25:暗殺者(後編)
さて、突然の襲撃だ。
皇都のはるか上空で飛行の鍛錬をしたり、外套を着て街を出歩いたりとさまざまな経験を積みつつ帰宅した俺を待っていたのは、短刀をダミーの枕にぶっ刺すメイドだった。
狙いはラシェルで確定。
問題はその目的だが──。
尋問をする前に、メイドは殺されてしまった。いま目の前にいる、全身真っ黒な男にだ。
「上へ這いあがりたい。底辺の人間にゃ当たり前の願望だ」
黒装束の男は部屋へ足を踏み入れると、後ろ手に扉を閉めた。いかにも暗殺者然とした格好をしている。分かりやすくて助かるな。
「でもだからって、上をよく見ずに這いあがっちゃ危ないよなぁ。顔を上げたらあら残念! 絞首台の頂上さ」
男は弁の熱をそのままに両腕を広げた。
「頭の悪いメイドだぜ。テメェを殺して、本気で逃げおおせる気でいたんだから。ちょ〜っと考えれば公爵閣下が平民メイドの命なんてどうとも思っちゃいないことくらい分かりそうなモンなのにな」
「…………」
コイツ、やたらペラペラと喋る。
襲撃の黒幕が「公爵」であることを普通に暴露したぞ。皇国貴族には公爵家はいくつもあるが、素直に考えればラシェルの父、レントシュミット公のことだろう。
狂兄アドルフの殺意を見れば分かる通り、ラシェルは身内にとって最悪の疫病神。殺害にたる理由はたっぷりある。
ただ、いくら大量の人間に疎まれる嫌われ者といっても、ラシェルの身分は腐っても公爵令嬢である。それが殺害されたとあっては、公爵家の体面として落としどころが必要になる。誰かに責任をとらせ、なんらかの形で決着をつける。そのスケープゴートにあのメイドは選ばれたということか。
日頃からラシェルを蔑み嫌い、殺すことに抵抗がないメイド。駒としてもってこいの人材だ。報酬と逃走の手助けは当然嘘で、最初から彼が殺す予定だったと。殺人による興奮・錯乱状態の中罪の意識に苛まれ自殺、駆けつけた騎士により即処刑、どうとでも見せかけられるのだろう。
「ま、テメェにゃ何のことだかサッパリだろうがよ。社交界どころか家の外にも出たことないんだって? 憐れだな」
「よく喋りますね。叫んで人を呼びますよ?」
暗殺者はまだ扉の前に突っ立っている。相手を舐めているからこそ生まれる余裕。十二歳の病人に緊張する要素が見当たらないと言いたげだ。
「おう、やってみろ。声が出る前に喉へナイフがこんにちはだ」
そう言われるとやってみたくなる。
「……っ、だ──」
息を大きく吸ったと同時に俺の首元に衝撃が走る。
「れ」
血が噴き出す。
「か」
とどめに肩、胸、腹に続けて追撃。四本の投げナイフが生身へ突き立った。
「はい、終わり」
ラシェルの身体は後ろに傾き、ぱたりとベッドへ沈みこんだ。
「遺言くらいは聞いてやろうと思ったのに、もったいねぇことしたな。まっ、余命がちょい延びるか縮むかってだけのことだがよ」
失血の感覚。めった刺しである。殺意の高いことだ。
「うし、取りあえず回収だな」
男が近づいてくる気配。
投げナイフは引き抜いて持って帰るのだろう。短刀を握ったまま死んだメイドの犯行にするには必要な工程だ。
だが。
「────ぇ」
暗殺者の体は突然、宙に浮きあがった。
「え、は?」
そして横殴りの移動。目に見えぬレールでも敷かれているかのように男は水平に吹き飛ぶ。開け放たれた窓から外へ吸い出された。
下は庭園。地上三階の高さだ。
声も出せず、宙ぶらりんでジタバタする男だったが、この摩訶不思議な状況からどうにか抜け出そうと詠唱を試みる。
「《立──」
男の全身に過大な負荷がかかり、言葉になる前にそれはかき消えた。
「〜〜〜〜〜〜〜ッッ!?!?」
上昇していた。
天高く、星のまたたく冬空へ。
舞い上がるなどという生やさしいものではない。爆発するような推力におされ、男の肉体は加速度的な運動を強いられる。黒装束は地上から急速に遠ざかっていった。
「しまったな……シーツが血まみれだ。明日の朝、どうやって誤魔化すか……」
俺は平然と起き上がり、廊下に出てメイドの死体を結界で包んで静かに光線を撃ちこみ、蒸発させる。雑巾で凝固前の血だまりをふき取った。
「生理的現象って量じゃないし、燃やすしかないか」
シーツが一枚くらい消えたところで、誰も気に留めやしない。
それより、今は男の尋問だ。
目立たないよう暗灰色の外套を羽織ると窓枠に足をかけ、空中へ一歩踏み出す。ふわりとなめらかに飛翔する。
そして急上昇。風を切って夜空を駆け上がり、上空で待機している暗殺者のもとまでたどり着く。男は気絶してよだれを垂らしながら雲の上を漂っていた。
地上を歩いている通行人の頭にこれ以上汚い雨を降らせるわけにもいかないので、男の頬を張った。
「起きてください……いえ、起きろ」
