19:増殖する老紳士
「あは、何これ⋯⋯夢? ラグナエル、なの?」
額を横切る一直線の前髪と、頬のラインで鋭く断たれた横髪が、背に流れるくすんだ金髪に鮮やかな段差を刻んでいる。美しい少女。
ユノだ。
「エメリーヌ君、早く【教化】を!」
と、呆けている場合じゃない。
銀髪の少女の方を止めなければ──。
「──なんてね」
老紳士の声が耳元で聞こえた。
「⋯⋯っ!?」
老人が俺の身体に抱きついていた。
老紳士と俺との間はそれなりに離れていた。とても一瞬で詰められる距離ではない。
まるで何もない虚空から、突然現れたような⋯⋯。
「《光大牢檻》!」
考えている間にも、密着してきた老紳士は詠唱を行い、魔法を発動させる。
「からの《毒房棺獄》!」
光の障壁と、毒々しい紫の木箱が具現化し、外界と空間を隔てる。一瞬の隙をつかれて、俺は拘束された。
「君みたいな戦略級兵器を相手取るのに洗脳一本じゃ手札が弱いよね」
「……」
「手札は多けりゃ多いほど強い、が信条でね」
「……弱い手札でも、ですか?」
閃光。
「ぬっ……!?」
そして爆発。
光が周囲を圧し、夜を切り裂いた。
残存神聖力を全投入して、抱きついていた老人もろとも拘束を吹き飛ばしたのだ。
「くぉおお……こりゃヤバい……。エメリーヌ君、【教化】はまだかね!?」
「……まだ。もうちょっと時間稼いで」
銀髪の少女と言葉を交わした老紳士は、楽しげに笑った。
「仕方ないね」
また、空中に老人が現れる。
今度は十や二十ではきかない……数十に達しようかという人の群れだ。同じ顔、同じ背丈、同じ服装の老紳士が頭上に大量に出現していた。
「……っ」
バラバラと降ってくる肉壁を、俺はなけなしの力でなぎ払う。光線が走り、老人の群れを蒸発させた。
「まだまだ行くよ〜?」
しかし燕尾服の老紳士は真横からも突進してきていた。彼らは各々、木の槍やら炎の剣やら、魔法で創出した武器を手にしている。
無数の刃が、俺の肉体を貫く。
白髪の少女から鮮血が噴き出た。
不可視の光でそれを治癒する。
不味いな。
この老人はおそらく【分霊】の神通力を持つ枢機卿。
無尽蔵に自身の分体を作り出せるらしい。
作った分体はそれぞれが自律した思考を持ち、魔法を行使できる。分体は近場であれば、自由な位置に何の前触れもなく出現させられる。判明しているのはこの程度。
対して俺は今エネルギー不足だ。
大部分の神聖力は「ラグナ」に宿らせたばかりで、ラシェルの器にはまだ力が回復していない。砲撃はおろか、結界による防御もおぼつかないほどである。
「ごめんね、痛いだろう。でも我々の仲間になったあとに治してあげるからね」
老紳士の数がさらに増え、さらに多くの魔法が俺を貫く。
かといって、いきなりラグナを遠隔で操作して戦闘させられるほど、俺はまだ人形操作に慣れちゃいない。
ならば、ここで取るべき選択肢は。
「ん? あれ?」
ラシェルは意識を内側に向け、身体から力を抜いた。
神聖力による常時回復を停止。患部から大量の血が噴き出す。
急にラシェルから力が抜けたことで、突き刺さっていたさまざまな属性の魔法の刃が、勢いあまって俺の肉体を引き裂く。
「え」
白髪の少女の首が夜空に舞った。
「…………ん!?」
手足や胴体も切り落とされる。華奢な肉塊となって少女は地に崩れ落ちていく。
「しまった、殺しちゃった?!」
少し焦ったような、意外そうな声をあげる老紳士。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!」
悲鳴が聞こえた。
空を舞う頭部から目を向けると、ユノが口を押さえて蒼白な顔色でこちらを見つめていた。そのまま少女はぐりんと白目を剥いて、卒倒した。
まぁ確かにショッキングな光景だろう。寝ていてくれるのならありがたい。
そのまま落下し、草むらに転がるラシェルの頭。
瞳から光が消え、少女の肉体は生命活動を停止した。同時に俺の視界も失われる。
