26:閑話・ユノとの日々
それは雪が降りやみ、よく晴れたある日の午後。
大森林手前の小さな村での会話。
「ラグナエルって……あんまり孤児っぽくないよね」
「…………そうか?」
藪から棒に飛び出した、正鵠を射るセリフ。発言者はくすんだ色の金髪を持つ可憐な少女・ユノである。
「って言っても、ラグナエル以外の孤児を知らないんだけどさ」
眉を隠す一直線の前髪と、頬を縁どる左右の髪がおかしそうに揺れた。
ユノは「んーっ」と顎に指をそえる。
「なんだろ、語彙がオトナっぽいし、考えもなんか……テキパキしてるし、わたしがイタズラしても全然怒らないし」
「……そうか?」
得体のしれないガキだなテメェ、と思われていたと。
まぁ妙な視線は以前から向けられている気がしていた。
「そもそも! ラグナエルがうちに来て、結構経つじゃない? こうしてひとつ屋根の下、毎日顔を合わせているわけだけど……」
ユノはごほん、と咳ばらいをしてもったいをつけた動作で俺を指さした。
「わたしはいまいち、ラグナエルという男の子を把握しきれていません!」
「……そうか。……そうか?」
普通に会話はしているし、関係はそれなりに良好である。出会ってそろそろ一ヶ月。軽口を叩きあう友人程度にはなれている……という認識だ。
「だって自分のこと話してくれないんだもん! ここでの暮らしに対して文句ひとつ言わないし! もっと『これが好きだー』『あれは嫌いだ〜』って主張してくれていいんだよ?」
「あぁ……なるほど。いや、居候の身で文句なんて言うわけないだろ。ユノの温情で衣食住を与えてもらってるんだからな」
答えると、ユノは頬をふくらませた。
「むむ……! いつも理屈でのらりくらりと! だめだよ、わたしがラグナエルのことを知りたいって言ってるんだから」
パシンと手が打ち鳴らされる。
「ということで、ラグナエルの素を引き出すゲームをしよう!」
手を叩いて盛り上がる金髪の少女。
つられて俺も拍手する。
「引き出すも何も、これが素だが……」
「チッチッチ。わたし結構鋭い方なんだから。気づかれてないと思ってるかもしれないけど、『あ、今ちょっと取り繕ったな』とか分かるんだよ? これはまだ、私に遠慮している証拠です!」
俺のつけ焼き刃の演技に勘づいていたらしい。
まぁ、隕石で倒れていたところを介抱されたばかりの居候初期は、どうせすぐ追い出されると思っていたから、いろいろ雑だった。だいたいその場しのぎの即興で会話をしていたのである。
予想外に長居することになりそうだと分かったときには、生い立ちの設定どうしたっけ、以前自分はこれについてなんと話したっけ状態に陥っており、結構手遅れだった。
「そこで、ゲームをするの。ルールは簡単! わたしがラグナエルに質問します。ラグナエルは好きに答えます。わたしはその答えを、ラグナエルの本心かどうか予想します! 当たってたら、わたしの勝ち。外したらラグナエルの勝ちだよ。負けたほうは罰ゲームとして薪割りと水汲みの仕事を倍、しなくちゃいけないよ。どう?」
「当たってるかどうかは俺の自己申告ってことか。ユノに不利すぎないか?」
「そこはあなたの善の心に期待します! あはは、なんてね。薪割りがイヤだから嘘ついて勝ってやる……なんてしないでしょ、ラグナエルは」
まぁ少女の言うとおり、悪意や怠け心でそんなみみっちいことしようとは思わないが、必要に迫られれば平気で嘘をつくんだがな、俺は。
「それに、ぜんぶをさらけ出せって強制したいわけじゃないから。わたしを傷つけようと思って演技してるわけじゃないことくらい分かってるし……」
夕陽がせまい物置部屋を照らして、煤けた窓にこびりついていた雪を溶かした。水滴が静かに流れ落ちる。
「ということで質問、第一問! あなたの好きな色はなに?」
妙な間が空いたが、ユノは変わらない様子で声を弾ませた。
「色? 好きな色は……特にないな」
「本心!」
「あぁ、本心だ」
「やったー!」
ユノの勝利。ゲーム終了。
「では第二の質問! あなたの趣味は?」
と思ったがすぐさま第二試合が始まった。
「趣味……特にないな」
「ふーん。じゃあ質問を変えよう。やっていて楽しいなー、嫌いじゃないなーと思うことは?」
「……特段思いつくものはないな」
「ちっちゃなことでいいんだよ? 雲を眺めてアレはなんの形だろ……って考えるのが好きとか、壁のシミの数を数えるのが好き、とか」
なんともスローペースな趣味を挙げるユノ。
娯楽らしい娯楽のない村ではあるが、もっとほかに……何かあるだろう。……無いのか?
