96 ほんの少しだけ亨ちゃんを独占できる時間
「せいこーう!」
突然そんな声が聞こえて、慌てて飛び起きる。
声のした方を振り向くと、アンジュがバンザイして立っていた。
「アンジュ来ちゃったのか」
「きた! ぬけがけよくない!」
別に抜け駆けってつもりじゃなかったんだけどな。
両手を突き出したので、抱え上げて抱っこすると、運転席側の窓をノックする音が聞こえたので、そっちを見た。
「嘘だろ、おい」
そこにはエレナがいた。とても、とてもおしゃれをしていた。
「ほら、開けてよ」
アンジュを助手席に座らせて、ドアを開ける。
「なんでいるんだ?」
「新幹線できたのよ」
それは答えじゃない。『How』じゃなくて『Why』を聞いたんだけどな。
「で、学校は?」
「休んだけど?」
「お前……」
アイリさんとおいしいもの食べて帰るって思ってたな。
まぁ、来てしまったなら仕方ない。
保育園に、アンジュ転移の連絡をしておく。
数分で、萌歌さんから了解のメッセージが届いたが、なぜかハートマークがついていた。
何かの誤変換だろうか。
スマホの時計を見る。
約束の時間まで、二十分切ったな。
そうして、三人で車内で待つ。
なぜか、隠れるアンジュとエレナ。
ここまで来といて、なんで隠れる必要があるんだ。
そして、五分ほど約束の時間を過ぎて戻ってきた。
本当に一時間ほどで仕事を片付けてきたらしい。
「お待たせー」
アイリさんが大きく手を振って戻ってきた。
「お疲れ様です」
外に出て出迎える。
「じゃあ、ちょっと着替えてから行きましょうか」
「あ……」
止める前に、後ろのドアを開けると、エレナとアンジュと出くわした。
「……………………」
「あ、あはは……」「うゆ……」
まぁ、そうなりますよね。
そして、俺の方に首だけ動かして俺を見る。それは絵になる程の苦笑いだった。
「まぁ来ちゃったんなら、仕方ないわね。家族旅行に変更よ」
ということで、お昼ご飯に向かうことに。
「何食べるんです?」
「円盤餃子ってのがあってね」
「へー」
「餃子!」「ぎょーざ!」
エレナとアンジュが嬉しそうに手をあげた。みんな餃子好きだもんな。
ということで、来たんだけど……。
「俺はアンジュと一緒でいいかな」
「あたしは一枚とビールね。余ったら食べてね」
「あっはい」
まぁ、食べきれるとは思うんだ。
問題はエレナだ。
「わたしは、どのくらいの量かわからないから、とりあえず二枚で」
珍しく、考えて頼んでいると思った俺がバカだった。まさか追加で二枚頼むとは思わなかった。
一皿に三十個乗ってたんだぞ?
