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美少女の死体に受肉したけど、嫌われ者だったので正体隠して暗躍する  作者: 中上二等
令嬢編

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25/57

24:暗殺者(前編)

 煌々(こうこう)ときらめく不夜(ふや)の街、皇都。市場に交易商人が(つど)い、酒場は繁盛(はんじょう)し、歓楽街がにぎわう。通年、昼夜を問わずまぶしいランプと照明魔法具の輝きが絶えることはない。


 治安はきわめて良い。

 騎士団と《特殊遺甲総局(いこうそうきょく)》。母体を()にするふたつの治安維持組織が日々警邏(けいら)を行い、通報が入れば駆けつける。


 どちらの組織も皇立学園を卒業した者たちで構成されるエリート集団である──が、実はその内情はまったく異なる。

 

 騎士団には、貴族の中でも才能にあふれ「民を守るための」高い武力を有する魔法師や魔法剣士が。


 《遺甲総局(いこうそうきょく)》には、体術や剣術に自信があるが学園へ平民枠で入学した魔力なしや、爵位(しゃくい)と魔力量の低い貴族が、それぞれ所属する傾向にあった。


 人員にそのような(かたよ)りがあるものだから、自然とふたつの組織は対立する。

 騎士団員は《遺甲総局》の軍人を「"遺甲(いこう)"の火力(だの)みの筋肉集団」と見下(みくだ)し、《総局》局員もそんな騎士団を「腐敗臭(ふはいしゅう)のするいけすかない連中」と毛嫌(けぎら)いしていた。


 騎士団は教会、《総局》は皇帝。それぞれを管轄(かんかつ)する上部組織の政治的対敵(たいてき)も、この相容(あいい)れない犬猿(けんえん)の仲に拍車(はくしゃ)をかけた。


 ところが皮肉なことに、この対立が皇都の治安を「大陸一の都市」と言わしめるほどに向上させたのだ。


 犯罪の検挙。現場に急行する速度。暴動や事件の鎮圧数。両者は競うように成果を誇示(こじ)した。どちらの警察組織がより優秀か──皇都の住民の間で酒の(さかな)として定番の話題となるほど二者は争い、犯罪そのものが激減したのである。


 世にも珍しい生産的(せいさんてき)な競争の結果、現在では人のあふれる大通りのみならず、寝静まった裏通りや平民街までも毎晩不規則なルートで、警備の網目が張り巡らされている。


 だがそれでも、反社会的悪を完全に断絶(だんぜつ)することはできない。強い光で照らせば照らすほど、小さな影も()さを増すものである。


 そのひとつが、()まれた金に応じて暗殺を()()う一党。冒険者くずれや食うに困った傭兵が集まってできた、暗殺者の「一座一門(いちざいちもん)」である。依頼主は大貴族から地方の豪商までさまざま。金次第で動くも動かないも自由。貧民街の廃屋にひそみ、アジトは頻繁に転々(てんてん)として実体を掴ませない。そんな組織が、皇都にはまだ存在していた。


