22:頭痛(少女視点)
「ラグナエル……っ!!」
自分の声で目が覚めた。
「はぁ……はぁ……」
家だ。いつもの、わたしの部屋。
全身に汗をかいている。
わたしは息も整えぬまま、部屋を出て物置部屋の前に立った。扉を開ける。
「ラグナエル……」
ベッドは空っぽで、椅子は埃をかぶっている。この部屋に暮らす者はもう、誰もいない。
分かっているはずなのに、わたしは毎朝、物置部屋を訪れる。そうだ。わたしは信じているのだ。彼がまだこの世界にいると。彼が生きていると。
あの日あの瞬間。
天使のような少女が、村を囲む魔物を打ち払ったあのとき。わたしは確かに、彼女に彼を感じた。
「感知」した彼の命の息吹を、わたしは信じて──。
ドクン、と胸が疼いた。
「……?」
なぜわたしは飛び起きたんだっけ。
……夢を見たんだ。
ラグナエルが生きていて、墓の横に立っていた。少し成長していて、背も伸びて筋肉もついて、カッコよくなっていた気がする。
ほかにもたくさんの人影があって、彼らは何か話していた。いや、戦っていた。魔法が飛び交い、人影が踊りかかって、そして女の子が──。
断頭された。
「うっ……」
宙を飛ぶ頭部と、首の断面から血が尾を引く生々しい光景が思い出されて、わたしは胃からこみ上げてくるものをなんとかこらえた。
そうだ、わたしはそれで気を失ったのではなかったか。
「……おかしな夢」
ラグナエルに生きていてほしいがあまり、荒唐無稽な、そして自罰的なまでにグロテスクな夢を見た。
ドクン、とまた心臓が脈打った。
そう。
ラグナエルが生きている夢。
女の子の首がとんで、死んでしまう夢。
「……っ」
頭の奥に鈍い痛みが走った。
胸のうちに、知らない声が響く。
『ラグナエルは死んだ』
低い囁きは心へ染みわたるように反響した。
「……違う」
ラグナエルは生きている。
灼けるようなあの日の衝撃を思い出す。白髪の少女。彼女がラグナエルだ。
また、鈍痛が襲いくる。
『ラグナエルは死んだ』
「違う……違う、違う」
頭の中をぐちゃぐちゃにかき回されているみたいだ。正常な自分が遠くに行ってしまった。混乱の泥濘。考えがまとまらない。
少女が、ラグナエル?
あれ?
ラグナエルは、生きていた。わたしは昨晩、確かに彼を見た。あれは夢? 現実?
『ラグナエルは死んだ』
ではいつ死んだ?
昨晩彼は生きていたというのに。
『ラグナエルは死んだ』
──昨晩、死んだ。
ラグナエルは昨晩に死んだ。
「何か、おかしい……違う、これは」
『ラグナエルは死んだ』
──昨晩、死んだのはラグナエル。
ラグナエルの首が、とんだ……?
