90 食べるより見たいの
「驚いたな。亨、いつの間にこんな運転上手くなったんだ?」
「まぁ、必要にかられて……」
「大学生で必要にかられるって何をしてるんだ?」
助手席で不審そうな顔で俺を見る親父。
そんなこと言われてもなぁ……。
アンジュを迎えに行っているだけなんだよな。
空港や駅でレンタカー借りたり。
関東近辺ならマンションからアイリさんの車で直で行ったり。
「まぁ、ちょっと車に乗る機会が多くて」
「そうか」
半年で2万キロは優に乗っているんじゃないだろうか。
まぁ、実際にはそんなに走ってないかもしれないんだけどな。体感で。
いや……移動距離かな? どうなんだろ。ただ、アイリさんの車のメーターが結構増えてるんだよな。
増えてる、で思いだした。この車も20万キロ近いな。
「そういえばこれ、俺が小学生の時から乗ってるよな」
「そうだな」
「買い替えたりとか考えないの?」
「別に壊れないし、乗りやすいからな。それに毎回新車に買い替えて、毎月払うの嫌じゃないか? これなら、毎年の税金と車検さえ乗り越えればそんなに出費はない」
まぁ、親父は趣味に金かけてるから、他のものにあんまりお金かけたくないんだろうな。
しかし、このエスティマ、普通にキビキビ走るな。いじってないだろうな?
「あ、そこよく警察いるから気をつけろよ。車線変更でよく捕まってるからな」
「黄色の実線なんだから車線変更しちゃダメだろ」
「そう思うだろ?」
そう言っていたら、目の前で渋滞回避しようとしたやつが。
続いて間を縫って先頭へ抜けようとしたバイクが警官に誘導されていた。
「な?」
「そうだな」
こんなところで時間を食っていたら、楽しめなくなってしまうからな。
急がば回れとはよく言ったもんだ。
それにアンジュたちを乗せてるんだ。そんな危ない運転はできない。
「俺はいつも安全運転だぞ」
そう言うと、めぐりんこと巡がフォローしてくれた。
「そうですね。おにーさんは安全運転ですね」
「そうね。亨の運転は丁寧よね」
エレナも一緒になって言ってくれる。
親父もそれを聞いて安心したのか頷きかけたその時だった。
巡が言わなくてもいいことを言い出した。
「この前、新潟へ御朱印巡りに行った時も車出してくれましたけど、丁寧でしたよー」
「待って、初耳なんだけどそれ」
「わたし聞いてないんだけどお兄ちゃん」
「亨、説明してくれるよね」
礼奈、操、エレナが俺を糾弾し始めた。
「あの時は帰りに群馬でモツ煮食べましたよねー。また行きたいです」
「お前、エレナちゃんというものがいるのに……」
親父は何を言っているのか分からないが、別にいつも一緒にはいないぞ?
「モツ煮!? 聞いてない」
「お兄ちゃん、なんで巡と出かけてるの?」
「それも聞いてない……」
どうしよう。収拾がつかなくなってきた。
操なんて前に乗り出して来そうな勢いだ。
「た、たまたま、一緒だっただけなんだよ。あ、アンジュも何か言ってくれ」
「もくひしましゅ」
「アンジュー──────────!」
俺の声が虚しく湾岸線に轟いた。
そうして目的の水族館へやってきた。
長かった……。運転の妨げになるからと親父が庇ってくれなかったらどうなっていたことか。
もっとも、俺の疑いは晴れたわけではない。
……って、別に疑われるようなことはしていない。
駐車場に車を止め、海上の橋を渡る。
「わー、すごいねぇ」
「わたしここ初めて来たー」
礼奈と操がはしゃいでいる。
「アトラクションも気になりますけど、やっぱり水族館ですかー?」
「そりゃあ、今日の目的だからなー」
巡が親父と話している。
「すごくたのしみー」
「そうかー、俺もだぞー」
アンジュが手を上げてはしゃいでる。嬉しそうで何よりだ。
そんな中、エレナだけが一人静かだ。
「どうした?」
「ん? あ、いや、すごいなーって」
そういえば、エレナはこういった施設とかに一緒に来れないのが多かったからな。
いつもタイミングが合わなくてな。
そう思うと、……初めてなんだよな。
エレナは道行くカップルや家族を眺めていた。
「じゃあ、写真撮ろっか」
親父がそんなことを言うと、みんながポーズを取る。
親父、カメラなんて持ってきてたっけ? 手ぶらだった気がする。
そして、ポケットから親父が持っていないであろうものを取り出した。
「親父、それ……」
「ああ。買ったんだよ。スマホ……」
「マジか……」
あの趣味以外にお金を使わず、ずっとガラケーだった親父がスマホを。
俺や環、操の入学式でさえ安いデジカメだった親父がスマホ。
しかもカメラが三つも付いている。
それを何の躊躇いもなく使いこなしている。
さすが、技術職といったところか。
それにしてもアンジュばかり撮りすぎではないだろうか?
「じーちゃ、そろそろいこー」
「そうだな。いこっか」
ニコニコ顔でアンジュと手を繋いで先に歩いていった。なんて羨ましい。
「じゃあ、あちきらも行きましょうか」
「そうね」
しかし、エレナだけがぼーっとしている。
「大丈夫か」
「あ、うん」
俺はエレナの手を握って歩き出した。
もしかしたら、朝ごはん食べてないから元気がないのかもしれない。
何か食べたら元気になるかもしれない。
「ほら、何かおごってやるから」
「大丈夫よ。別にお腹空いてないし」
これは一体どうしたことだろうか。
「もう、食べるより見たいの。少し雰囲気に酔っちゃっただけ。ほら」
エレナが俺の手を握りなおして引っ張った。
そんな様子を操、巡、礼奈が口元を覆い隠しながら見ていた。
一斉にくしゃみなんて珍しいな。
少し、海風が涼しいから風邪引くなよ?
……そうか。風が涼しいのか。
エレナは少し薄手の服を着ていた。
入り口で立ち止まった時、上着を貸した。
「え?」
「いや、寒いんかなと思って」
「……あ、ありがと」
なぜか、顔が赤くなってしまった。そんなに体調悪いとは思わなかった。
アンジュだけでなく、エレナの様子も見ないとな。
エレナは中へ入ると、俺の手を握った。
少し強めに握って引っ張った。
そんなに引っ張らなくても付いていくのに。
少し強くて躓きかけてしまった。
俺そんなに迷子になったりしないぞ?
せめて、こっちを見て引っ張ってほしい。
先に行った親父は嬉しそうにスマホで写真を撮っていた。魚の方を。
アンジュはアンジュで魚の群れを見て喜んでいる。
操たちも中に入れば、さっきまでの雰囲気が嘘のように楽しんでいた。
それから俺たちはいろんな魚を見て回った。
なぜか、俺はずっとエレナと手を繋いでいた。