まぁ、美味いのは分かるが、水餃子二人前も頼むとは思わなかった。
でも、嬉しそうに食べているからいいか。
「アンジュうまいか?」
「うん、おいちー」
アンジュもよく食べる。アイリさんもビールをよく飲む。
もう飲まないと言ったのに、飲んじゃった。
エレナはお腹をさすりながら満足げだ。
「エレナはよくその量食えたな」
「うん。ほとんど野菜だもん。いくらでもいけるわ」
「そ、そうか」
そうしてお店を出る。
アイリさんだと観光地はどこに行くのだろうか。
「そういえば、福島って競馬場あったわよね」
俺はズッコけた。アンジュもコケたし。エレナなんて地面に突っ伏した。
「ここまで来てそこ行く?」
「いいじゃない。今日はあたしと亨とのデートだったのよ?」
まぁ、アイリさんの望むところに行くのがいいんだろうけどな。
そして、ついた競馬場で、アイリさんは立ち尽くした。
そう開催されていないのだ。
「ぷっ……」「あはは……」「うゆー」
まさか、調べてないとは思わず笑ってしまった。
アンジュだけはちょっと残念そうにしていた。
「やってないなら仕方ないわね」
「じゃあ、どこ行くの?」
「福島来たなら、あそこ行きましょう」
お店へ入った瞬間二人ともショーケースに釘付けになった。
「わぁ!」「うおー!」
エレナとアンジュが目を輝かせる。
フルーツピークス。様々なフルーツを使ったスイーツがある。
「わたし、お姉ちゃんの妹でよかった」
「あ、アンジュもー」
二人とも大騒ぎだが、まさかケーキやタルトで喜ばれるのは本人としてはどうなんだろうか。
「喜んでくれて、あたしも嬉しいわ」
ちゃんとお姉さんしてるなぁ。
そして、飲み物とスイーツを選ぶことになったんだが、アイリさんはタルトを。アンジュはパフェを。
エレナは悩んだ挙句、期間限定のパフェとタルトを二つ頼んだ。
そして、しばらくここ最近の出来事を話して、会計をしようと思ったら、パニエを買って帰ると言いだした。
まぁ、少しくらいなら──
「なぁ、トランクいっぱいに買うことないだろう?」
「崩れやすいケーキにしなかっただけ褒めてよね」
それは褒めるところじゃない。
「まぁまぁいいじゃない。うちに環ちゃん操ちゃんティナちゃんとみんな来るんでしょ? そのために買ったんでしょ?」
「…………え、ええ。そうよ。そうに決まってるじゃない。もう、亨も察しが悪いわね」
目がめちゃくちゃ泳いでる。
アンジュも「そらちゃんにあげりゅー」と言っている。かわいい。
「じゃあ、これで帰るんですか?」
「最後に寄ってほしいところあるのよ」
一体どこの競馬場だろうか。
そうして、アイリさんに言われるまま走る。
くねくねした道を登る。
「ゼリー崩れないかしら」
まぁ、大丈夫じゃないかな? そもそも心配するところはそこなんだろうか。
アンジュは曲がるたびに「うおー、うおー」とはしゃいでいる。
橋を渡ると、みんな一斉に歓声をあげた。
そしてヘアピンをいくつも越え、進んでいくと日本とは思えないくらいの絶景が現れた。
「すごいな」
「すごいでしょ?」
「ええ」
「わぁー」「うわー」
二人とも窓ガラスにへばりついて眺めている。
まぁ、ここは車止められないからな。
そして、そこから上に登ったところの駐車場へ車を止めて、眺めることにした。
俺がぼーっと眺めていると、アイリさんが横に来た。
「本当はここに二人で来るつもりだったのよ」
アイリさんにしてはめずらしくロマンチックな場所を選んだものだ。
そして、気がつけば、エレナも横にいて、アンジュは抱っこをせがんだので、抱きかかえた。
そうして、しばらくその絶景をみんなで静かに見ていた。
「そういえば、山の方は登らないんですか?」
「もう、運動はいいでしょう?」
台無しですね。
磐梯吾妻スカイラインを降りて、家へと帰る。
家へ帰る途中は、今日行ったところの感想をずっと言っていた。
今日はいいところに連れてきてもらったな。
まぁ、二人きりだったらどうなっていたのか、それは分からない。
ただ、またいつか来たいなと、そう思ったのだった。
*
エレナとアンジュがお風呂に入っている。
今は亨ちゃんが作ってくれたご飯で晩酌だ。
あたしのためだけに作ってくれたおつまみ。どれもこれも美味しそう。
ふと、顔をあげて亨ちゃんを見る。
「どうかしましたか?」
「ううん。なんでもないのよ」
あたしは思った。一日の中で唯一、亨ちゃんを独占できるこの時間が一番好きだと言うことに。
毎日ほんの少しだけ、亨ちゃんを独占できるこの時間が、とても尊いのだと。
あの二人がお風呂から出てくるまで、今はこの時間を楽しむんだ。
そうして、あたしは亨ちゃんを見ながらお酒を飲んだ。
酔って、寝てしまわないよう飲むのは一本だけ。そう決めたんだ。