必死に考えようとするわたしの脳裏に、凄惨な光景がよみがえった。根源的な恐怖が胸中を支配する。
「おぇ、おぇええ」
わたしはたまらずに吐いた。
そうだ。
人影がラグナエルを魔法の剣や槍で貫いて、体をバラバラに切り裂いた。鮮血が噴き上がった。
首が、切って落とされた。わたしは彼の頭と目が合って、その瞳から光が消える瞬間を見た。彼の頭が草むらに転がるその瞬間を見た……。
脳を揺さぶるめまい。
「……痛っ」
倒れたわたしは、空のベッドに手をついた。
…………おかしい。そんなはずはない。
間違っている。
思い出せ。
わたしはこの手でラグナエルの死体を抱いた。
彼を抱いて、その凍えるような冷たさに絶望したではないか。家の裏、寒風吹きすさぶ路地に孤独に座りこむ少年。物言わぬ骸となったラグナエルを。この手で。
目の井戸が枯れて干からびるまで抱きしめて、背に雪が積もって、髪が凍って、それでも離れられなくて。
最後は村人のみんなに引きはがされて、泣きながら丘の上に穴を掘った。あのときの指の痛み。硬く氷の張った地面。擦りむいた手のひらの薄皮。すべてを鮮明に覚えている。
彼が昨晩死んだのなら、この記憶はなんだ。
『ラグナエルは死んだ』
そう、彼は死んだ。
わたしが枢機卿に会いに行き、帰ってきた冬の日に。
そして、眠れなかった昨晩。なんとはなしに墓へ、彼に会いに行った昨晩にも。
『ラグナエルは死んだ』
「ラグナエルは死んだ」
口に出して認めると、頭の痛みが引いた。
「二回、死んだ」
ゆだる頭に冷水をかけたように、思考が冴えはじめる。
「ラグナエルは一度生き返って、死んだ」
ありえない話だ。
現実とは思えない。
──天使みたいな白髪の少女に彼を感知したときも、そう思った。
あのときは理屈を感情で塗りつぶした。
頭のどこかで「少女がラグナエルなわけがない」と分かっていた。
ラグナエルが彼女に生まれ変わった?
転生?
異教の思想だ。そもそも時間の流れとして成立しない。少女もラグナエルもほぼ同年代なのだから。
生まれ変わりでないならなんだ。
なんで少女がラグナエルなんだ。
本当は、分かっていたのだ。
「感知」なんて勘違いで、気のせいかもしれない。都合のいい夢を見ている。彼へ向けていた感情が暴走して幻を作り出し現実から目をそらしている。心の冷えきったところでは、理性がそう主張していた。時間が経てば経つほど、そんな声はうるさくつきまとった。
それでも直感にすがるしかなかった。狂わなきゃやっていられない。正気でなんていられない。ラグナエルが死んだなんて信じられない。
でもなぜか、今はすんなり認められる。
「ラグナエルは生き返ることができる。死んで、死んでも、生き返るんだ」
心の底から、わたしはそう思った。
「じゃあ今も、彼は生きている」
ラグナエルは死んで、また生き返って、この世界のどこかに、いる。絵空事のようで、まったく疑う気持ちは湧いてこない。妙に腑に落ちた。
「あは……あはは……」
わたしは物置の窓を開けて、窓枠を飛び越えた。飲んだくれの父の眠る家から、駆け出した。
早朝の澄んだ空気が肺を満たす。
「あら今日も早いわね、ユノちゃん。ユノちゃん?」
一心不乱に走った。
目指す先は丘の上。
村を見下ろせる高台。
「おい、どうしたんだユノの嬢ちゃん……っておい! それ俺んちの……」
スコップを掴む。
魔物の襲来を防いでくれた柵をこじあけて、雪の残る草原へ飛び出す。よく目を凝らさなければ分からない、うっすらと残るたくさんの足跡を横目に丘の斜面を駆け上がった。
まぶしい朝焼けが輝いている。
葉をすっかり落とした一本の木の根元に、墓標が突き刺さっている。わたしは迷わず、それを引き抜いた。
「……っ!」
まるで一度、土をすべて入れ替えたかのように地面は柔らかかった。霜はおりているのに、この周辺だけ氷が張っていない。
無我夢中でスコップを手にとり、土をかき出し始める。
どれだけ掘っただろうか。
あの日の記憶よりはるかに深く、広く探しても、地中にそれは存在しなかった。確かめるように、現実を咀嚼して噛みしめるようにわたしはスコップを振るい続けた。
「あはは……! あはっ……あはは……!」
涙で朝日がぐにゃっと歪んだ。
掘り起こされた穴に、ラグナエルの死体はない。
なかったのだ。
「……わたしは間違ってなかった」
ラグナエルは死んだ。
そして生き返った。
少女の姿ではない。彼の、彼自身の姿でだ。
探さなきゃ。
もう一度彼に会うんだ。
ありがとうと言って、理想を語って。
そしてもう、二度と離さない。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
あと数話で学園編へ入ります。
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