31:魔力量
「ん。その殺人、ちょっと待った」
肩で切りそろえられた銀髪、銀の瞳、左手にはめられた銀の腕輪が輝く。感情が欠片も読み取れない無表情の持ち主は、【教化】の枢機卿エメリーヌだ。
「なっ、なんだ貴様らは! ここをどこと心得る、公爵邸に許可なく押し入るなど──」
公爵は自身の近くに立った神官たちを怒鳴りつけるが、彼らの人相が悪いこと、そして目が虚ろで焦点の合わないことに気づく。
「む」
そして最後に姿を現した、銀髪の少女を視界に認める。
「貴さ……いえ、貴殿は──エメリーヌ猊下」
「ひさしぶり公爵。まず、剣を下ろして」
しぶしぶと肥った男は炎を消し、剣を鞘に戻した。
「どういうおつもりですかな。いくら猊下とはいえ、無作法が過ぎますぞ」
「応接間で待たせてもらってたけど、緊急事態だったから」
「ほう、緊急事態とは──」
「無礼は謝る。ごめんなさい」
「……緊急事態とはどういう──」
「これ、お詫びの品。紅茶の茶葉。おいしいから、あげる」
渡されるままに公爵は高級な台紙に包まれた小箱を受け取る。
「いったい何が緊急事態だったというのか、説明──」
「アルセナウス産のルミエール茶。エメリーヌのお気に入り。公爵も好きになるはず。飲んでくれたらうれしい」
「…………」
「……?」
ゲルトが面白そうに笑い声を漏らし、父に睨まれて顔をそらした。公爵はなんとも言えない表情で咳ばらいをした。
「…………。ごほん。緊急事態というのは、どういう意味ですかな? 納得のいく説明をお願いしたいものですな」
包みを少し焼け焦げた机へ置き、話を再開する。
「緊急事態っていうのは、つまりラシェルちゃんの危機」
「は? ……ラシェル『ちゃん』?」
そしてすぐに会話は滞る。
場の主導権は完全にエメリーヌの手にあった。
「ん、かわいい弟子の危機」
「はぁ…………はぁ?」
「エメリーヌはラシェルちゃんの後見人だから。枢機卿の権限で推薦した、弟子」
「推薦?」
何を言っているのかさっぱり分からないという顔で問い返す公爵。彼とは対照的に、ゲルトの方はすぐに勘づいた。
「……っ、おいおいおい、まさか推薦ってのは『推薦枠』のことじゃねぇだろうな……」
エメリーヌはこくんとうなずく。
「ん。ラシェルちゃんは皇立学園に入学する」
「はぁっ!?!?」
ゲルトは椅子を蹴って立ち上がった。
「バカげてる! 呪われた出来損ないを推薦だと? 何のために? 何の益があって?
いや、そもそも推薦理由はなんだ。魔法の使えない女を入学させてどうする? 男であれば皇帝の使い走りの道もあるだろうがよ、文官にでもするつもりか? それとも女家庭教師か、侍女か? 誰が雇うってんだよ。呪いの令嬢をよ」
「ラシェルちゃんは剣が上手。剣技で神官になりたいそう。神官魔法師や治癒専門の神官は無理でも、神官剣士にはなれる。大聖堂の警備とかする」
「……剣? こいつが?」
呆気にとられるゲルト。
「ん。それで今日、正式にラシェルちゃんは貴族じゃなくなったから、エメリーヌがもらってく」
「もらってく、って⋯⋯」
エメリーヌは優雅にお辞儀した。
「じゃ、ごきげんよう」
理解が追いつかないという表情で立ちつくすゲルト。
「どうぞこちらへ、ラシェルさま」
神官の男が手で出口を指し示した。
俺は彼らに連れられて、扉まで歩く。
「では、これにて失礼いたします。公爵閣下」
最後に振り返り、丁寧に挨拶をして、執務室を出た。
「なん……何が起こっている……何だこれは……」
呆然とする公爵。
「あ、ゲルトくん。学園ではラシェルちゃんと仲良くしてあげてね」
エメリーヌがもう一度顔を出し、それからパタンと扉は閉まった。
「⋯⋯」
「……閣下。それでは私も大聖堂へ戻ります」
状況を見守っていた騎士団員ジレンアも退室し、公爵、ゲルト、執事だけが残された。
「⋯⋯⋯⋯」
静まりかえる部屋。
「⋯⋯。執事……紅茶を淹れろ。ブランデーをたっぷり垂らした紅茶を、今すぐに」
「は、はい。ただいま」
先ほどまで娘もろとも殺そうとしていた相手だというのに、そんなことはさっぱり忘れて公爵は執事に酒を用意させた。
「親父、昼間っから⋯⋯」
「黙れ。エメリーヌ…………。あの小娘め。儂はどうも、あいつが苦手らしい」
□□□
皇都・貴族街。
皇城と大聖堂の間に挟まる、広大な邸宅の密集地帯である。そこを貫く整地された石畳の道を、三台の馬車が走っていた。二台の馬車には護衛役の神官と黒髪の少年が乗っており、真ん中の馬車には美しく若い少女が二人、揺られていた。