「ちっ、また巡回が来やがった」


 そしてその夜。


 ある貴族から依頼を()()ったひとりの暗殺者が闇に(まぎ)れて貴族街へ侵入していた。


「《立溶潜隠(オンショーヨツリ)》」


 男の姿が外壁にすっと溶けこんだ一瞬後に、ランプの光がそこを照らし、通り過ぎた。


「異常なし」


 馬に乗り、背中に重厚な箱型武器──《魔撃銃(まげきじゅう)》を背負った《総局》の局員だった。定期の見回りである。


「ふん、節穴(ふしあな)が」


 得意げに毒づくと、暗殺者は外壁をのぼり、手早くバルコニーに飛び乗った。音を立てないよう、古びた窓枠から窓そのものを外し、するりと屋敷へ侵入する。

 そこは、レントシュミット公爵家が所有する由緒正(ゆいしょただ)しい別邸のひとつ。


「門兵はふたり、護衛の兵士・近衛(このえ)騎士はなし……くくっ、冷遇されてやがるねぇ」


 油の尽きたランプや古めかしい全身鎧などが飾られた廊下へ、慎重に顔を出す。


 人気(ひとけ)のない通路を男は静かに、しかし悠々(ゆうゆう)と進み始めた。



 □□□


 屋敷の中で柱時計の振り子だけが不寝(ねず)の番をしている、深夜。別邸の主たる令嬢ラシェル・ド・レントシュミットの私室の前で、ひとつの影が立ち止まる。


「…………」


 影はそわそわと周囲を見渡し、ドアノブに指をかけた。


 カチャリ、と音を立てて扉は開く。

 その音は月光の差しこむ廊下に存外大きく響いたため、影は一瞬ビクリと肩を震わせた。しかし、屋敷の誰かが不審に思ってやってくる様子はなく、部屋の主が起き出すような気配もなかったため、影はバカにしたように鼻を鳴らしたあと、寝室の中へすべりこんだ。


 室内は薄暗い。

 窓にカーテンはなく、新調されたガラスがきっちりと閉まっていた。


 ()()ぎだらけの天蓋(てんがい)の下にベッドがあり、シーツが丸まっている。


 ごくり、と唾を飲みこむ。


「……死ね」


 右手に握られた短刀が鈍い輝きを放った。

 左手を添え、両腕を可能な限り振り上げて、力いっぱい振りおろした。


 やわらかな感触。


 刃はベッドの中央にサクッと軽い音を立てて突き刺さる。白い羽毛が舞った。


「……ははっ。やった、殺した! これで(わたし)は──」


 口の端をつり上げて短刀を引き抜く影。(すそ)の長いスカートが揺れる。メイド服を着た若い女だった。


「──あれ?」


 しかしメイドは、短刀に違和感を覚えて静止する。刃を月明かりにすかした。


 ()れていない。血が付着していない。

 思えば、手応(てごた)えも少し妙だ。人を刺したのは初めてとはいえ、肉を貫く感覚はもっと重たいのではないか。


「まさか……」


 慌ててシーツをめくる。ベッドの中には枕が詰めこまれていた。まるで人が眠っていると見せかけるような偽装。標的の死体はない。


「……クソガキ! 用でも足しに行ってるっての!? やっと堂々と殺せるってときに限って、あんの()み子は」


 目的を達成した喜びから一転、再び心情は焦りに変わる。令嬢(ラシェル)が戻ってくることに(そな)えるため、メイドは急いで扉に駆け寄り、廊下の様子をうかがった。


 物音はない。

 だが、何か動くものがある気がする。


 壁際に人型の影が揺れているような──。



「──メイドさん? どうしたのですか?」


 背後から声がした。


「〜〜〜〜っ!?!?」


 かろうじて悲鳴をあげるのはこらえる。

 寿命が半分は縮んだかという一驚(いっきょう)。肝がでんぐり返っていた。

 

 声の主は少女だ。黒髪の、ヴェールをかぶった少女がベッドの真ん中に座っていた。廊下ではなく部屋の中に、令嬢はいたのだ。


 ベッドのすみにでもいて、見落としていた?

