68 普通のDVDだよな
夕食を食べ終わり、片付けも済んだころ、アンジュがカバンから何かを取り出した。
「あい」
「あら、なんかの映画?」
「わかんない。もらったから」
アンジュが保育園で友達から何やらDVDを渡されたらしい。
いつもの大地くんかなと思ったが、どうやら女の子らしい。
天ちゃんという子が、「あげる」って言ってくれたのだそうだ。
女の子同士だからね。多分、ディアレスト系のファンシーなアニメ映画か。それともキュアキュアの劇場版だろうか。
ダビングしたのか、透明なケースに一枚入っているだけだった。
DVDの盤面が怪しく光る。
普通のDVDだよな。
「ねぇ、見ないの?」
「あ、ああ、そうだな。見よっか」
「たのしみー」
俺も最近、いろんなこと経験してるから、つい疑ってしまった。
まぁ、映画なら転移することもないだろうし、今日はアンジュは一度転移済みだ。心置きなく見られる。
しかし、エレナはどんな内容をやるのか分からないのに、テーブルの上に大量のお菓子とジュースを準備している。
完全に楽しむ気満々でいる。
クッションを抱えて、見る準備は万端だ。心なしか鼻歌さえ聞こえる。
アンジュもどんな内容をやるか分からないはずなのに、すでにウルティママンのポーズを取っている。
「しんじつはひとつかふたつみっつ!」
相手は女の子だからそれはないだろう。
それにそれは違う作品だ。セリフも若干違う。
「ほら亨も座って」
俺はなぜか真ん中に座るよう、エレナに袖を引っ張られながら座った。
ちなみにアイリさんは疲れているのか、速攻で寝室へ行ってしまった。
微かにだが、イビキが聞こえる。相当激務だったようだ。
きっと明日は昼近くまで起きないだろう。
しかし、心なしか規則正しいイビキに聞こえるのはなぜだろうな。
「早くしてよ」
「あ、ああ……」
エレナが急かすので、慌てて再生ボタンを押す。
だが、始まっているのに、しばらく真っ暗な画面だった。
「あれ? 始まってるよな?」
「レコーダーの表示は進んでるわよ」
エレナがひょいとリモコンを奪うと、再生ボタンを連打する。
そんなことしても意味ないだろうに。
「表裏間違えてない?」
「それは大丈夫だと思うけど。間違ってたら動かないだろ?」
「それもそうね」
そんな感じでしばらく待つと、ロゴとか何も出ず、うっすらと『井戸』が映った。
その瞬間、エレナは脇目も振らず逃げ出した。
逃げる時、テーブルに脛をぶつけたが、痛がることなく走って行った。
なんなら、肩まで柱にぶつけていた。
そこまで急がなくてもいいと思うんだ。
それにほら、『井戸』が映ったといってもホラーじゃなくて、コメディ映画の可能性もあるだろう?
エレナは部屋へ入るなり漏れ聞こえるほどの大きさで音楽をかけたようだ。西野カナの歌が聞こえる。
テレビでは相変わらず、音もなく『井戸』だけが映っている。あの映画のシーンのように。
テレビではだんだんと井戸に近づいていく。
俺も逃げたいんだが、「うおー!」と言いながらアンジュが俺を掴む。
それにリモコンはエレナが持って行ってしまった。
まさか、こんなもんが存在するとは思わなかった。
アンジュは興味津々で見ているが、きっと何も起きないぞ。
起きたとしてもテレビから女の人が出てくるくらいだ。
そしたら、ちょっと文句を言ってもいいかもしれない。
『こんな時代に非常識だぞ! もう令和だぞ? 流行らないぞ!』ってな。
しかし、なんてもんをもらってきたんだよ、ホント。
結局『井戸』以外は何も映っていない。
『井戸』からは誰かが出てくる様子すらない。
エレナの部屋から漏れ聞こえる西野カナの曲と『井戸』の映像というシュールな状況が続く。
まぁ、暑い夏の夜にはいい肝試しにはなったんじゃなかろうか。
エアコンがなくても十分に涼しくなった。
エアコンのリモコンはいつの間にか切っていた。無意識って怖いね。
電気代高騰対策に怪談DVD。環境省が推奨し始めたら終わりだわ。
俺もこれ以上見るのも憚られるので、本体から止めようと前に少し動いた瞬間、視界が暗転した。
そして気がつくと、俺とアンジュはその井戸の前に立っていた。
まさか、俺も転移するとは思わなかった。
初の転移がこんなホラーなのは嫌だが、新鮮な気分だ。
しかし、転移すると、靴とか履いてるもんなんだな。
ポケットの中にはテーブルの上に置いたはずの財布とスマホが入っていた。
そこは便利だと思った。
「転移精度 ★★★★★」
「携行品補完機能あり ★★★★☆」
「目的地説明 ★☆☆☆☆」
「井戸 ★★☆☆☆」
っと、こんなもんかな?
しかし、ここはどこなんだろうか。
辺りを見回す。
薄暗いが住宅街のようだ。塀の向こうには家があるし、なんなら俺の後ろに光源があるからだろう。明るい。
井戸がより不気味に見える。
振り返ろうとしたところで、声をかけられた。
「いらっちゃい!」
その幼い声のする方に俺とアンジュが振り向くと、そこには、テラス窓を開けた一人の幼女がいた。
そして、大きな瞳を輝かせ、期待に満ちた表情をしていた。
俺とアンジュは互いに顔を見合わせてしまった。




