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メリーさん家の三姉妹  作者: 玉名 くじら


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72/100

72 ……覚えてないんだね


 久しぶりに大学へ来ると、新鮮な気持ちになる。

 夏休みの間に、イメチェンした人も多く、校内はカラフルになっていた。


 そんな感じでよそ見しながら歩いていた俺が悪かった。

 向こうから来た女子とぶつかってしまった。


 「あ、ごめんなさい」

 「いえ、こっちも前を見てませんでした」

 ぶつかった拍子に落としてしまった本を拾う。

 こんなに抱えていたら、前なんて見えないだろう。


 それにしてもと思う。

 こう言ってはなんだが、かなり地味だ。

 ビール瓶の底くらい大きなレンズの眼鏡と野暮ったい緩めの三つ編みを肩にかけていた。

 服装も地味。

 地味なワイシャツとジーパンという、今日日秋葉原でも見ないファッションだ。


 しかし、どこかで見た記憶がある。

 自分の学部ではない。

 では、どこか……。考えながら拾う。


 彼女はどこか、動きももっさりしていて、ついにかけていた眼鏡すら落としてしまった。

 そして、素顔が露わになって、ようやくそれが誰か分かった。


 「え……山なんとかさん? なんでこんなとこいるの? 清掃員のバイト……は、服違うか。司書のバイト?」

 「違います」

 それは、いつものおちゃらけた言い方ではなく、毅然とした言い方だった。

 

 「どゆこと?」

 いつまでも、床に座っていたからだろうか、人の視線をいくつも感じた。

 「ここでは何なので」

 そう言って案内されたのは、研究室の一つだった。


 部屋に入り本を机の上に置くと、彼女は胸に手を当てて言った。

 「わたしはここの大学生ですよ」

 「マジで?」

 「はい。というか、ここにいるのに、その可能性を最初から考慮しないのは、どうかと思いますが?」

 「すまん」


 だって、あんなに働いてるから、てっきりフリーターだと思うじゃん。


 「もしかして、学費のため?」

 「いや、それは実家の方で出してもらってるので……。趣味にはお金がかかるといいますか」

 そんな小声になるような趣味ってなんなんだ。

 気になる。

 

 「一体何にそんなお金使ってるんだよ」

 「(お、推し活に……)」

 「え、なんて?」

 「だ、だから、推し活!」

 顔を真っ赤にして言った。

 そんな怒鳴らなくてもいいだろうに。


 「で、なんの推し活なの?」

 「よくぞ聞いてくれた」

 それまでの恥ずかしがりなど微塵も感じさせない声音で言った。

 むしろ嬉々としている。

 眼鏡を外して、三つ編みを解いて、団子にした。

 いつも見る山なんとかさんだ。


 「BYD44というものがあってだな」

 「何それ。電気自動車でも買うの?」

 「違う! 薔薇百合男子44!」


 なんでも女装した男子のアイドルグループで、本当に44人いるそうだ。

 世界は広いな。


 可愛い衣装を着て踊るのだそうだが、本当に可愛くて女の子に見えるのは数人いるかどうかくらいらしい。

 そして、ちゃんと可愛い子は脱退して他のグループ組んだり、独立したりするそうだ。

 道理でティナが食いつかないわけだ。聞いたことなかったしな。


 「定期的にメンバーを募集するのだが、君も条件には適合するな……」

 顎に手をやり、とんでもないことを言い出す。


 「やめろ、俺にそっちの気はない」

 「霊夢のコスプレしてたのに?」

 「あれは不可抗力」

 「?」

 あんまり追及してこなくて助かったよ。

 まぁ、趣味は人それぞれだから。

 しかし、アイドル好きとは意外だったな。


 「で、なんでここに連れてきたの? まさか、本当に勧誘じゃないだろうな?」

 「え? あ、違う。ほら」

 そう言って出したのは、学生証だった。


 「森川……汀? お前山なんとかじゃないの?」

 「……覚えてないんだね」

 「え?」


 少し寂しそうな顔をした汀。

 少し胸がチクッとしたので、灰色の脳細胞をフルで動かす。


 名前が特徴的なんだよな。『みぎわ』だもん。

 みぎわみぎわ……みぎわさん……あ!

 いたわ。小学生の時の男子でいたわ。

 アニメのキャラと名前が一緒だってことで、からかわれてた記憶がある。


 ……待て、男子?

 目の前にいるのは女性だ。

 あれー?


 「なんだ……その微妙な顔は」

 「あの……さ……」

 どうしても歯切れが悪くなってしまう。


 「男子なら記憶にあるんだが……」

 「あー、確かに昔は男の子っぽい格好だったかな」

 よく漫画やアニメである、『お前女だったのか!?』をリアルで体験してしまった。


 まぁ、服装を除けば可愛いんだよな。

 でも、俺の中の記憶と苗字も違う。

 何だったっけなー、山なんとかだってのは覚えてる。


 「なぁ、苗字って、森川だったか?」

 「あー、家庭の事情でね」

 答えは教えてくれない。


 というか、その後引っ越しちゃったんだよな。

 「小学3年か4年で引っ越しちゃったよな?」

 「家庭の事情でな。親が転勤族で」

 「あー」

 そういえば、2年の時に転校して来た気がする。

 で、3年か4年の時にまたいなくなっちゃったんだよな。結構話した記憶がある。


 なんだか、懐かしいな。

 その後、いろいろ話したのだが、なぜか引っ越し先が境目みたいなところばっかりなんだ。

 今は多摩境に住んでるらしい。

 住んでる住所を教えられたけど、別に行かないぞ?


 「なんでそんな毎回境目みたいなところばっかり住んでるんだよ」

 「家の事情で……」

 また出たよ家の事情。


 前にアイリさんが言っていたことも含めて聞いてみるか?

 「それって、なんかカッパと関係あるの?」

 「…………………………」

 体感では十分以上あったように感じた。

 そして、ゆっくりと汀は口を開いた。


 「知ってたんだ……」

 「確証は無かったけどな」

 汀の頭を見ると、ムッとされた。


 「何で頭を見た?」

 「いや、カッパって言うから」

 「頭はハゲてない!」

 「あ、すまん」

 「それに、うちは境界を司る方のカッパだから」

 「へぇー」

 カッパにもいろいろあるんだなぁ。


 「で、どこの学部なの?」

 「基幹理工。カッパたるもの、機械には強くないとな」

 その理由はよく分からなかったが、まぁ何か学びたくて来るんだもんな。


 「な、なぁ」

 さっきまでの反応が嘘のように、躊躇いがちに聞いてきた。


 「どうした?」

 「連絡先、教えてくれないか」

 「ああ、いいよ」

 「そ、そうか」

 連絡先交換するだけで、なんでこんなにテンパってるのかは分からないが、まぁ、同じ大学に通ってるし、面識あるしな。


 「じゃ、じゃあまた今度連絡するよ」

 「ああ」

 そうして、研究室を出ると、早速長文でメッセージが来た。

 律儀に返すと、すぐに戻ってくる。


 家に帰り、エレナに言われるまで、ずっとスマホをいじっていた。

 だって、『またね』と言っても、会話を再開するんだもん。ある意味で恐怖だよ。

 返さないと、電話かかってくるし。


 嬉しいのは分かるけど、節度は守ってほしいな。

 こっちは家事もしてるんだし。

 そうメッセージを送ったらなぜか、既読スルーされた。


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