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18:墓荒らし

 皇都東の大森林手前。

 そこにはさびれた村がある。


 墓のある丘の上へ降り立つ。今回は夜のお忍び散歩なため、空が曇っていると辺りは完全に真っ暗だ。


 発光する神聖力の照明を作り出し、俺の周囲を照らし出させる。


 あった。孤児「ラグナエル」の墓だ。


「よっ……と」


 地に手をつき、神聖力を土に行き渡らせてありったけ持ち上げる。草の根がメリメリと引きちぎられ、地面が墓標ごと宙に浮かぶ。


 目をこらすと、土砂の中に子供の死体が混じっていた。土まみれで判然としないが、腐敗はそこまで進んでいないようだ。土葬に感謝だな。寒い時期であることも味方してくれた。


 だらんと垂れ下がる四肢と青白く生気のない顔は、命の灯火がとうの昔に燃え尽きたことを物語っている。別邸のメイドがこの場にいれば「幽霊だ」と叫んで一目散に逃げ出しただろう。


 俺はそのまま浮遊物を操って死体だけ取り出し、土砂を元通りに収めて墓標を立て直した。少年を地面に横たえ、肉体に神聖力を流し込む。身体の内外にたかっていた虫が光に消し飛ばされ、また多少肉体の損傷が回復したように見えた。


「今ある神聖力の大半を消費すれば、いけそうですね」


 俺が触れた胸を起点に、少年の全身を聖なる波動が駆け抜けはじめる。全身のよどんだ血液は光に呑まれて再構成され、代わりに神聖力が体内を循環し始める。令嬢ラシェルの身体から爆発的に膨れ上がったエネルギーは可視光となり、夜闇を切り裂いた。


 神聖力が少年を再構築していく。

 いい感じだ。


 少年の発する光はまるで命の残滓のように思えたが、それは錯覚だ。これは蘇生ではなく肉体の再稼働にすぎない。心臓が脈打ち、肺が空気を入れ替えても、孤児の少年本来の意識は戻らない。


 腐敗と損傷の修繕、そして状態の保存。


 それだけが目的である。

 

「動け」


 先ほどまでとはうって変わってほのかにあたたかみを帯びた腕を掴み、命じる。

 すると硬直していた指先がピクリと反応を示す。(うつ)ろな瞳を俺の顔の上に彷徨わせ、少年の口がかすかに開閉するが、そこに彼の意思はない。


 ここ最近鎧を操作していた要領で、この「人形」を操る。彼はぎこちなく立ち上がった。


 ゆっくりと動作を確かめる。筋肉の連動を調整するには、さらに精密な制御が必要だ。


 少年の歩行を試みる。一歩目は足元もおぼつかず、素足が地面を擦る音がした。だが、二歩目三歩目と進むうちにだんだんと動きはなめらかになっていく。


 彼の体内を循環する神聖力が早くも安定してきた証拠だ。


「やはり、私が一時期とはいえ受肉していただけあって馴染みがいい。金属の鎧とは比較になりませんね」


 それに、再構築で少年の身体も成長したようだ。今の俺と同じくらいだった身長が、青年といって差し支えない程度には伸びている。生気の戻った顔つきは精悍(せいかん)と表現できるだろう。


「っと、これは想定外ですが⋯⋯貧弱な体よりマシですね」


 それに、俺の肉体(ラシェル)に蓄えられていた神聖力は現時点で底をついたが、代わりに少年には莫大な量の神聖力が宿っている。


 つまり、コイツは操り人形兼「神聖力貯蓄庫(タンク)」になってくれるということだ。この感覚からして、貯蓄できる神聖力の総量は倍近くになった。


「これもまた想定外ですね」


 俺は人形の肩に手を添える。


 コイツとはなんとなく長い付き合いになりそうだ。識別のための名があった方が便利だな。


「えーっと、ラグナエル……いや、ラシェルと合体させて……ラシェナエル……? シェルエナラ? グラナシェ?」


 だんだんと自分のネーミングセンスのほどを自覚し始める。


「ルエナグラ、ナグラルエ、シェルナグエ⋯⋯エグナエル?」


 無理にもじっても、行き着くのは絶望的な命名だ。


「⋯⋯⋯⋯、安直(あんちょく)に『ラグナ』でいきましょう」


 投げやりにそう決める。

 特に表舞台へ立たせる予定もないし、俺が心の中で呼ぶだけの名だ。分かればなんだっていい。


 そろそろ帰ろう。


 ────そう思ったときに、俺は気がつく。


 包囲されている。


 いつからだ。

 いつからコイツ⋯⋯コイツらはここにいた。


 俺は、無数の人影に囲まれていた。


「どうもこんばんは」


 取り囲む人影のうちのひとつが歩み出た。


「突然だけど、君は教皇派かな? 皇帝派かな?」


 スタイリッシュな燕尾服(えんびふく)に、ポケットから懐中時計が垂れ下がる。長めの白髪(しらが)を後ろでひとつに(たば)ねて、なぜか酒瓶を杖のように(つか)んでいる。六十代から七十代後半の紳士だ。


「黙ったままじゃ分からないよ。答えてほしいんだけど⋯⋯あ。分かった。どちらでもない? 他国の第三勢力って可能性もあったね。だとしたらこちらの質問に不備があった。すまないね」


 ペラペラと喋る老人を観察していると、不気味なことが分かる。喋っている老人の隣の老人。その隣の老人。そのまた隣の老人も。


 ⋯⋯全員同じ顔だ。


 ⋯⋯薄気味悪(うすきみわる)い。生理的嫌悪のかきたてられる光景である。


「ま、教皇派じゃなくても落ち込む必要はない。【教化(きょうか)】を呼んでるんだ。すぐ我々の仲間になりたくなる」


 老紳士の背後から、銀髪の少女が控えめに姿を現した。


 ⋯⋯【教化(きょうか)】?


 まさか枢機卿の【教化】か⋯⋯!


 ということはこの老紳士もカアウラス神教会の枢機卿の可能性がある。


 予想外に早い遭遇だ。いつか接触してくるだろうとは思っていたが⋯⋯。


 相手の力は未知数。何の情報もない。


 何かされる前に、全て吹き飛ばすか。


「じゃ、エメリーヌ君、頼むよ。無駄な戦闘は避けたいから、チャチャッとやっちゃってくれ。あ、隣の小汚い乞食みたいな男は【教化】しなくていいよ」


 老紳士に急かされて銀髪の少女が手を前へ突き出し、俺に向ける。


 危険だ。


 殺す。


 手の平へ瞬時に神聖力を集める。さっき「ラグナ」の復活のために使い果たしたばかりで心もとないが、だからといって出し惜しみはしない──。


「⋯⋯ラグ、ナエル?」


 そんな俺の思考を、別の声が中断させた。


 丘の上に、俺とラグナと老紳士(の群れ)と銀髪の少女以外の人物が、姿を現した。


「あは、何これ⋯⋯夢? ラグナエル、なの?」


 月を隠していた雲が流れて、光が地上を照らす。


 まさか。

 これも想定していなかったわけじゃないが、深夜だ。まぁ鉢合わせることはないだろうと。


 そう思っていたんだが。



 どうやら今晩は大勢(おおぜい)と密会しなければならない夜らしい。

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