「んぁ……え、うぉわぁああああッ!?!? ど、どこだここ!? そ、空!? 浮いてやがる?!?!」
存分に騒いでくれていい。どうせ下には聞こえない。
「お前の素性、所属する組織、依頼主と請け負った内容について教えろ」
「うるせぇ! お、おろせ!! どんな手品か知らねぇがこんな場所に連──」
「お望みのままに」
神聖力で男の身体を包みこんだまま、ふっと落下させてやる。男は絶叫しながら雲の波間に消えた。
しばらくして、男をまた上昇させる。
「ぁ……ぁ」
白目を剥いて、身体から液体をしたたらせて失神している。
……臭い。
液体は主に男の股間から漏れ出ていた。
「最悪な夜雨だな」
雨水をためて生活用水にしている住人の家へ降りそそがなかったことを祈りつつ、また叩き起こす。
「……はっ! クソ! 大したもんだ。こりゃ魔法具か、遺物のしわざか! とんでもねぇモン隠し持ってやがったな呪いの令嬢さんよ!」
「……お前の素性、所属する組織、依頼主と請け負った内容について教えろ」
「はっ! オレはプロだぜ。口を割ったら暗殺者の名折れぇええええええええええええぇぃぁああああああああああああああああああ」
再び男は下へ落ちていった。
そして三度、急上昇してくる。
「……」
顔をひっぱたく。
「あ…………ぁっ、て、め」
何か言う前にまた急降下。しばらく最高速度で天地を往復させておくとしよう。
人間を拷問しながら物体操作の鍛錬もできて、一石二鳥だな。
□□□
翌日の昼。本邸。
レントシュミット公は脂ぎった腹を震わせて怒鳴っていた。
「ふざけるな!」
グラスが床を跳ね、砕け散った。酒が絨毯に染みをつくる。
「メイドが前金だけ持って消えた? 何を言っとるんだ貴様は! 『一座一門』はどうした? 保険に金を積んで見張りをつけろと命じておいただろうが!!」
「は、その──」
言いよどむ部下の顔を見て、公爵は顔色を激烈に赤黒く変色させた。「まさか──」と声を低める。このような簡単な依頼が失敗するはずがない。不正な行為が行われたに違いないと感じとったのである。
「横領したか貴様! こすからい真似をしおって! 斬首だ! この手でその首斬り落としてくれるわ!」
公爵は手元に置いてあった長剣を手にとり、抜き放った。部下は血相を変えて地に手をついた。泡を食う勢いで必死に懇願する。
「ど、どうかお聞きください! 汚れ役にと『一座一門』を確かに雇いましたが、請け負ったその者と連絡が取れないのです!」
「はぁ? 言うに事欠いて、儂を謀るか! 次はなんだ、メイドとそいつが結託して駆け落ちしたのだとでも言うつもりか!」
「ご、誤解でございます! 理由は分かりませんが、昨晩は通信魔法具に呼びかけても悲鳴が聞こえるばかりで──」
弁明をさえぎるように、ノックの音が響いた。ふたりは振り返る。執務室へ入室を求める者がいた。
「……入れ」
「失礼いたします……!」
公爵の近衛騎士を両脇に従えて入ってきたのは、公爵手飼いの諜報部の人間であった。
「おそれながら、申し上げます。ただいま、《総局》が昨晩『一座一門』の本拠を検挙した旨を発表しました。各地区の集会所などで局員が生意気にも成果の喧伝を……」
「おぉ……!」
斬首されかけていた部下が嬉しそうに声を上げて、慌てて口をつぐんだ。結果的に任務失敗を招いた事態を喜ぶような形になってしまうことに気づいたからだ。
恐る恐る上司の顔色をうかがうが、公爵が彼に注意を向ける様子はなかった。状況は深刻だった。
「あの手練れの暗殺組織を、一晩で?」
「眉唾ですが、アジトの壊滅後に通報が入ったとか……拠点は大規模な攻撃によって半壊しておりまして、内部抗争や仲間割れがあったのではと」
貧民街の目撃者によると、光魔法の巨大な光線がいくつも降りそそいでいたとのことです、と諜報員は続けた。
「く……よりによってこのタイミングでか! 腹立たしい。皇帝の忠犬の分際で……!」
公爵の名のもと密かに雇った暗殺者やメイドが捕まったかどうかは、彼にとって大きな問題ではない。ラシェル暗殺の依頼について口を割ったところで、契約に証拠は一切残していないためだ。気になるのは「一座一門」の壊滅による、目論見に対する影響であった。
「……では、忌々しい小娘の暗殺は? 汚れ仕事を依頼できる者はいるのか?」
「皇都では『一座一門』が最大規模の組織でした。それ以外は今回の件で萎縮するでしょうし、仕事を受ける者がいるかどうか。なにより実力も信用も足りない木っ端の犯罪者ばかりですから……」
公爵は苛立たしげにため息をついて椅子へ座りこんだ。
家門の汚点は奇跡的に不慮の死を回避し、生きる猶予を与えられた。腹立たしいが、それが事の顛末であった。