「……こんなバラバラにしちゃったら、回復魔法でも蘇生は無理だよね。いやー、しくったなぁ。思ったより弱かった」
老人は銀髪の少女に手を振った。
「もういいよ。勧誘失敗だ」
老紳士は手にしていた酒瓶に口をつけ、一気に飲みほす。
「貴重な人材に、惜しいことをした……」
肩を落とす老紳士。【教化】の少女があげていた腕をおろし、構えをとく。そのときを見計らって。
────老紳士の背を光の柱が貫通した。
「……ぁ」
二十体ほどが高出力のエネルギーに巻き込まれて蒸発する。
「……何? まだ生きていた? まさか。確実に死んでいたはず──」
煙の晴れた先に彼が見たのは、白髪の淡く光る少女ではなかった。土まみれで、ぼろきれの服を身にまとう死人のような青年だ。
「誰だね君は」
元孤児のラグナである。
莫大な神聖力を注いだことで多少肉体が成長し、少年から青年へと変化している。そこへ俺は再び非実体の意識を移動させていた。
緊急避難にともなう受肉体の再乗り換えだ。
「今の攻撃、少女と同じタイプの──」
反応の暇は与えない。
小さめの光の砲弾を指先に込め、連射する。
それは残っていた老紳士を蜂の巣にした。老人は手足や頭のどこかしらに大穴があいて、倒れた。
同時にすべての【分霊】を殺す。それがコイツの攻略法である。
そう、思ったのだが……。
「お見事。まさか君も同じような力を持っていたとは、さすがに想定外だったよ」
老人は何もないところから平然とまた現れた。
ダメか。
コイツ不死なのか。
【永生】の枢機卿ベルクナーが不死身であるとは聞いているが、まさか同種の特性を持っている、とか⋯⋯。
いや。
ここではないどこかに真の本体がいる可能性もあるか。安全な場所にひそむ本体が生きている限り、分体は無制限に生み出され続ける。そんな可能性が。
「だとすると、この場で倒すのは不可能……?」
この場どころか、この世界のどこかに隠れている本体を見つけ出さない限り、殺害は非常に困難なのでは。
「君、いったん攻撃をやめて聞いてくれ。私からひとつ提案があるんだけどね。降参してくれないかい?」
老紳士がゆっくりと話す間にも、老紳士の分体はまた増え続けていた。一呼吸おきに数十人単位で数を増し、あっという間に丘の上を埋め尽くすほどの人数へ膨れ上がる。
「お仲間の末路、見ていただろう? 君も同じようにうっかり殺しちゃうかもしれない。困るだろう? 我々も困る。そこでどうだい、降伏してくれればお互い楽だと思わないかい?」
コイツを吹き飛ばし続けても──本体を叩かなければまったく無意味な可能性がある。無限に分身できて、すべての個体がずっと同じように魔法が使えるのだとしたら、神聖力が有限である俺が不利だ。
まぁ最終手段として、ラシェルのバラバラ死体を抱えて空を飛んでトンズラという手はある。万策尽きたら、逃げればいい。その点では余裕はあるのだが──。
「エメリーヌ君、悪いがもう一度【教化】を発動させてくれ。今度は彼を対象にしてほしい」
銀髪の少女。
【教化】の枢機卿。
神学書においては、「不信心な人の子を教え導き、カアウラス神の御心を説く」と説明される神通力の持ち主だ。
これまでの老紳士とのやりとりから、精神に干渉し相手を洗脳する類の能力と推測される。
発動には時間がかかるようだが、それだけに能力の底が知れない。逃亡し別邸へ帰ったあとに遠隔で「洗脳」が発動……ということもありうる。
無限に増える老人は放っておいて、少女だけこの場で殺していくか。
「エメリーヌ君? 何をしてる?」
だが、そう俺が方針を固めたとき、銀髪の枢機卿は思いもよらない行動に出た。
「早く【教化】を彼に……」
少女は突然腰から短剣を抜き、ひとりの老紳士の頭にそれを突き立てたのである。
「ん……その必要は、ない」
「な、にを、エメリーヌ君……」
少女は小さな、透き通るような声で呟いた。
「発動。【教化】対象、枢機卿ファルマン」




