73 同じ気持ちを味わわせたくない
それはいつもと変わらぬ日曜日。
アイリさんはお馬さんのレースへ、エレナは塾へ行っている。
そして──
「なんかナチュラルにうちにいるよな」
うちのリビングには俺とアンジュ。そして環とティナがいる。
「いいじゃない別に。ねぇ」
「ええ、もちろんです」
なぜか環が答えた。
「それに、ほーら、ケーキ買ってきたわよー」
「うわーい」
手に持っていた紙箱をアンジュの前に置いて、開封した。
中にはケーキが入っていた。
アンジュは椅子の上に立ち、両手をあげて喜んだ。
「ティナねーちゃ、だいすきー」
「あらー、ありがとー」
これ以上ないくらい嬉しそうにニコニコしながら、ティナは椅子に座った。
対する環は、焦った表情で、一緒に座りながらアンジュに聞いた。
「あ、アンジュちゃん、わたしはー?」
「うゆ? たまきねーちゃもすきだよー」
アンジュに配慮をさせるなよ……。
しかし、そこで意外にもティナが環をフォローした。
「アンジュちゃん、このケーキねー、わたしと環姉ちゃんと一緒に買ったのよー」
「(えっ!?)」
「(口裏合わせる!)」
「ほんとにー?」
「ホントよー。どれが一番喜ぶかすごく悩んでたもの」
「おー」
「そ、そうよー。アンジュちゃんどれが喜ぶかなーって」
「おー、たまきねーちゃもだいすきー」
それを聞いて、口元を手で覆って、涙する環。
多分気づいてるだろうから、アンジュの寛大さに感謝しろよ?
「アンジュちゃん、これもあげるわ」
そう言って、ポケットから出したのは、『すこんぶ』だった。渋いな。女子高生がすこんぶって……。
「おー、アンジュすこんぶもすきー」
「よかったな」
「うん!」
すこんぶを大事そうにバッグポケットへしまうアンジュ。
まぁ、駄菓子好きだしな。
ちなみにアンジュは、すこんぶはもちろんのこと、さくら大根、きなこ棒、あられと意外にも渋いものをチョイスする。
そして、このバッグ。キツネとタヌキが描かれており、一昨年のエレナのプレゼントらしい。
物持ちいいな。
「(あ、ありがとうございます。お金、出しますね?)」
「(気にしないで。勝手にケーキ買ってきただけだもの。お金は結構よ)」
「(ティナ姉様とお呼びしても?)」
「(様付けはちょっと……)」
「(一生付いていきます!)」
「(気にしなくていいのに……)」
ティナと環が何やら話している。
さて、と……。ケーキを前に目を輝かしているからお茶の準備でもしようかね。
「何か飲むか?」
キッチンへ行き、お湯を沸かす。
「あ、じゃあキャラメルマキアートで」
「カフェモカで」
「いいけど、粉のやつだぞ?」
わざわざ、そんな面倒なもの俺が作れるわけないだろう?
まぁ、お湯で溶かすやつならあるから、それでいいだろう。
「アンジュはどうする?」
「こーひーぎゅーにゅー、みるくおおめ!」
「へぇ、アンジュちゃんコーヒー飲めるの?」
ティナが興味を持って聞いた。
「うん。のめる。アンジュおとな」
「すごーい」
「えへへ……」
環も褒めると、すごく嬉しそうに照れた。
「えっと、どのくらいコーヒー入れる?」
「わんふぃんがー」
なぜか指を二本出したが、俺の指の太さってことかな?
俺の飲むコーヒーを、アンジュ専用の大きなマグカップに少し注いで、たっぷりと牛乳を入れる。
そして、それぞれの前に置いた。
「これ焼いたマシュマロとかないの?」
「ほい」
マシュマロの袋を投げて渡した。
「雑!」
環が不満そうに言うが、そういうのは入れる前に言うべきだ。そうすれば考えなくもなかったのに。
アンジュは両手でマグカップを持って、くぴくぴと飲んでいく。
そして、「ぷはぁ」と息を吐いた。立派な白ひげができている。
「これぞ、おとなのあじ!」
ほとんど牛乳だけどな。
なぜか、ティナと環が拍手する。俺も拍手した。
だって可愛いんだから仕方ないだろ?
