70 ぶらじる
「さんばー、るんばー、りおでじゃねいろー」
アンジュから届いた二つ目のはそんなメッセージだった。
俺は最初のメッセージが届いてからめちゃくちゃ悩んでいた。
だって、最初に届いたメッセージは「ぶらじる」だったのだから。
日本国内でブラジルって言われて思いつくのなんて、静岡か群馬くらいだ。
或いは、コーヒー屋さんだが、アンジュがコーヒーを選ぶとは思えない。
だって、ジュース派だから。
でも、背伸びして、「コーヒー牛乳、ミルク多めで!」なんて言うかもしれない。
しかし、最悪の場合、俺は飛行機に乗らなければならない。
日本の裏側まで何時間かかるか分からない。
そして、そこまで考えた段階でさっきのメッセージだ。
俺は椅子の背もたれに体重を預け、腕をだらんと垂らした。
「終わった」
マジか。初の海外……。
ブラジルって何語だ? 俺、そこまで英語得意じゃないんだが、通じるだろうか?
目の前が暗くなりかけたところで、もう一通届いた。
そこには画像があった。
俺は思いっきり上体を起こし、部屋を出た。
そこには、おっきな提灯と風神様が写っていた。
「おにーちゃ」
アンジュは人形焼を頬張りながら雷門の前にいた。
「今回のは難しかった」
「えへへ……」
「もう。無事で良かったよ」
「あい」
そういえば、今日はやたらと人が多いな。
浅草とブラジル。一体何の関係が…………。あ!
気がつけば、周りはたくさんの人で埋め尽くされていた。
アンジュの安全を考えて、少し人の少ない方へ移った。
それでも、やはり人が多い。
そして、いつの間にかパレードが始まっていたのだろう。
豪華な衣装を身にまとった人が踊りながら歩いている。
すごいな。初めて見た。
アンジュはめちゃくちゃ興奮している。
「おにーちゃ、もっと!」
アンジュがせがむので、肩車すると、アンジュの目線と同じ人物が前を通った。
「あ」「あー」「あら」
それは、美晴さんだった。
まさか、サンバカーニバルに出場しているとは。
だが、パレードの最中。
ここで立ち止まる訳にはいかないらしく、踊りながら去っていった。
しかし、なんというかすごいな。みんなスタイルはいいし、衣装も気合が入っている。
そうして、数十分後──
「おまたせ」
チームのシャツだろうか。
でも美晴さんが着ると、形状がすごいことになっている。
なぜか、アンジュが俺の頭を叩く。
「美晴さん、サンバカーニバルに出るんですね。意外です」
「あらそう? 地元だし、今年で五回目なのだけれど……」
「え、そんなに?」
「そうよぉ。といってもわたくしたちなんて、まだまだよ。もっとすごい人たちばっかりなんだもの」
複雑な苦笑いをしていた。
俺的には、全部すごかったんだけどな。
「美晴さんのチームって」
「え? あ、いやだわ。他の人は普通の人よぉ。あ、でも四人はわたくしたち側ね」
そうなんだ。だからと言って、どれが? なんて分かるわけがない。
メイクもバッチリ決まってたしな?
てっきり、美晴さんがいるから全員だと思ってたよ。
まぁ、他のチームには角刈りで毛むくじゃらの眉毛の繋がった人もいたからな。
そう思っていると、俺の頭の上でアンジュが動いた。
「しゅごかった! さいこー!」
「あらぁ。アンジュちゃんありがとう」
他のチームが終わるまでまだ時間があるらしく、軽く飲みに行こうと誘われた。
お店へ向かう途中、スタッフと思しき人が二人、言い争っていた。
「やーまーねー」
「すいません」
「もう、しっかりしてよねぇ。ぷんぷん!」
そう言って、ひょろ長のスタッフは別のところへ行ってしまった。
「はぁ……」
「何やらかしたんですか?」
「うわっ!」
今日はヤマネさんらしい。
「あ、いや、ちょっと誘導ミスを」
「大変っすね」
「まぁ、見入ってた自分が悪いんで。では……」
その後、的確に誘導をしていた。相当に堪えたらしい。
だが、この日以降、『ヤマなんとかさん』を見ることは無かった。
「亨くん。さっきのは知り合い?」
「知り合いっていうか、知り合いですね。はい。知ってるだけの人です」
「ふぅん」
「ばいとせんし!」
「あら、そうなの?」
「うゆー」
なんで、堂々と言い切ったのに、そこでトーンダウンしちゃうんだよ。
そして、連れられた場所では、先ほどの人たちだろうか。
既に結構でき上がっている。
テーブルの上には空のジョッキやグラスが並んでいる。
食べかけのおつまみもたくさんあった。
そしてみんな美晴さんと同じシャツを着ていた。
そして、メイクを落としていたのですぐに分かった。
「あら」
「どうも」
そこには、先日会った貞子さんとその妹さんがいた。
「妹の小夜子よ」
「どうも」
なんか無理やり連れてこられた親戚の子供みたいな感じだ。
気だるそうにストローを咥えている。
「お二人もサンバカーニバルに?」
美晴さんに勧められて、アンジュと共に座る。
ちなみにアンジュは、座って早々に「おれんじじゅーす、ろっくで」と頼んでいた。
「そうよ。たまたま知り合って、その流れでねー」
美晴さんと貞子さんの接点が思い浮かばない。
そこで、聞いてしまうのが俺の悪い癖。
「どこで知り合ったんですか?」
「あれ、何年前だっけ」
「三年くらい前?」
「あー、その辺かも」
その頃に一体何があったのか。
「バスツアーで会ったのよね。どこだっけ」
「あの時は山梨にフルーツ狩りだった気がするわ」
「あー、そうそう。ワイナリーで飲んでね」
勝手に盛り上がって、話し込んでいるが、バスツアーで会ったのか。
そう思った時に頼んだものが運ばれてきた。
「はーい! オレンジジュースロックと、コーラのストレートね!」
なぜかどこの飲み屋さんもノリがいいんだよな。