「ありがとうございます、エメリーヌさん。うまくいきましたね」
「ん、これで学園に通えるはず。これで一旦、お役御免かな」
「ええ。助かりました。また、何か情報をつかんだら教えてくださると嬉しいです」
「ん。そのかわり、教皇を倒すときは……」
「協力いたします。私とラグナの全力をもって」
「約束。破っちゃダメだよ」
少女は真剣に俺を見つめた。
「エメリーヌさま。到着しました」
馬車が止まると、神官服の男が馬車の戸を開けた。虚ろな瞳。顔に活力がない。
エメリーヌの操り人形、もとい部下である。
彼らは皇政に異を唱えたり、カアウラス神教を冒涜したりといった罪により、政治犯や思想犯、涜神犯として捕まった者たちだった。出生は貴族の者もいれば平民もいるが、わけへだてなく【教化】によってきわめて重度の思想矯正が施され、【教化】の枢機卿に仕えるため例外的に神官の身分を得ることで処刑を逃れている。
ただしその人数は多くない。【教化】による配下を無制限に増やせば、国家を転覆させるほどの脅威となりうるため、能力の行使を自粛しているのである。
【教化】は直接命令に従わせる洗脳ではなく、認識を改変する神通力。絶対服従させるほど思考の前提を書き換えれば、自我すらも歪んでしまう。
「足元にお気をつけください。エメリーヌさま。それからお客人」
感情の存在が疑われる、限りなく無表情な神官の男は手を差し伸べた。
「さ、降りて。エメリーヌのおうち」
表情に変化、喋り方に抑揚が乏しいという点では、エメリーヌも負けていないが。
二人で玄関まで歩く。
「ここにご家族は……」
「ん、いない。ひとりぼっち。親戚もいない、完ぺきに天涯孤独の身」
屋敷に上がりこむと、数人の使用人が礼をして出迎えた。邸宅の大きさに比して人数が少ない。そして全員、【教化】済の人間だった。
俺にとってはやりやすくていい。
「ここは第八お昼寝ルーム。お昼寝ルームはいっぱいあるから、ここをラシェルちゃんにあげる。ラグナは第九お昼寝ルームを使って」
階段を上がって、今後寝泊まりする部屋へ案内された。「お昼寝ルーム」とかいうふざけたネーミングの通り、部屋面積の半分を占拠する巨大なベッドが、日当たりのいい窓際に設置されている。
今までラシェルに割り当てられていた別邸の寝室の五倍は広い。家具も新しく、清潔である。
これまでが酷すぎたな。
ふざけた部屋が、魅力的に見える。天井の高さも十分なため、神聖力の屋内鍛錬もはかどりそうだ。
「ふたりとも、今日はゆっくり休んで。夕食は好きなときに彼らに声かけてくれれば、部屋へ運ばせるようにしとくから」
「何から何まで、ありがとうございます。エメリーヌさん」
俺と、神聖力で操られているラグナは一緒に頭を下げた。操作中の人形状態の肉体はどうしても無口になってしまうが、そこは小まめに意識を切り替えることで、現状は誤魔化している。
ラシェルからラグナへ視点を遷移させ、口を開く。
「なぁ、ついでと言ってはなんだが、皇都の地下へ続くという洞窟の入口に案内してもらえないか? 枢機卿が定例会議を開くという、秘匿された地底を確認しておきたい」
操作でラシェルを「あぁそうでした」という顔でうなずかせつつ、下方向を指さした。皇都の地下深くには、教会上層部しかその存在を知らない、迷路のごとく入り組んだ洞窟や地底湖が広がっているらしいのだ。
「残念、入口は大聖堂の奥にある。エメリーヌのお屋敷からは行けない。会議はいつも、お昼寝ルームから通信魔法具で参加してる。みんな忙しいから、だいたいみんな通信」
隣の第七お昼寝ルームへ移動すると、エメリーヌは布を取りはらって鏡台を見せてくれた。
本来なら光を反射し物体を映し出すはずの鏡面が、まるで黒いステンドグラスのように真っ暗である。
これが通信魔法具なのか。
青白い影みたいになって顔はよく見えなくなるけどね、と少女は補足した。
「あ。そうだ、ラシェルちゃん」
それから突然、エメリーヌは思い出したようにポンと握りこぶしで手のひらを打った。
「どうしました?」
また意識をラシェルに戻す。
「手、貸して」
そこへエメリーヌが手をぬっと伸ばした。
──── "【教化】"。
"一定時間手首で触れた者の認識を、自由に改変できる"。
俺はとっさにエメリーヌの手を服の袖ではたき落とし、避けた。
「……っ」
少女はビクッと肩を震わせて俺を見る。それからハッとしたように頭を下げた。
「…………あ。ごめん。嫌だよね。でもその、指、怪我してたから治してあげようと思って……」
指?
