13:魔物と軍人
雪原を一団が馬で駆けていた。
みな屈強な体格の巨漢である。
かっちりとした軍服を着込み、背中に箱を背負っている。
その隊列の後方で、男女が会話していた。
「局長、馬乗れたんですね」
「しがみついてるだけさ。そのうち振り落とされそうだ」
ヒョロっとした冴えない男と、若い女。
「局長」と呼ばれた赤髪の男は、アルバン。
そう呼んだクリーム色の髪の女は、メルキという。
両名、《特殊遺甲総局》のトップであり、《総局》の意思決定と兵站を担う文官である。
「しかし、やはり騎士団の初動は鈍いですね。皇都以外の街にも常駐しているはずなのに⋯⋯普段私たちをバカにするわりに、非常時には役に立たないとかムカつきます」
「ムカついてもケンカは売らないでおくれよ」
「大丈夫です。局長は弱いですが、私は強いです。局長がタコ殴りにされている間に私は逃げられますが、局長は足が遅いので逃げられません」
「メルキ補佐官……」
アルバンは眠そうな目を見開いて言った。
「返す言葉もなくそのとおりだ」
うんうんと頷く三十代の上司に、メルキは憐れなものを見る目を向ける。
「魔法の訓練くらいしてください。それでよく学園を卒業できましたね」
「風魔法なら得意さ。ほら、そよ風を起こせる」
「……。局長もムキムキになって、局員たちのようにアレを背負うしかなさそうですね」
軽口を叩きあっていた彼らだが、そのとき列の先頭からよく通る声が響いた。
「現在残っている村の中で最前と思われる村を発見! ここを拠点として魔物を迎え撃つ!」
大男たちが一斉に、応と返事をする。
見れば、すでにその村は魔物に囲まれ始めていた。
地を這う巨大カエル、闇がうごめくような不定形の頭をした二足歩行犬、足の生えた木、筋骨隆々の人面ウサギ。
それらを蹴散らしながら村へ駆け込む。
何十騎もの兵士がやってきたのを見て、歓声が上がった。
「ぉおお軍隊だ軍隊が間に合った! 俺たち助かるぞ!」
避難に遅れていた村人たちだ。
ほとんどが男だが、少女もいる。
彼らは指を組んで祈り、神に感謝を示していた。
「よし。もう大丈夫です。我々は《遺甲総局》。皇国の公的機関です。みなさんの安全を保証します」
アルバンは気持ち背筋を伸ばして言った。
だがそれでも少し猫背であった。
□□□
こぶしほどの大きさの岩。
画一的に切り出された質量が、弾丸となって飛ぶ。
それはまっすぐ最初の魔物に突き刺さり、軌道を変えることなく貫通してその背後の魔物まで次々と破砕する。
それが三十、四十と村の外周から等間隔に射出され、柵の向こうの魔物を殺していく。撃っているのは《総局》の局員である。
彼らは背中にそなえていた平型の大きな箱を構えて、斉射していた。「魔撃銃」と呼ばれるソレは大人の背丈の半分ほどの長さがあり、反動も凄まじい。
「現代では修復・再生産が不可能な古代の魔法具」と定義される「遺物」の数々である。そんな魔撃銃を局員は身体をブレさせることなく連射する。
「火炎班、南側に回れ! デカいのが壁を越えようとしている!」
「了解」
真っ黒の全身鎧の魔物だった。二階建て家屋くらいはあろうかという身長と抱えた大剣が特徴で、目の部分に紫の炎が灯っている。
「放射」
ゴオッという炎の吹き出す音ともに、別タイプの魔撃銃から超高温の火属性魔法が噴き出す。鎧の魔物周辺すべてを包みこんだ。
ほかの魔物は即座に燃焼し、炭化して魔力の粒になって消えていくが、鎧は炎の波に耐えた。
鎧の目がにぃっと嘲笑うように細められる。
しかしすぐにそこへ大きめの弾丸が撃ち込まれた。岩の塊が目に突き刺さる。鎧がうっとおしげに引き抜こうとすると、次の瞬間それは爆発し、魔物の頭を吹き飛ばした。
「排除成功」
鎧はギギギと悔しそうな声を上げながら倒れた。
「火炎班、次は東に回れ」
「了解、移動する」
指示を出す実働部隊の隊長の横で、《特殊遺甲総局》局長アルバンは戦況を好ましげに見つめていた。
ぐるっと村を囲むように局員を配置しなければならない都合上、火力を集中させられないのは惜しいが、この村が比較的小さかったのが幸いだった。
魔物に襲われる直前まで、村人たちが防柵や土塁を補強していたというのも状況を優位にしていた。
魔物の数はどんどん減っていっている。
「このまま殲滅しきったら、掃討戦かな」
「えぇ。それか、一晩程度は様子を見て、残党を警戒しつつ村を守り、冒険者か騎士団の到着を待つのがよいかもしれません、アルバン局長」
部隊長は注意深げに周囲を観察しながら答えた。
「私が戦闘に加わるまでもなく片づきそうですね」
メルキ局長補佐は平然とした表情で言い、アルバンは苦笑した。
「それが一番だよ。余裕を残して完勝、結構なことじゃないか」
そんな言葉を発した直後だった。
悲鳴のような叫び声が届いた。
「隊長! 至急応援を! 第二波です! 新たな魔物の群れが――」
三人は顔を見合わせた。
「火炎班、雷電班、北へ回れ」
指示を飛ばす部隊長に、メルキ局長補佐も腕まくりをした。
「私も行きます。これでも学生時代は優等生だったんです。私の水魔法が火を噴きますよ」
だが――――。
「こちら南西! 数が増えた、応援求む!」
「こちら東! 火炎班が欲しい! 押し切られそうだ!」
好転していた戦況は悪化を始めたらしかった。
「不味い、急に処理が追いつかなく⋯⋯」
魔撃銃のエネルギーも無制限ではない。高火力の魔法を雨あられのようにばらまき続けるため、戦闘の長期化は致命的である。
それに加えて──。
「メルキ補佐官。アレを……見てくれ」
局長はぼさぼさの赤髪をかき回しながら、ある一方向を指さした。大地を揺らすような地響きと、もうもうと立ちのぼる砂煙がこちらへ近づいてくるのが遠目に見てとれる。
「……ムカつく騎士団でしょうか。やっと来たんですか」
「騎士団だとしたら、とんでもない方向音痴だよ。大森林の方向からやってくるなんてね」
視界を埋め尽くすような魔物の群れであった。
一目で分かるほど明らかな、絶望的な戦力差。
「村人に馬を与えて、先に逃がしておくべきだったか……」
アルバンは後悔したように天を仰ぐ。
あまりに急に移り変わった事態の前には、結果論すらむなしい。
――――きらり。
だがアルバンは、その見上げた昼の空に、何か光る小さなものを見た。
「⋯⋯?」
目をこらす。
なにか白くヒラヒラしたものが、飛んでいた。




