12:魔物
「鐘を鳴らせ。⋯⋯鐘を鳴らすんだ。早く!!」
皇都より東。
無数の大樹が雲の高さまでそびえ、自然の圧迫感が人類の侵入を拒む人跡未踏の地、大森林。そこには人類共通の脅威・「魔物」が多く生息している。
「カンカンうるせぇなぁ。誤報か? 乗合馬車が来るのは明日だろ」
「アホかお前、普段馬車ごときで鐘なんて鳴らしてねぇだろうが。子どもが紐引っ張って遊んでんだろ」
体の全てが魔力で構成されたバケモノ。
ヤツらは魔力を食らうことで分裂し、数を増やす。分裂の際には頻繁に変異を起こすため、魔物は既存の生命体の姿とは比べものにならないほど多種多様な進化を遂げている。
「魔物だ! 魔物の群れが出た!」
「え、は!? 魔物!?」
「てめぇらなにボーッと突っ立ってんだ! もう手前の村は呑みこまれる寸前らしい、ここに到達するのも時間の問題だぞ!」
大森林の端に沿うように作られた村はいくつもある。大森林付近の資源は高く売れるため、魅力的なのだ。
だが福は禍の伏するところ。利益の裏には大きな脅威が眠っていた。起こりうることはいつか必ず起こる。
「おい、遠くにデカい土煙が見えないか? まさかあれ⋯⋯」
この年。
前例のない規模の魔物の群れが、森から姿を現していた。
「なにしてんだいユノちゃん、ほら、早く乗って!」
そのときになってようやく、人々は過去の利益の代償を支払う日がきたのだと知る。
「わたしは最後でいい。みんなが先に乗って」
「こんなときに何言って⋯⋯」
「揉める時間なんてねぇ、人が増えりゃ速度も落ちるんだ、このまま出発しろ!」
その村唯一の馬車は女子どもを乗せて走り出した。ここは比較的森から距離があるため、他よりは恵まれているが、それでも危険から逃れることはできないだろう。
「魔物がここまで来る前に、戻ってくりゃいいが⋯⋯」
「あんなちっこい馬車じゃ、全員避難できるまで何往復かかるか分からんぜ。近くの都市まで早馬が行ってるはずだ。冒険職か国さんの助けが間に合うことを祈ろう」
馬車への搭乗を拒否した少女──ユノは黙ってその場を離れた。
村の外周へ歩くと、なけなしの防柵を棒や板で補強している男たちがいる。ユノはその集団に加わった。
「ユノの嬢ちゃん!? 逃げなかったのかい?!」
「あはは⋯⋯ごめんなさい。⋯⋯わたしは、みんなを助けたいから」
理想の芯は変わらず折れていない。
しかし、どこか空虚な言葉だった。
「ラグナエル⋯⋯⋯⋯」
少女はうわごとのように呟いた。
□□□
「ふぅ〜〜〜〜〜〜⋯⋯⋯⋯」
あれから別邸中の本という本を漁り、神通力について調べた。
まぁラシェル監禁ハウスとなる前の公爵家一族が持ち込んで放置した、保存状態劣悪のボロ本しかないんだが。ただどの書物でも書いてあることは同じだった。
神通力とは!
曰く、カアウラス神が人間に与えた守護の力であり、絶対の力。
うーむ胡散臭い。
なにが胡散臭いって、どの書物でも一言一句たがわずこの説明なのだ。あきらかに教会の検閲に屈している。
それぞれの枢機卿の説明も簡潔だ。
たとえば【征圧】は個人ではありえない出力の魔法を無尽蔵に操り、国ひとつを指先で焦土に変える。
【教化】は不信心な人の子を教え導き、カアウラス神の御心を説く。
枢機卿ひとりひとりが、このような独立した、かなり別々の能力を持っているらしい。ずいぶんと分業の進んだ役職なことだ。
もし神通力が本物だとしたら、カアウラス神教の「すごさ」を分かりやすく宣伝するいい材料である。というか【征圧】がしれっと戦略兵器である。個人で国ひとつ落とせるならもう何も怖くないだろう。
だがそもそものところを考えると、これもやはり胡散臭い。
偽神が他人に能力を「与える」というのがまずよく分からんし、枢機卿が代替わりするたびに、その神通力が世襲されるという仕組みもよく分からん。
【永生】の枢機卿は不死のため、建国時から生き続けており、数百年間代替わりしていないとかいうとんでもエピソードも、なお分からん。
分からん、分からん、分からん。
分からんづくしだ。
「はぁ⋯⋯分かりませんね⋯⋯」
可憐にヴェールへ手を当ててみるが、分からんものは分からん。情報収集はここまでにして、今日のところは鍛錬に《《行く》》か。
そう。一昨日、いろいろなものを破壊しにきてくれやがった狂兄アドルフが帰ったあと俺は具体的な今後の方策をいくつか思いついた。それを実行するためにも、やはり神聖力の使い方を洗練させていく鍛錬は必要不可欠だ。
あ、ちなみに「明日の夕刻来るよ」とか言っておいて、アドルフもゲルトも来なかった。アドルフは大フライングしてゲルトはまさかのすっぽかし。こいつらも訳が分からんな。
俺はおもむろに窓を開け放つ。まぁ粉砕されているので「窓枠を開け放つ」という感じだが。
ここは屋敷の三階。このまま何もせず飛び出せば、それはただの飛び降り自殺だ。
神聖力を微解放して──。
「よっ」
軽快に空中へ踏み出す。
少女は昼空へ舞い上がった。
お忍び外出の目撃者を生み出さないうちに、さっさと上空まで飛翔し、別邸の遥か上から皇都を見下ろす。
ラシェルを気にかける唯一のメイド「マリー」の当番は数日先。部屋に入ってこようとするヤツはいないだろうが、昨日のような例もある。扉に結界を張って中へ入れないようにしておいた。短時間抜け出す程度なら、「寝てました」と言い訳も立つだろう。
「それにしても、アレですね⋯⋯」
飛行のために強力な神聖力を消費しているのだが、やはりまだコントロールがつたない。高濃度の力が可視化を抑えきれずに、淡い光を放っている。夜に飛べば目立って仕方がないだろう。改善の余地ありだ。
またそれに付随して、髪の色が淡く光り、つややかな黒髪が脱色されていた。
極細の糸状のものを強烈な光のエネルギーで包んでいるためか。
これじゃ白髪だ。
「いえ、ですが計画のうえではむしろ好都合⋯⋯?」
少女らしい口調の練習も兼ねながら、思案する。白髪──ではなく白髪の少女はこの世界では異質だが、まぁそれもいい《《演出》》になるだろう。
ちょっと出かけますか。




