69 わたしも妹も両方貞子だから
それはアンジュの保育園でのお友達の天ちゃんだった。
「おー!」
アンジュはどこか新鮮なのか、興奮していた。
「天ー、開けてたら虫入っちゃうわよー……って、あら」
天ちゃんの後ろから出てきたのは、天ちゃんにそっくりな母親だった。
「あらあらあら、まあまあまあ……」
口元に手を当てて目を丸くしている。
そりゃあそうだろう。
だが、本当に驚いたのは俺の方だった。
「なあに天ー、呼んだの?」
「うん!」
どうやら天ちゃんの仕業らしい。どういうことだ?
「ごめんなさいねぇ。あ、上がって」
「はい」「おじゃまちます」
そう言って、俺とアンジュは中へ通されたのだった。
そして、ソファに座ると、申し訳なさそうに天ちゃんのお母さんがお茶を出してきた。
お菓子も出してきたが、おせんべい、練ようかん、すあま、五家宝、謎のゼリーと結構渋いラインナップだ。
アンジュと天ちゃんがお菓子を食べ始めると、天ちゃんのお母さんが口を開いた。
「ごめんなさいねぇ。もしかしてDVDもらっちゃった感じ?」
「あ、はい。みたいです」
「そうなのね」
慣れているのか、いつものことなのか、のほほんとしている。
「あの、どういうことなんですか?」
「あ、そうよね。説明しないとよね」
「ええ、そうしていただけると」
「わたしね、あのテレビから這い出てくる系の映画のアレなのよ」
マジか。もういろんな人に会ってるから驚きはしない。
驚きはしないが、イメージが違いすぎる。だって、○蜜みたいな見た目なんだもん。
出るとこ出てるし、なんというか、街を歩いていたら誰もが振り返るレベルだ。
つまり、美人だ。
長い艶のある黒い髪の毛は天ちゃんにも引き継がれているらしい。枝毛なんてなさそうだ。
そんなことを考えていたら、今度は天ちゃんのお父さんもやってきた。
「あ、この度はうちの娘が勝手に呼びつけてしまって申し訳ございません」
「いえ、大丈夫です」
それにアンジュの転移で慣れているからな。
「申し遅れました。わたくしは父親の井出敦信と申します。こっちは妻の貞子と娘の天」
「あ、名乗り忘れてましたね。貞子です」
「そら!」
「あ、俺も申し遅れました。宇慶亨です」
「アンジュ!」
アンジュが元気よく挨拶すると、貞子さんがニコニコと返答した。
「知ってるわよ。キュアキュアショーで一緒だったもんね」
「かわいかった」
「ホント! あの衣装着こなすなんてすごいわ。ウィッグ被ったら完璧よ。うちの旦那なんてパッツパツで」
「頼む言わないでくれ……」
あれなぁ……。人によっては罰ゲームだよな。
そうして、名乗ったあと、それぞれが何をしているのかを話した。
敦信さんは映像関係の制作会社で編集を担当しているのだそう。
奥さんの貞子さんは、西東京市の家電量販店でテレビ担当なんだそうだ。
「この見た目と名前でしょ? そりゃもう営業トークに有利でー」
話題は脱線し、どんな感じで売るかを話していた。
「黒が締まって見えますよ」「井戸の暗部も潰れません」「這い出てくる時の残像も少ないです」
こんなこと言いながら、売ってるらしい。
それで、ここいら辺でトップの売上というから、本当に凄い。
「『ほら、井戸がこんなにくっきりと』なんて言われても今の若い子にはピンときませんよ?」
「そうなのよー。今の若い子はテレビ見ないし、スマホがあればいいって言うじゃない? でも一番買ってくれない理由は受信料よねー」
「「あー」」
敦信さんと声が重なった。
呪いより強い受信料……。
しかし、俺が聞きたいのはそんなことじゃない。
「なんで俺とアンジュはここにいるんですか?」
