94 あたしとデートしましょう
土曜日──
近所の公園へ赴く。
別に大の字で寝るわけじゃない。
気分転換に読書などしないし、小鳥の囀りを聴くためでもない。
気を利かせてバーベキューなんて、現実逃避もしてみたりしたが、違う。
亨ちゃん、エレナ、アンジュとみんなジャージ姿だ。
そう、走るのだ。走らざるを得ないのだ。
走れば、痩せるだろう。
そう言われて、半ば引きずられながらやってきた。
まぁ、伊達に二十六年生きてない。
この公園を一周するくらいわけはない。
余裕でドヤ顔して、胸を張ってやろう。
そう思っていたあたしが浅はかでした。
「ぜぇぜぇ……っく。かはっ……はぁはぁ……あー……おぇっ……」
「まだ1キロも走ってませんが」
あたしは地面につっぷしている。
冷たくて気持ちいい。
亨ちゃんはアンジュを抱っこしたまま走ってる。
ペットを抱えて散歩してる人みたいだ。
「お姉ちゃん、そんなんじゃいつまで経っても痩せないわよ」
「う、うるさいわね。こ、これから本気出すのよ」
悔しくて、つい言い返しちゃったが、事実だ。
仕事で走るのはそんなに苦じゃないのに、こうして走ると辛い。
スーツ姿でやれば疲れない可能性が……。
結局思うようにいかず、ただ筋肉痛になって終わった。
翌日の日曜日は、逃げるように外出した。
亨ちゃんとエレナの目が痛いが、背に腹は変えられない。
行く場所は天嶺の家だ。
家に着く前に高尾山口駅で迎えられた。
こんなところで出迎えてくれなくてもいいのにね。
せめて家に入れて、お茶とお菓子を出して欲しかった。
というか、どうしてあたしが来るって分かったのかしら。
「今日はどうしたの?」
「違うの。天嶺じゃなくて、高嶺さんに用があって」
「え、姉貴に?」
天嶺の顔が一瞬で曇る。
まぁ、知ったこっちゃないけど、今回は天嶺のサポートも必要だ。
長女の高嶺さんは美容クリニックなどをいくつか経営している。
高嶺さんが経営する、人気を二分するほど有名なエステ店に用がある。
予約は取れない。半年先まで埋まってる。
だから、ここで妹大好きな高嶺さんに有効な天嶺を利用する。
そして、なんとか上手くいき、天嶺のコネを利用してエステに行った。
毎週末は高嶺さんのお店でエステだ。
あたしのお腹がぷーるぷる。ぶるぶるー。
これは、ハマるワケだわ。
なんか、痩せるのと綺麗になるのが両立している。
だが、それだけではダメだ。
その翌日から、あたしは、残業だと嘘ついてジムに通うようになった。
ランニングマシンで走る。
あたしも少しは走れるようになった。
頭の中でロッキーのテーマ曲を流す。
ふんふんふん……。
あ、違う。これ長州力の入場曲だわ。
そしたらずっと平沢進の曲が頭の中を流れていた。
仕方ない。今日はこれで走ろう。
これはこれでのれるわね。
走るリズムがおかしくなるけれど。
翌日からサブスクとイヤホンを用意してZARDの曲をループにして走った。
これなら二十四時間走れそうな気がするから不思議だ。
最終的にはノリノリのロックをかけてやるようになった。
オフスプリングだと、ついつい速度を上げてしまうのよね。
ちなみにだけど、多分あたしがジム通いしているのはバレていると思う。
だって、シャワー浴びてすっぴんでマスクして帰ってきたら、さすがに気づくと思う。
それに運動して食べる晩御飯は、どれだけ薄味でも美味しい。
最近はお酒なしでも眠れる。
マットレスも床に落ちてない。
そして、運命の日──
休日、リビングで、体重計を前に立ち尽くす。
それを見守る亨ちゃん、エレナ、アンジュ。
なるべく薄着にして、重さを減らした。
息も吐き切って軽くした。
いざ──
こういう時、テレビだと1カメ、2カメ、3カメからの体重計へアップ直前でCMって流れになるのよね。
あたしは癪だからそこで、チャンネル変えるんだけどね。
そして、そんな溜めもなくあっさりと結果を見られる。
「「「!?」」」
「どうよ」
「マイナス6.8キロ……」
すごいわ。あたしだってやればできるのよ。
でも、目標の10キロには達していない。
……今日まだ、トイレ行ってないから、まだ減らせる可能性が……。
一度トイレに行ってこようかと思ったその瞬間──
亨ちゃんは、薄々勘付いていたのか、ゆっくり頷き、小さく拍手してくれた。
でも、エレナとアンジュは信用してなかったのね。
口と目を大きく見開いて、何故か亨ちゃんと体重計を何回も見ていた。
しかし、結果は結果だ。
覆らない事実に静かに頷いた。
亨ちゃんだけね、拍手してくれたのは。
「目標に行けなかったわね」
「何言ってるんです? 最初は5キロだったでしょう? 十分です。ちょっと減りすぎですけどね」
測られた腹囲もかなり減っていた。
くびれもできている。
あのTVCMみたいにドヤ顔でポーズ取った方がいいかしら? それとも踊った方が……。
そう考えたところで、エレナが口を開いた。
「で、お姉ちゃんは亨に何を要求するの?」
開口一番に聞くのはそれなのね?
「冷蔵庫でビール冷やしてますよ。飲みますか?」
亨ちゃんまで、そんなことを言う。
「ううん。しばらく禁酒するわ」
再検査もまだだしね。
──そして、そんな再検査の結果は全部良好。
なんかデータが違ってたのか、それとも痩せて改善されたのかは分からない。
でも、しばらくこのまま頑張ってみようと思う。
あの大量のお酒はみんなで集まった時に消費しようと決めた──
しかし、禁酒と言っただけで、この表情はひどいと思うのよ。
なので、もっとすごい顔にしてあげようと思った。
「亨ちゃん、あたしとデートしましょう」
三人はしばらくそのまんま固まっていた。
お昼ご飯がすぐだというのに。