確かに、指には切り傷があり、赤い液体がこびりついていた。すっかり忘れていたが、血はすでに止まっている。
「魔力測定のとき、血液をとったときの傷ですね。これくらい、大丈夫です」
治癒を発動させる。
さっと乾いた血の塊をはらい落とすと、傷はきれいに消え失せていた。
「……光線だけじゃなくて、回復魔法まで一級。詠唱も必要としないなんて。ラシェルちゃんが『天使さま』だなんて、まだ信じられない気分。あ、ラグナも同じ力を使えるんだっけ」
少女は不思議そうに首をかたむけた。
「でも……それにしてもどうやって、魔力測定器を誤魔化したの。学園の保有する最新型魔法具だったはず。エメリーヌ以外にも、小細工を頼めるような協力者が?」
「協力者。いるにはいますが……」
数年前に手下として迎え入れることにした、とある黒づくめの男を思い出す。だが彼には今、冒険者登録をさせ、酒場などで市井の情報を集めてもらっている。
「小細工は弄していません。今の私には本当に魔力がありませんよ」
「……? でも、いま回復魔法を……」
「魔法ではない、とだけ。神通力かもしれませんね」
適当に誤魔化す。
「……なるほど」
タネ明かしすると、これこそ、俺がこの三年の間に神聖力の総量を大幅に増やせた理由である。
天使を受け入れる「器」は魔力量と相関がある。
俺はそんな予測を立てていた。村人やユノ、そしてラシェルの器を見たとき、その大小は魔力の差と同期しているように感じていたのだ。
下界の肉体……あるいは魂には、「器」というひとつの概念がある。魔力を蓄え、神聖力を蓄える。ふたつの役割を持った「器」。それぞれ、肉体に宿せる魔力と神聖力の最大値を規定するものだ。
つまり人間は、ひとりひとり器の容量が決まっていて、その身に宿せるエネルギーの量には限界がある。
ならば。
神聖力をより多く肉体に宿したかったら、どうすればいいか。
──魔力を捨ててみよう。
この試みは実際、うまくいった。
体外へ魔力を放出し、それが自然回復する前に神聖力貯蔵庫から神聖力を摂取する。魔力を捨て、そこを神聖力で埋める。
ラシェルは本当に魔法の才能がなく、魔法指南書を読みながら魔法を使おうとしてもうんともすんとも言わなかったため、気合と根性で魔力を直接、体外へ押し出した。
魔力という古い血を捨て、神聖力という新たな血を送りこむイメージ。
気の遠くなるような時間がかかったが、ついに俺はやり遂げた。ゲルトの魔力測定に間に合わせたのだ。あとは、研究目的だか何だか知らんが、謎に魔力を集めている教会勢力に「ラシェルの魔力、どうっすか」とエメリーヌ経由でこっそりそそのかすだけ。
測定するとあらビックリ、魔力なし!
貴族ではない!
勘当!
ラシェルの肉体のまま晴れて自由の身!
という流れである。
ラシェルは皇国一膨大な魔力を持った優良物件だ。
その魔力をすべて神聖力の貯蓄に置き換えることができた今、俺の力は皇都を数十個は更地にできるレベルにまで高まっている。
ちなみに同じ作業をラグナの身体でもやろうとしたが、そもそも魔力を持っていないので、魔力を捨てるもなにもなかった。
一応、村の墓の下から大蘇生させた際に莫大な力をそそぎこみ、ラグナはひょろひょろ孤児から平均的な青年くらいにまで身体が成長したのだが、その過程で多少は「器」が拡張されていた。だから降臨直後とは比にならない、多くの力を宿している。
とはいえそれでも、ラグナの宿す神聖力は現在、ラシェルの千分の一といったところである。完全に予備の外付け貯蔵庫だ。
まぁ「もうひとつの身体」というのがやはり期待以上に便利なため、そこは大して気にしていない。
「じゃあ、ラシェルちゃん、ラグナ。また明日。エメリーヌはそろそろ寝る」
「まだ陽も高いですが……」
「今日はお日さまがポカポカしてて眠い。寝ろ、寝ろと身体が囁いてる。至急、眠る必要がある」
「…………なるほど」
「じゃ、おやすみ……」
「あ、エメリーヌさん。最後にもうひとつよろしいですか。レントシュミット公爵家の別邸から、マリーとコレットというメイドが解雇されることでしょう。彼女らは信頼が置けます。ここで雇っていただくということは……」
「ん。そのくらいお安い御用」
部屋から出ていくエメリーヌだったが、途中で足を止める。
「ふたりとも、ちゃんと別々の部屋で寝るんだよ。特にラグナ……その……えと……なんでもない。おやすみ」
銀髪の少女はもごもごと何か言って、出ていった。
さて⋯⋯学園入学はもう目前である。