「それはね、信じてくれないかもしれないけど、わたしたちの能力でね、ビデオとかDVDを渡すとその人を呼んだり、こっちから行ったりすることができるのよ」
「あれないとできない」
天ちゃんが自信満々に言い切った。
メリーさんの能力みたいなもんなのか。
「だからアンジュちゃんの能力と似たようなものね」
「あれ、知ってるんですか?」
「しってるー。よくひとりで、いっちゃうもん」
手を上げて言う天ちゃん。
そして「パパー」と言いながら敦信さんにせがむと抱っこされて嬉しそうにしている。羨ましい。
アンジュの方を見ると、お菓子を食べながら首を傾げていた。
「まぁ、うちの子もよくそれでお邪魔したり、呼んじゃったりしてねー」
「アンジュちゃんちあそびいきたくてー」
なんとも可愛らしい理由だ。
「でも。アンジュもよく転移しちゃうから、前もって連絡してくれないと留守になっちゃうよ?」
「それはこまりゅ!」
天ちゃんが困ったように、貞子さんに手を伸ばすと、頭をぽんぽんと触った。
俺もつられてアンジュの頭を撫でたら不思議そうな顔をした。
いつもなら喜ぶのに、もしかして大人ぶってるのだろうか。
そうして俺は貞子さんと連絡先の交換をした。
幼女一人で来たら、帰りとか大変だもんな。
でも、天ちゃんの能力なら一人で帰れるのだろうか?
「小さい時は能力は一日一回限りだからねー」
「あ、それはうちと同じなんですね」
そんな感じで和気藹々と話していたら、気がつけば日をまたぎそうになっていた。
「あら、こんな時間。送ってくわね」
「助かります」
正直、ここがどこかは分からないんで助かった。
「ばいばーい」
「またあちたー」
天ちゃんとアンジュが挨拶をしている。ここだけ見れば普通の保育園児なのにな。
それにしても、貞子さんか。
外に出ると、似たような見た目の女の人がいた。貞子さんと違ってとてもスレンダーだ。
コンビニの袋を持っている。
「あ、お姉ちゃん出かけるの?」
「うん。送ってくの」
「そうなんだ。気をつけてねー」
「分かったわ」
そう言って家の中に入って行った。
「妹さんですか?」
「ええ。一応妹って設定で」
設定……。
玄関横の車庫に行くと、車が二台止まっていた。
トヨタのエンブレムがなぜか『ループ』や『リング』を想起させた。
それにしてもこの初代RAV4は車高が高いよな。決して地面につきたくないという意思表示を感じたが、どうやら違うのかもしれない。
もう一台のRX-7は車高ビタビタに低いもんな。
で、こっちはエンブレムがアンフィニだ。
『無限』とか『螺旋』とか好きなんだろうか。
どっちもナンバーが『8888』だ。
車に乗り込み聞いた。
「設定ってどういうことです?」
「わたしも妹も両方貞子だから」
どうやら東京都内だけでも十七人ほどいるらしい。貞子さんが十六人目で妹さんが十七人目。
それぞれ違う性格や人格を持っているんだそうだ。
それで、今の旦那さんとは恋愛結婚というから驚きだ。確かにラブラブだったしな。
しかし、十七人……。
意外と少ないのかな?
あ、でも都内だしな。
そんなことを考えながらアンジュを見る。
アンジュはもう限界が来たのか、ぐっすり眠っている。
帰る途中で、道路工事にでくわした。
見たことのある山なんとかさんが警備員をしていた。
今日は何の名前なのか、すごく気になったが、人の車に乗ってる状態で、窓を開けて聞くことなんてできない。
向こうも気づいてなさそうだしな。
しかし、今日はいろんな経験をしたな。
「また今度ゆっくり話しましょうね」
そう言って帰って行った貞子さん。
部屋へ戻ると、DVDは停止していたが、エレナの部屋からは相変わらず音楽が漏れていた。
夏だというのに広瀬香美の曲が流れていた。




