関しては、健康的な食事をとり剣技の修練を積んだことで改善はしている。病人のようなほっそり体型幼女から、華奢(きゃしゃ)(はかな)げという形容(けいよう)の似合う少女くらいには。でもそれでも、背が低いのは不便だ。ラグナより頭ひとつふたつ分も視点が低い。


 前に座った生徒の体で、壇上が半分ほど(さえぎ)られていた。

 

 今話している少女は……確かこの国の第一皇女か。


 整然と編まれた(つや)やかな金髪の輝くその立ち姿は気品に満ち溢れている。見る者全てに「皇女」という冠が自然と脳裏に浮かぶほどの完璧な(たたず)まいだ。


「――そして、私たちはエイリトニア皇国の未来を(にな)う世代として、期待される責務(せきむ)の重さを胸に刻み――」


 話は長く、陳腐(ちんぷ)でつまらない内容だった。


「さて、最後に学園生徒会からの挨拶と、学園生活における注意点の案内があります」


 進行役の教師の言葉。

 いいぞ、早く終わってくれ。


  

「生徒会長のケーテ・ド・ホルンだ」


 壇上(だんじょう)に現れた少女の声は、瞬時に講堂の空気を掌握した。よく通る()んだ声だった。

 


「まずは、本校への入学を(しゅく)す。ここに(つど)った貴族諸君は、選ばれし者として、その誇りと責任を胸に学問と修練に邁進(まいしん)せよ。この学び舎は、単なる知識の殿堂(でんどう)ではない。未来を担う者の意志と実力を育む鍛錬(たんれん)の場である」


 彼女は肩にかかったブラウンの髪を振り払う。


「そして」


 ホルン生徒会長は壇上(だんじょう)の中央に立つと、指先を軽く天へ向けた。その瞬間、光の輪のようなものが空間に浮かび上がる。それは無数の幾何学(きかがく)模様が絡み合った複雑な魔法陣であり、空間に溶けこむように淡く輝いていた。


 天使の持つ神聖力には遠く及ばないが、相当洗練された光属性だ。


「本校および大聖堂を覆う障壁オルトゥム──この遺物は、ただ侵入を拒むだけの防壁ではない。建国時より受け継がれる古の叡智(えいち)であり、外敵(がいてき)を払う防御の(かなめ)である。その加護を得て、我々は平穏に学ぶことができる」


 彼女が手を振り下ろすと、壇上に何かが現れた。


「すげぇ」「あれが有名な……」


 貴族席の方からざわめきが起こる。


「次に、これは《アルカンゲルム》」


 人型の物体だった。

 曲線的な丸っこいフォルムで、胴体、腕、頭部がそれぞれ独立して浮かんでいる。脚はなく、宙に浮遊しているのだ。


 鋼鉄と魔力の織り成す巨体は、威圧的な存在感を放つ。胴体には光る文字が刻まれ、関節は精密な操り人形のように動いた。まぎれもなく、ゴーレムである。


「《アルカンゲルム》は障壁(しょうへき)内を巡回し、我々の安全を担保する番人である」


 ゴーレムは一歩前に進み出る。その動きはなめらかで、機械的でありながらもどこか生き物めいて見える。

 

「《アルカンゲルム》は、侵入者や規律違反者を容赦(ようしゃ)なく排除するよう設定されている。警告に従わぬ者は、相応(そうおう)の代償を支払う覚悟をせよ」


 ゴーレムが空中に、人造の片手をかかげた。

 瞬間、周囲に稲光(いなびかり)のような魔力が(ほとばし)り、その場の空気が焼けつく。


「おぉ⋯⋯雷属性だ」「あれが標準武装? 人に当たったら黒焦げだろ」


 新入生たちは(ささや)きあう。


 ブラウンの髪の少女は再び場を見渡し、言葉を締めくくった。


「諸君らがこの学園での規律を守り、()()()()()()誇りを持って、己の成長に精進することを切に願う」


 講堂の中央から拍手がわき起こった。

 彼女は礼をし、(だん)から退(しりぞ)く。


「それではこれにて、入学式を終了する。五日後、クラス分け試験を行う。その概要を各自でしっかり把握し──」


 生徒会長。

 彼女はついに一度も壁際……平民たちの座る席へ目線を向けることはなかった。


 貴族枠、推薦枠、そして唯一(ゆいいつ)入学試験の()される平民枠。学園の入学システムを聞いたときから、想像はついていた。


 身分差とは格差であり、格差は対立を生む。

 自然の摂理(せつり)だ。


 愉快(ゆかい)な学園生活を送ることになりそうである。

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