98 かしこまりましたー。少々お待ちくださーい
「ねぇ、お兄ちゃん」
「なんだ?」
今日もうちにいる操。
お前、受験前だろ? 塾とか行かなくていいんだろうか?
まぁ、俺の前に参考書置いてるので、勉強する気はあるんだと思う。
それにいるのは操だけじゃない。
俺の隣ではエレナが珍しく勉強してるし、操の横にはめぐりんこと巡と礼奈がいる。
そして、勉強が行き詰まったのか気分転換なのかは分からないが、俺に話しかけてきた。
どこか分からないところでもあるのだろうか。
それなら、どれほどかわいかったことか。
「なんか、最近姿勢よくない?」
「は?」
「いや、前はなんかけだるそーにしてたじゃない?」
心外だな。俺はそんなに気だるそうにはしてない。
ただ、ちょっと斜に構えてただけだ。
「なんて言うかさー、うまく言えないけど、着物着たら似合いそう」
「そ、そうか」
礼奈は、「確かにー」と言って俺を見るが、巡は手で口を押さえて、笑いを必死に堪えていた。
いいか、バラすなよ?
二度と御朱印書いてやらないからな?
エレナは、俺をぼーっと見ている。お腹でも空いたのかな?
「ねぇ、お兄ちゃん」
「な、なんだよ」
「わたしに隠してることないよねー。ちゃんと報告してくれないと困るんだけど」
なんで、俺が何かする度に、妹に報告する義務が発生するんだ。
別に俺が何やってもいいだろうが。
いや、成り行きでやってるだけだから、別に自主的にやってる訳ではなくて。
……俺は誰に向かって、心の中で言い訳してるんだろうな。
「まぁ、いいや。何か淹れるよ」
気分と話題を変えるために飲み物を淹れてきてやったのに、なぜか俺の肌の方に話題がいった。
「亨さんの肌、最近本当に綺麗になりましたよね。あ、いや、前も綺麗だったんですよ。それが、こんなに綺麗で。何使ってるんです?」
別に普通の化粧水しか使ってない。一本2600円くらいのやつしか使ってない。
まぁ、天嶺さんが置いてったやつが良かったから、そのまま使ってるだけで。
そんなことを話していたら、受験勉強から美容の話に移ってしまった。
こういう時、アンジュがどこかに行ってしまったら、お迎えにいけるのに、アンジュはソファの上からこっちをじーっと見てるだけで何もしてくれない。
つまり、俺の美容哲学を語るまでは、解放してくれないらしい。
小テストでもやらせて、満点取ったらとか考えたけど、テスト作ってないし、それぞれやってるところが違う。
『お菓子いるか?』と言っても『今はいい』と、あのエレナですら断る程だ。
まぁ、バイトしてるのがバレなければ、別にいいんだ。巡が口を滑らさなければいいんだ。
「ねぇ、なんで巡の方ばっかり見てるの?」
「!?」
普段は勘の鈍いエレナが気づいた。
「いや、口を押さえてるから気分悪いのかなー。なんて」
「別に気分悪くないですよー」
こいつ……。ニヤニヤして俺を試してくる。
別に肌綺麗で姿勢良くてもいいじゃないか。
巫女さんのバイトしててもいいじゃないか。
なぜか最近、新しく始めた喫茶店でも着物とエプロンを渡されたしな。
そういう店じゃないと思っていただけに驚いたよ。
家から離れてるから大丈夫だとは思うけど心配だ。
「コーヒーの置き方も様になってるよね」
「あ、確かに! 何、なんか始めた?」
「……始めてない」
何でこんな気持ちにならないといけないんだ。
「あ、すいましぇーん。こーひーぎゅーにゅー、ミルクおおめでっ、ひとちゅ」
「かしこまりましたー。少々お待ちくださーい。……あ」
「お兄ちゃん?」
「おにーさん?」
「亨?」
「亨さん?」
やばい。条件反射でついやってしまった。
どうするどうする……あ!
閃いた。俺の灰色の脳細胞が今日も答えを導いてくれる!
「実は大学の学園祭があってな。そこで喫茶店やるから、練習してたんだ」
「ふーん。どこのお店で?」
操よ。別に報告の義務はないだろう?
ただ、有名店だから気が気じゃない。
でも、わざわざ中野まで足を運ぶとは思えない。
この辺に十分に素敵なお店があるんだからな。
しかし、俺の食器の置き方や歩き方でさらなる疑惑が発生した。
別に普通に動いているのに、なんでそんな疑われないといけないんだ……。
結局、この日はアンジュは出かけずに、ソファでほぼ牛乳のコーヒー牛乳を飲みながら、俺のノートパソコンでYouTubeを開いて、ミュージックビデオを見ていた。
オメでたい頭で何よりの『推しごとメモリアル』『推しどこメモリアル』『推しのこメモリアル』。そしてシャズナの初期のミュージックビデオを見ていた。
メッセージ性を感じるなぁ。
結局、追求からうまく逃れた俺。
どうやったかって?
『もう、勉強教えてやらないぞ』
これで、全員押し黙った。
やっぱり受験生には効くんだな。
でも、エレナだけはずっと俺のことを疑うように見てきた。