こんなにも背伸びしてるんだもん。そりゃあ拍手しないわけにはいかない。
「アンジュちゃん、そのコーヒーはどこのコーヒーなの?」
ティナがニコニコしながら聞いた。
さて、アンジュはなんて答えるかな?
「ぶらじる」
片手を挙げて答えるアンジュ。
なるほど。ヨーロピアンブレンドと書いてあるから、多分何割かは入ってるだろう。
俺が拍手する前にティナと環が拍手した。
照れながら喜ぶアンジュもかわいいな。
答えは、発表しなくていいだろう。
その後、ケーキを食べながらコーヒーを飲んでいく。
ケーキに甘い飲み物ってよく飲めるよな。そう思いながら、先ほどのことをふと思い出した。
「そういえば、ティナは小さい子だけじゃなくて、妹の扱いも上手いよな」
「あ、それわたしも思った」
「あー、妹いるからね。二人」
「「えっ!」」
「なんで二人して驚くのよ……」
いや、だって一人っ子みたいな性格してるから……。
まぁ、こんなこと言えないんだけどな。
だが、環は少し違ったようだ。
「……もしかして、妹さんの名前ってティアって言います?」
「あら、知ってるの?」
「ええ、同じ生徒会なので」
「「えっ!?」」
今度は俺とティナが驚いた。
「な、なによ」
「いや、環が生徒会? 初めて聞いたんだが」
「初めて言ったもん」
嘘だろ……。環が生徒会……。まぁ、コミュ力はあるから……。いやでも、ああいうのって成績優秀な人がなるものじゃ。
「環ってそんなに頭良かったっけ」
「お兄、すっごく失礼! わたしこれでも学年で二十位以内だよ?」
「すごいな……」
でも、環で二十位以内って、英愛学園ってそんなにレベル低いのだろうか。
「凄いじゃないの」
「でしょう? もっと言ってやってください、環お姉さま!」
いつの間にかお姉さまに昇格している。
ティナも困惑している。
「えっとね、あそこって入った後の方が大変なのよ。他は入るまでが大変だけど、あそこは他より難しいこと平気でやるもの」
「知らなかった」
環は、なぜか立ち上がり、両方の腰に手を当てて偉そうにしていた。
「ティナも英愛なの?」
「いや、わたしは神桐学園ね」
「おまっ! なんでそこ言って早稲林なんだよ。帝東行けるじゃん」
「わたしもびっくりー」
神桐学園は、偏差値一位の難関校だ。日本でトップの帝東大学への進学率ぶっちぎりで一位だ。
ぶっちゃけ、政治家か官僚目指してるやつしか行かないようなところではある。
なんで、そんな凄いところ行っていたやつがこんなところで、幼女相手にデレデレしながらケーキ食べてるんだ?
「まぁ、行って後悔したのよね。勉強勉強で楽しくないし、空気重いし。あ、紗季と明日香と玲奈も一緒だったの」
あの三人も頭いいんだ。
頭ぶつけておかしくなってるんだと思ってた。
心の中で小さく謝っておく。これで大丈夫だろ。
「あと、早稲林じゃなきゃダメな理由があって……」
「どんなの?」
「それは……」
なぜか俺を見て、言葉を詰まらせた。
何か言おうとしていたことをやめたのか、表情を変えた。
「それでね、うちの妹。あ、二人いてティアとティノね。ティアがわたしと同じようにそこ入ろうとしたんだけど、同じ気持ちを味わわせたくないから反対したら、ちょーっと仲わるくなっちゃってねー」
ほんの少し寂しそうにティナはそんなことを言った。




