91 ばか……違うわよ……
「おにーちゃ、あんじゅイルカみたい!」
俺の手を引っ張ったアンジュ。
色々見て回って、本来の目的を思い出したのだろう。
親父もスマホの画質に驚いたのか、魚メインで撮り始めたりしていたしな。
「そうだな。見に行くか」
「おー」
アンジュが俺の手を引っ張り、反対側ではエレナまでつられるように歩き出した。
「まったくもう、仕方ないわね……」
エレナがそんなことを言いながら、アンジュと一緒に俺を引っ張った。
「ちょ、待って、コケるって」
「コケないように頑張りなさいよ」
「ほらほらー」
一瞬だけ振り返ると、親父と操と巡と礼奈がニヤニヤしていた。
俺がコケるのを待っているんだな。
そうして頑張って踏ん張りながら、イルカショーの場所へ向かった。
「アンジュどこがいい?」
「んー、あのへんー?」
少し後ろの方を指した。
「アンジュちゃん、あそこの方が間近で見られるよ?」
「おー」
巡がそんなことを言うと、アンジュは目をキラキラとさせた。
間近で見られるという単語で最前列中央へ。
しかし、その場所って水跳ねで濡れるんだよな。
だからなのか、この辺ってあんまり人がいないか、完全防備してる人しかいない。
でも、アンジュが嬉しそうならいいか。
そうして始まったショー。
もう俺もアンジュもエレナも興奮しっぱなしだった。
親父も全身に水を被って、ご満悦だしな。良かったな。アンジュが笑ってるぞ。
それにしても、ここはいろんなところでイルカが見られるなぁ。
イルカショーの後もアンジュを抱っこしながら見ていく。
シロクマやペンギンもいる。
アンジュもいろんな動物さんを見れて大喜びだ。
なぜか、イルカショーのあとからエレナが少し不機嫌なんだが、そんなに濡れたのだろうか。
そして、十分楽しんだのならば、お昼ご飯だ。
親父のおごりで海鮮バーベキューだ。
親父、覚悟しろよ。物凄い食べるぞ。
みんなが笑顔で食べる食べる。
そして遠慮なくどんどん頼んでいく。
「な、なぁ亨、あんなに食べて大丈夫なのか?」
「いつもより少ないから大丈夫じゃないか?」
「今なんて?」
別に食べ放題だし、時間制限あるんだから、元を取った方がいいだろうに。
なぜか、お店の人の方が青い顔をしていた。
その後、エレナは甘いものがほしいとパンケーキを食べに行った。
いつものエレナに戻ったようだ。
「いやぁ、楽しんだな。じゃあ帰るか」
「まだある」
…………せっかく触れないようにしていたのに。
アンジュが俺の袖を引っ張る。
操と巡が乗りたそうにうずうずしていた。
「俺は見ているだけでいいよ」
「あ、あーくしも」
「なんだ、情けないなぁ」
親父、そんなことを言うと後悔するぞ?