 確認したはずだ。はずだが、やはり気がつかなかったのだろう。思っている以上に自分は緊張していたようだ、と女は結論づけた。


「こんな真夜中に、なにか危急の連絡でもありましたか?」


 そんなメイドを見て、少女は不思議そうに首をかしげる。


「あ……ラシェルお嬢さま……えと」


 早鐘を打つ心臓を落ち着かせ、女は深呼吸した。

 殺してやる。次はしくじらない。さっさと始末して、報酬を受け取って豪遊するのだ。


 この少女は殺していい人間だ。社会の(うみ)と変わらない。周囲に不幸と呪いを振りまく害虫を処分するだけで、莫大な金が手にはいる。そういう契約だ。


「シーツを替えに、参りました」


「シーツ?」


 雑な口実。だがそれで十分。

 さりげなく近づいて、短刀を今度こそ突き刺してやる。グリグリと柄をひねって、痛めつけて……いや、叫ばれるとダメだ。先に喉をかき切った方がいい。

 そのあとヴェールをはいで、気持ちの悪い顔を拝んでやる。


「お休みのところ失礼します、すぐ終わりますから……」


 背中に回した右手で短刀を強く握りしめる。


「ふふっ」


 黒髪の令嬢が笑った。


 何がおかしいのやら。

 これから死ぬというのに、のんきなものだ。


 メイドは一歩二歩と距離を詰める。

 頬を風が()でた。


「……?」


 冷たい空気の流れ。メイドは咄嗟(とっさ)に振り返る。しかし扉は変わらず閉じたままだった。


「──シーツの交換だなんて。今まであなたが、わたしの陰口を言う以外にまともな仕事をしたことがありましたか?」


「……え」


 少女の黒髪が風にたなびいた。



 ()()()()()()()



 バカな。


 閉めきられていたはずのガラスを見つめて、メイドは思わず後ずさりした。


「な、なによ……気味が悪い……」


 暗闇に月光を反射して浮かび上がる、ラシェルの黒い目に射抜かれているような錯覚に陥る。


「⋯⋯ほんっとに、気味が⋯⋯悪い⋯⋯」


 恐怖。


「腰に隠している、その短刀で何をするつもりだったのですか?」


 相手は十二歳の子どもだ。

 長年病で床に()せっていた、華奢な少女だ。


 それにもかかわらず、一回り以上も歳が上のメイドが気圧(けお)されていた。


「公爵令嬢の傷害──たとえ未遂でも死刑は(まぬが)れません。死を覚悟してまで私を殺そうとした理由を、聞かせてもらえますか?」


 落ち着け。

 落ち着いて、殺そう──。


 ──ダメだ。⋯⋯殺せない。

 ラシェルは冷静だ。叫ばれる。殺す前に、大声を出されてしまう……。



「…………はぁ。鍛錬から戻ってきて早々に面倒ごととは。どうする。殺すか。塵も残さず蒸発させれば失踪扱いにできるだろうが」


 冷たい声音。わけの分からないことを呟いたヴェールの令嬢が、ゆっくりと片腕を上げた。


 ──逃げよう。


 すばやく判断した彼女は、少女に背を向けて走り出していた。


 死刑?

 死?


 私が捕まる?


 そんなはずはない。

 彼女の息の根を止めれば罪には問われない。うまいこと皇都の外に逃がしてやろう。公爵家の権力をもってすれば容易(たやす)い。公爵さまはそう保証してくださった。


「……っ。クソ!」


 扉を開けて、廊下へ飛び出す。


 でも、やはり不安だ。騎士団はともかく、《総局》にまで手が回るものだろうか。あれは皇帝陛下直属の独立した機関。よく考えたら、いち公爵にどうこうできるものでは──。


「うっ」


 急に胸へ痛みが走って、メイドは転倒した。



「何逃げてんだよ」


 男の声。

 壁際の影が人型に浮き出て、倒れた女の前にぬるりと実体化した。


「殺せてねぇじゃねぇか」


 目以外をすべて覆った黒装束。腰に差した暗器。暗殺者だ、とメイドは一目で悟る。


「土壇場で怖気づいたか? 素人に期待するもんじゃねぇな。結局やるのはオレか」


「あんた……なに……わたし、は……」


 女は胸に視線を移す。

 ナイフが深々とメイド服を貫通し、肌に()い留めていた。血がだくだくと流れ出ている。


「まぁいい、どうせ罪をかぶるのはテメェだ。そこで死んどけ」


 男はメイドを一瞥(いちべつ)し、黒髪の令嬢がベッドに座る部屋へ、足を踏み入れた。


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