村人のわびしい私生活に思いを馳せながら、取りあえず回答する。
「俺はもっと有意義なことをしてる時間が好きかもな」
「あはは、ラグナエルらしいね。合理の塊みたいな答え……ほら、やっぱり孤児っぽくない。ひとりで生きてきて、そんな考えに行きつかないよ普通は」
もうまったくもって図星だ。だが言い訳は捻り出すものである。
「…………いや、孤児だからこその考えだ。食事を求めてさまよい、雨風をしのげる屋根を探す。間違った行動、意味のない無駄な行動をする者から死んでいく。それが孤児だ。合理的かどうかというのは、日々を生き残り、生き抜くためにはむしろ必須の思考の軸だな」
滔々と語る。
ユノはしゅん、と肩を落とし、合わせている人差し指を所在なげに弄んだ。
「あ……ご、ごめん! そうだよね、わたし、理解が足りてなかった。ぬくぬくと家の中で育ったくせに、偉そうに孤児について語るなんて、わたし……」
さきほどまで跳ねるようにお喋りしていた金髪が、今は元気なく垂れ下がっている。
彼女にとって、目の前の少年を「理解したい」という欲求は純粋な好意によるものだったのだろう。それが、図らずも相手の過酷な過去を抉り、土足で踏みにじるような形になったことに落ち込んでいるらしかった。
悪いことをしたか。
俺は小さく息を吐き、そっけない、いつも通りの声を出す。
「ゲームなんだろ。俺の本心かどうか、当ててくれ」
「…………ごめんね。もちろん、本心だよね」
「正解だ」
少女は自分の両頬をぺしぺしと叩いた。
いつもの快活さを取り戻した様子で、顔を上げる。
「うん、やった! これでわたしの二連勝だね」
やろうと思えば簡単にズルできるという点では俺が有利だが、俺が正直に答え、善意にしたがって正直に正誤判定する限りはユノに有利なゲームシステムなので、まぁそりゃそうである。
ユノは嬉しそうに床から立ち上がって、ベッドに身を投げた。そして横になったまま首をひねる。
「有意義なことをしてる時間が好き、かぁ……有意義って、具体的にどういうときなの? 薪割りしてるときとか?」
「……それは──」
薪割りは有意義ではない。正直指先から光線を出して切断した方が速いし、ただの非効率な労働である。
有意義といえば、神聖力の鍛錬だ。まぁ言える話ではないし、進捗もよろしくないが。
「そうだな、特には──」
「『特になし』はなしだよ。なにかあるから、有意義な時間が好きって答えたんでしょ?」
「…………」
それ以外で「有意義」となると……。
「強いて答えるなら、ユノと話す時間だな」
「え」
それくらいしか思いつかない。
現状、この世界に関する情報収集はほぼユノに頼りきりである。
カアウラス神教からこの世界の文化や常識、地理、国際情勢まで。知的好奇心旺盛な無知な孤児として、さまざまな情報を聞き出した。あの大天使ヘルゴエルが端折った前提知識のほとんどを、俺はユノから得ている。
鍛錬と同等……あるいはそれ以上に有意義な時間ではある。
「そっか。まぁお喋りは楽しいもんね。ってことで、はい! ゲーム終わり! わたしの二勝だよ!」
ユノは弾かれたようにベッドから身を起こした。
西日が差し込む窓から逃げるように床へ降り、自分の膝を叩いて埃を払う。
「⋯⋯⋯⋯」
オレンジ色の光が、狭い物置部屋の影をいっそう濃く引き伸ばしていた。ユノは俺と視線を合わせないまま、壁際に並んだ空の水桶や、隅に転がっている薪割りの道具へと足早に近づいていく。
「ユノ?」
薄暗い室内で彼女が動くたびに、浮遊する埃の粒子が光の帯の中でキラキラと乱反射した。彼女は手に取ったバケツの取っ手を無意味にカチャカチャと鳴らし、それからようやく、こちらを振り返った。
「ラグナエルさん、罰ゲームです。薪割りと水汲み、よろしくね。そのぶん、料理と雨漏りの補修はわたしがやっとくからさ」
転がっていた空の木桶を拾い上げると、半ば強引に俺の胸元へと押し付けてくる。
「あ、あぁ……いや、もう日が沈むんだが、今からか?」
「そう、今から!」
窓の向こうに目をやれば、大森林の稜線が深い藍色に溶けこみ始めている。空の端にはわずかに残光がこびりついているが、夜の帳が降りる一歩手前の、一日で最も気温が下がる時間帯だ。
「ほら、行っておい、で!」
ぐいぐいと背中を押して少年を物置から追い出したユノ。
扉が閉まる。
途端に静かになる物置部屋。聞こえるのは少女の鼓動の音だけ。
その耳の先は、真っ赤に染まっていた。
「取り繕ってるのはどっちなんだか……って感じだよね」
少女は呆れたように呟いて、顔を手のひらでパタパタと扇いだ。
次回よりいよいよ学園編です。
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