92 全部救ってあげないと
あたしの名前は海道・メリー・愛理。
『アイリ』と呼ばれている。
ファーストライフ生命の営業部で部長代理を務めるピチピチの二十六歳。
お酒と妹たちが大好きである。
そう、お酒が大好きなのだ。
といっても、バカみたいに騒いでは飲まない。楽しく節度を守って飲んでいる。
昔はよく会社の飲み会もあったが、最近はコンプライアンスもあって、開催されても年一回あるかどうかだ。
まぁ、部長のつまらない話を聞くくらいなら、飲まない方がいい。
それに今は家で、『亨ちゃん』が晩酌の用意を毎日してくれているので、さっさと仕事を終わらせて帰る。
あたしが率先して帰れば、みんなも残業しないで帰るようになった。
時間内に仕事を終わらせる。残っていれば、あたしが手伝って終わらせる。
仕事大好きだと言っても、ずっと会社で過ごすなんてまっぴらごめんだ。
うちは時間ではなく、成果で評価する。
お陰で、妹たちとの時間を持てるようになった。
それに今日は、ふるさと納税で頼んでいたお酒の『配達完了通知』も届いている。
暫くは楽しい夜を過ごせそうだ。
帰る途中、化粧品が切れていたことを思い出し、ドラッグストアへ寄った。
そしたら、思いがけない出会いがあった。
なんと、お酒が賞味期限間近や入れ替えで安くなっていた。
全部救ってあげないと。
あたしは、化粧品を買うのを忘れて、全部買い占めた。
そして、帰る途中にあるあと二つのドラッグストアへ寄って、同じようにしていった。
お陰で両腕はとても、重い。
これは筋肉がついて痩せちゃうんじゃなかろうか。
そう思いながら、なんとか家に着いた。
今日のメニューはなんだろうか。
まずはビールを開け、2本目もビールでいいかしら。3本目は控えめにしてチューハイでいいだろう。
何を飲むかを考えながらドアを開いた。
「ただいまー」
「おかえり」「おかえりー」「おかえりなさい」
ドアを開けるとなぜかいつもの肉肉しい匂いはしない。
どういうことだろうか。
リビングへ行くと、料理はあるが、どれも質素だった。
いや、美味しそうではあるのだ。
ただ、今日はがっつり肉の気分だった。
焼肉、唐揚げ、レバニラ、生姜焼き……。
まぁ、肉はある。
バンバンジーだ。だけど肉が少ない。きゅうりばっかりだ。
それと、冷奴と小松菜のおひたし。あとは焼いた秋茄子だ。
うーん。今日は日本酒の気分ではなかったのだけれど、これはこれで……。
席に着くが、いつまでたってもお酒が出てこない。
「と、亨ちゃん?」
そしたら、険しい顔で一枚の紙を掲げた。
「なにそれ」
「アイリさんの健康診断の結果です」
「ああ……」
忘れてた。届いてそのまんまにしていたわ。
でも、ピッチピチの二十六歳。何も悪いところなんてないだろう。
「お酒はしばらく禁止です」
「…………はい?」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
「待って、え? なんで?」
「はぁ……」
亨ちゃんがため息を吐いた。
そして、横にいたエレナとアンジュもため息を吐いた。
「まず、肝機能ですね。これが一番ひどい」
そこから血糖値やらなんやら、知らない単語をずらずらと述べていく。
小学校の時の校長のスピーチを思い出したわ。あの時は二時間近く……。
……って、そんなつまらない思い出話はいいわ。
「え、お酒ダメなの?」
「はい。再検査あるので」
「再検査? あたしが?」
「はい」
この……あたしが……引っかかる……だと?
確かに、健康診断前にみんなで飲んだ。
亨ちゃんとアンジュとティナちゃんも来た。
いつも以上に飲んだ。
だからといって……。
「あ、あたし、太ってないわよ?」
そうしたら、いきなり亨ちゃんがあたしのお腹をつまんだ。
「これはなんですか?」
「こ、これは……」
言い訳しようのない証拠を握られてしまった。
「ということでしばらくアイリさんはダイエットメニューです。今日は初日なので、少し豪華にしてます」
そんな最後の晩餐みたいな言い方しなくても。
…………待って、お酒禁止?
「ねぇ、今日届いたあたしのお酒は?」
「俺の部屋にしまってあります。あと、さっき買ってきたお酒もしまいました」
いつの間に。そんな瞬間移動なんていつの間に習得したのかしら。
「まずは、五キロ痩せましょう」
ダイエット。英語にすると、前三文字に『死』がついている。
なるほど。死刑宣告に近いのはこれが理由か。
「ねぇ、お酒飲まないと眠れないんだけど」
「この前飲まなくても眠れたじゃないですか」
結局何を言っても飲ませてくれなかった。
仕方ないので、出された料理を全部食べた。おかわりもした。
きゅうりをモリモリ食べた。
この日、あたしはよく愚痴っている部長の気持ちがよく分かった。
メタボ腹でお酒を制限されていること。
塩分控えめのうっすーい料理ばっかりだと。
そして、毎日二駅分歩かされていること。
娘さんの洗濯物と分けられていることと、関係ないことまで共感できてしまった。
食べる前に乗らされた体重計には恐ろしい数字が表示されていた。
そして、そのせいで眠ることができなかった。