「じーちゃ、いっしょにのる」
「よし、じーちゃんも乗るぞー」
「ほらほらおにーさんも」
「そうよ。お兄ちゃん。みんなで楽しまないと、ほら礼奈も」
「いや、俺は……」「いや、あーくしは……」
逃げようとしたが、がっしり掴まれて逃げられない。
アンジュの不思議そうな感じで見上げる顔を見たら、逃げられない。
そういえば、エレナがいない。
「「エレナは?」」
俺と礼奈の声がかぶる。
エレナは昭和のアニメキャラクターのように足音を隠してゆっくりとその場を離れようとしていた。
「わ、わたしは、まだ食べ足りてないから」
自分から食いしん坊キャラを演じるんじゃない。
死なば諸共……。俺と礼奈は目が合うと、エレナの二の腕をがっちり掴んで絶叫マシンへと誘った。
一人だけ助かろうなんてよくないもんな。
「はーい。列こちらでーす」
聞き覚えのある声の方を見ると、汀がバイトしていた。
あいついろんなところでバイトしているな。
「あれ、亨じゃん。なに? 家族で来たの?」
それを聞いたエレナの表情が変わった。
操もなぜか表情が険しくなった。別に汀と会ったことは……どうなんだろうか。
親父と巡と礼奈はワクワクした表情で見ていた。
だが、次の言葉を聞いて固まった。
アンジュもじーっと見ていた。
「なんでLINE返してくれないの?」
「いやお前送りすぎ」
そんなことを話していたからだろうか。
「亨、たくさん乗りましょう」
「おにーさん、いっぱい乗ろうねー」
「おにーちゃ、いっぱいのりゅ」
「あ、あーくしは遠慮したい」
「待て、一人だけ逃げようなんて……」
逃げようとした礼奈を掴み、俺はみんなに拷問器具へと連行された。
なぜか、汀は嬉しそうにしていた。
─────しかし、アンジュはすごいな。
いや、操と巡もだろうか。
なんで、あんなに絶叫マシン乗って楽しそうな顔してるんだろうな。
そして意外なのが親父だ。アンジュと一緒に楽しそうにずっと乗っている。どこかヤケになっているようにも見える。
そして。俺は今ベンチにぐったりと座っている。
横では礼奈が俯き加減で座っている。
「おつかれ……」
「うっす……」
普段のお嬢様キャラが消えている。
俺のスマホはずっと振動しっぱなしだ。
さっき見た時、環と汀からの通知がずっと届いている。
そして、アンジュは満足したのか、俺の前に座ってジュースを飲んでいる。
「と、亨大丈夫?」
「無理」
「ちょ……」
俺の横でエレナが心配そうに声をかけているが、反応する余裕すらない。
「もう、そんな体勢じゃ辛いでしょ、ほら」
目だけ動かすと、なぜか太ももを叩いていた。
「ま、ままま、枕! そう膝枕してあげる」
「ん」
本当に限界だった。そのままだと頭が痛いので我慢していたが、膝枕してくれると言うのなら、好意に甘えよう。
「ありがと」
言うと同時に体を傾けた。
「わひゃっ!」
そのまましばらく眠ってしまった。
どれくらい寝ていただろうか。
目を覚まして顔を上げると、すぐ上にエレナの顔があった。
夕日かと思うくらい赤かった。紅みたいな色になっていたのは、逆光だからだろうか。
エレナの表情もよく見えない。
上体を起こすと、操、巡がニマニマしていた。
礼奈も俺の横で口角を上げていた。
アンジュはどこ行ったのだろうかと思ったら、親父と一緒に立って俺の方を見ていた。
その表情はどこか、複雑そうだった。
アンジュは頬を少し膨らませ、親父は何とも言えない顔をしていた。
そしてエレナは放心状態で座っていた。
「すまんな。俺のせいで足、痺れたんだろ?」
しばらく痺れが取れるまでそのままにしておこうかと思ったら、顔をプイッと背けてしまった。
「(ばか……違うわよ……)」
しばらく海風に当たりながら、そのまま過ごした。
エレナの顔はずっと赤いままだった。
「帰りはわたしが運転するよ」
どうやら帰りは親父が運転してくれるらしい。
そしてなぜか俺は、三列目でエレナと一緒に座っていた。
まだ、ぼーっとしているが、俺の左手はなぜかエレナがずっと握っていた。
その感触だけはずっと感じていた。
*
後日、宇慶家──
「じーちゃきたー」
「おーいらっしゃーい」
しかしアンジュちゃん。家が近いからとよく来るけど、どうしていつも一人なんだろうか。
そして、どうしていつも、わたしのいるこの部屋へ直接来るのだろうか。
……そんなにお魚さんが好きなのかな。
「実はねー、アンジュちゃんのために新しいお魚さん呼んだんだよー」
「わーい」
その笑顔を見たら些細なことなどどうでもよくなってしまった。




