15:天使(少女視点)
突然の、救い。
突然現れたその人物は、神のごとき光の雨を降らせて、あっという間にすべての魔物を更地の塵に変えてしまった。
奇跡を起こした張本人は、ゆっくりと村へ降りてきた。
「助けていただき、感謝します」
局長さんが代表して、少女に声をかけた。
そう、驚いたことにその子はまだ幼い少女だったのだ。わたしと同い年くらいの、浮世離れした姿の女の子。
まるで天使のようだった。
髪は長く白いし、体が薄く光っていて神秘的だし、顔立ちもすごく綺麗だ。
「お怪我をなさった方はいらっしゃいますか?」
少女は局長さんと握手をしたあと、そう問うた。
局長さん以外の軍人たちは銃口こそ向けないが、その女の子をかなり警戒していた。誰も名乗り出ないのを見て、少女は微笑み、軽く手をあげた。
「ではみなさんに──治癒を」
「……?」
回復魔法をかけるのかと思ったが、彼女は何も詠唱する素振りはない。だというのに……突然に、傷が治った。
わたし自身のかすり傷も、軍人の重傷も分け隔てなく同じ一瞬で治ったのだ。
《総局》の軍人が到着する前、村人たちで防柵の向こうにひしめく魔物に向かって石を投げたり、棒でつついて押し返したりしていたとき、わたしは怪我人の回復に走り回り、そのときに魔力を使い果たしてしまっていた。
それでも、分かる。
これは魔法ではない⋯⋯。
──とまで感じさせるほどの圧倒的技量による回復魔法だ。
わたしの目指す先、理想の先に彼女はいる──。
「うぅ」
思わずくらりとした。
この数の人間をいっせいに治すほどの魔力。それを可能にする魔法の才。そしてその領域に至るまで積み重ねられたであろう努力。
わたしと同じくらいの女の子が、すでにわたしより多くの血と汗を捧げて、はるか高みにいるのだ。
お話、してみたいな……。
「あの……すみません」
わたしは勇気を出して、彼女の細い背中に声をかけた。
今思えばそれが大きな……本当に大きな分岐点であった。
「はい、どうされました?」
少女が振り返り、近づいたとき──。
わたしの脳が灼けた。
「ぅえっ?」
ぱちぱちと電流が走ったかのようだった。
熱した金属を脳裏に押しつけたような衝撃があった。
理由も分からず、ただ直感だけでわたしは立ち尽くした。
これは無視しちゃいけない感覚だ。逃しちゃいけない――無視すれば一生後悔する感覚だ。そんな声が頭にささやいた。
そう。
それはあるものを強烈に想起させていた。
わたしがずっと求めていたもの。
わたしがずっと取り返したかったもの。
わたしがずっと想っていたもの。
この身と引き換えにしてでも救いたかったもの。
忘れられない、忘れたくない記憶の中にあるもの。
それが今、どうして今この瞬間に、刺激される。
ベルクナー猊下の言葉が頭の中をリフレインする。
『感知に長けているようだな』
あぁそうなのだろうか。そんなことがあるのだろうか。
視界が虹色に輝き出し、世界に音と色彩がよみがえったような感覚だった。
突拍子もない――それ以上にありえない話ではないか。
この娘の年齢を考えればありえないことだ。
だというのになぜわたしは確信している。
「あの、大丈夫ですか?」
「あ…………あはは。大丈夫ですよ、救世主さま」
「──つらく苦しい体験だったでしょう。まずはゆっくり休んでください。きっと疲れているはずです──」
やさしく話しかけてくれる少女を、わたしは局長さんと村人に断ってから連れ出した。いろいろお喋りをした。
その中で、やはりさっきの感覚は確信の量を増すように強くなっていく。
間のとり方。
言葉選び。
呼吸の仕方。
──似ている。
垣間見える思考の手順。
物事のとらえ方。
前向きでひたむきな姿勢。
──似ている。
あぁ──ぁあああああ…………。
わたしはついにおかしくなってしまったのだろうか。
彼女が彼であるかもしれない、だなんて。
彼女は墓に祈ったあと、すぐ飛んで空へ消えてしまった。名前も教えてはくれなかった。
でもわたしは知らなければならない。知りたい。
知る必要がある。
彼女は雲の上まで飛んでから、帰っていったようだった。それでもわたしはぎりぎり彼女の飛ぶ方を地上から「感知」することができた。皇都だ。彼女は皇都の方へ帰っていった。
「ねぇ、ラグナエル。…………あなたはそこにいるの?」
理屈じゃない。
理屈なんて信じちゃダメだ。
だって彼の遺体はこの墓の下に埋まっている。
わたしがこの手で埋めたのだ。
狂わなくちゃ。
狂っていなくちゃ。
こんな、バカみたいな希望。
消えてしまったはずの炎が吹き返した息。
幸せな夢を見ていられるのなら、わたしは狂ったままでいい。
わたしは自分の才能にまだ疎い。
猊下はわたしを見出してくれたが、なにぶんまだ一度しか指導を受けていない。
「ラグナエル……わたしはあなたを、探し出してみせるよ。この世界から。あはは。バカみたいだけど、なんだか……ロマンチックだね」
──濁っていた少女の瞳が、熱を帯びはじめていた。




