89 おじいちゃんでいいよ
最近、わたしの家には孫が来る。
いや、厳密には孫ではない。
息子が同棲している家の末っ子だ。
まぁ、こんなにかわいいしわたしにも懐いてくれるので、孫でも間違いではないだろう。
しかし、一人で来るなんて、亨はちゃんと面倒を見ているのだろうか。
宇慶亨の実家──
亨の父親である寿史の部屋。
そこでアンジュは口を大きく開けて眺めていた。
そう。わたしの趣味であるアクアリウムである。
単純に水槽を並べただけではない。
小さな水族館のようになっている。
綺麗な熱帯魚から小さなハゼのような魚や小エビまで、一日中見ていられるほどだ。
「おしゃかなしゃん、しゅごい」
「はっはっは。そうだろうそうだろう」
アンジュちゃんが喜んでくれるので、わたしも嬉しい。
アンジュちゃんは特にハゼのような魚がお気に入りらしくずっと張り付いて見ていた。
「これなーに?」
「これはボウズハゼだよー」
「こっちはー」
「ヨシノボリだよー」
「これはー」
「ゼゼラだよー」
聞かれるので、次々と答えていく。ほとんどの人にとっては違いは分からないだろう。
右に左にせわしなく顔を動かす。
そして小エビにも興味を示すアンジュちゃん。
小エビが動くと、一緒に顔を動かして見ている。
「これはなにー」
「ヌカエビだよ」
「てながーい」
「テナガエビだからね」
そんな感じで、聞かれるたびに答えていく。
環と操も興味がなく、一人で静かに楽しんでいたのだが、こうして興味を持ってくれると嬉しいもんだ。
それに環と操も、「いつ食べるの?」なんて聞いてくる始末。
ヤマメやイワナは特に厳重に育てている。
あいつらの目の届くところには絶対に置かないが、最近カジカやドジョウまで『食べれるんでしょ?』と聞いてくる。
この部屋へはアンジュちゃん以外は入れないようにしよう。
そもそも『ニモはいないの?』とか『地味』とか言ってすぐに部屋を出て行ったからな。
せっかくなので、餌を食べているところを見せてあげる。
餌をあげると、勢いよく泳いで食べていく。
そんな様子を目を皿のように大きくして見ている。
「アンジュもあげたい!」
「はっはっは。いいぞー」
餌の容器を手渡し、アンジュちゃんを抱っこする。
「ほれー」
虫とかではなく、粉のようなものなので安心して手渡せる。
さすがに虫だと嫌がるだろう。
「ここすいぞくかんみたい」
「まぁ、大体合ってるかな」
「ぺんぎんしゃんはいないのー?」
「ごめんなー。ペンギンさんはいないなー」
もし、法律と条約が許すのならば、庭に小屋とプールを作って飼育を始めただろう。
そんな感じで孫と幸せなひとときを過ごしていたら、息子がやってきた。
「アンジュ迎えにきたぞ」
「おにーちゃ」
亨が部屋に入ると、とてとてと近づいてしがみついた。羨ましい。
「ぬ。もう行くのか?」
「アンジュどうする?」
「もうすこしみてたい。ここたのしいもん」
「おお、アンジュちゃん!」
この子はいい子だなぁ。お小遣いをあげなくては。
しかしなぜか亨は、わたしを疑うような目で見る。お前にもこの前お小遣いをあげただろうに。
「えっと、えっと」
「どうしたんだい?」
「なんてよんだらいい?」
首を傾げながら言うので、目頭が熱くなってしまった。
「おじいちゃんでいいよ」
「じーちゃ!」
「おおっ!」
これが、孫というものなのか。いいものだな。
じーんとするって言うのはこういうものなんだろうな。
危うく心臓が止まりかけてしまった。そんな歳でもないというのにな。
「じ、じゃあ俺居間にいるから」
「分かった」「わかったー」
見ただろうか。あの亨の悔しそうな顔を。
アンジュちゃんは目をキラキラさせて眺めている。
「いるかしゃんはいないのー?」
「さすがに水槽には入らないなー」
「そっかぁ」
しょんぼりするアンジュちゃん。
くっ……。イルカさんに会わせてあげたい。
…………ヴァキータなら、頑張れば入るんじゃないだろうか。
家の半分くらい改装すればいけるか……。いや、条約でダメだな。
ぬいぐるみじゃダメかな?
そうして他の魚を見るが、一通り見てしまったのか、キョロキョロし始めた。
「もしかして、他のも見たい感じかな?」
「うん」
浅はかだった。今いる種類のクオリティを上げるだけではいけない。もっと数を増やさなければ。
十和子に怒られない範囲で……。
いや、これ以上拡張はできない。
亨の部屋を潰せばいけるが、うーん……。
アンジュちゃんにもっと見せたい。
そうだ。
「じいちゃんは良いことを考えたぞ」
「いいことー?」
*
翌日。俺は実家にいた。
昨日の夜、親父から電話があった。
なんでも、アンジュにイルカを見せてやりたいとかなんとか。
アンジュは先に来て、親父の部屋で魚を見ていた。
そして俺は言われるまま来ると、軽い修羅場になっていた。
お袋は今日パートがあるとのことで不参加だ。
来た時には、かなり怒り狂っていた。
アンジュの手前、派手なことはできないが、親父の目の前でヤンキーみたいな迫り方をしていた。
小声で言っていたので、何を言っていたかは分からない。
そして、アンジュの頭を撫でると、そのまま仕事に出かけた。
肩で風を切るように歩いて行った。
きっと帰ったら親父には『制裁』があるだろう。
きっとお袋の『拷問』は熾烈を極めるだろう。
かわいそうに。親父が耐えられるように、今日はアンジュとの思い出を多めに作らせてあげようと思った。
そして、環だ。
環も学校での美化活動があるとかで、参加できないらしい。
さっきから俺のスマホが振動しっぱなしだ。
きっと呪詛のようなメッセージを何通も送ってきているのだろう。
バッテリーが無くなるからいい加減やめてほしい。
そろそろ拒否設定されるんじゃなかろうか。
そしてアイリさんもだ。
昨日の夜は行く気満々でお酒も飲まずに、アンジュと魚の話をしていたのだ。
朝、珍しくアイリさんのスマホに会社から電話があり、急遽休日出勤で会社へ向かった。
背中に大きな影を背負い、体をくの字に折って出社していった。相当嫌だったらしい。
そして、エレナは操、巡、礼奈と一緒にどこかへ出かけるつもりだったらしい。
それを急遽、今日の予定を知ってこっちにきたというわけだ。
あとでどこへ行く予定だったのかを聞いたら、街でスイーツ食べ放題に参加する予定だったそうな。
よく切り上げられたな。
なぜかドヤ顔をするエレナ。
エレナは俺と一緒に電車で来たんだけどな。
家の前に巡と礼奈もいてびっくりしたよ。
アンジュが親父と一緒に仲良く話している。
きっと現実逃避だろう。
「アンジュちゃんがイルカとかペンギン見たいって言ったからな」
しかし、親父も結構フットワーク軽いよな。
まぁ、アンジュが見たいって言ったんなら行くのは当然だよな。
俺と親父は軽く目を合わせると頷いた。
「まったくうちのお父さんとお兄ちゃんは甘々なんだから」
「いやぁそれほどでも」「そんな褒めるなよ」
「褒めてないんだけど」
操が呆れたように言った。
「あちきらもこっち来て良かったねー」
「ホントよねー」
巡と礼奈もいつの間に親父と仲良くなったんだろうか。
仲良く話をしている。
「じゃあ、行くか」
早速車に乗り込み出発した。なぜか俺が運転手で。




