67 そういうことじゃない
俺もこの夏、いろいろと出かけていたこともあり、提出しないといけないレポートが溜まっていた。
宿題は最後まで残さないタイプだと自負していたが、まさかこんなことになるとはな。
一応、夜にちょこちょこやってはいたんだが、全然進んでいなかった。
エレナがお菓子が食べたいと言うが、お金だけ渡して必死に仕上げている。
「もう。人には先にやれって言っといて、自分はこんなに残してるんだもんね」
「申し開きできない」
「っ……! まぁいいわ。わたしも自由研究残ってるしね。アンジュ手伝って」
「あい」
なんでアンジュに手伝ってもらってるんだよ。心の中でツッコミを入れるに留める。
一度突っ込んだら、もう終わらないだろう。
無心で終わらせていく。
うぉおン! 俺はまるで人間タイプライターだ!
って馬鹿なこと思いついてないで、やっていく。ただまとめて書いていくだけなのに、この苦行よ。
どれだけの時間、集中してやっていただろうか。
ほとんど終わり、一瞬気が楽になったところで、目線を上げたら、両方の手で頬杖をついた操がいた。
「…………」
なんだ、操か。
「…………は?」
キーボードを打つのを止めて顔を上げる。
「なんでいるんだ?」
辺りを見回すと、アンジュがクレヨンで絵を描いていた。
エレナはいなく、代わりにめぐりんこと巡と礼奈と操がいた。
「今頃気づいた?」
「あ、ああ」
「お兄さん、随分と集中してましたねー」
「エレナが声をかけても、ガン無視でしたもんね」
「マジか」
どうやら、お菓子が食べたくなったエレナはアンジュを操たちに任せてどこかへ買いに行ったらしい。
もうほとんど終わってるから別にいいんだけどな。
しかし、この量をよくやったよ俺。手首が疲れている。きっと泡立て器は持てないだろう。
「で、三人はどうして?」
「エレナの終わってる宿題を写させてもらいに」
「何もしてないように見えるが……」
「言う前に行っちゃったから」
「そうか」
では、なぜニヤニヤしているんだろうな。
「まぁ、それよりも、お兄ちゃんは、さ……。エレナのことどう思ってんの?」
操が変な質問をしてきた。
「どう……とは?」
「お兄さん。可愛いとか愛おしいとかいろいろあるじゃないですかー」
巡がそう言うと、アンジュは描くのを止めて、聞く体勢になった。
「そうですよ。一つ屋根の下で暮らしてるんでしょう? 何かありますよね?」
「何か……?」
俺は腕を組んで上を見上げる。
「そうだな……」
操、巡、礼奈の三人は、なぜか期待に満ち満ちた目をしている。
「かわいいとは思うぞ」
「「「おおっ!」」」「!?」
「俺が作ったご飯を綺麗に食べて、いつも嬉しそうにしてるし、洗濯物畳むの下手なのに、一生懸命にやろうとするし」
「「「「………………」」」」
なぜか、そう言うと、「そういうことじゃない」といった顔をされた。
「率直に思ったことを言ったまでなんだが」
「「「「はぁ〜」」」」
盛大にため息を吐かれた。
「もっと、こうあるでしょう?」
礼奈がグイッと前かがみに来るが、何があると言うのか。
操も巡も前かがみになる。
その瞬間、スマホが振動した。誰かからメッセージが届いたらしい。
エレナからかな? と思って開くと、なんとアンジュからだった。
「すまん。ちょっと用事ができた。操、家のこと頼むな」
「あっ! 逃げないでよ!」
「すまん。いつものアレだ」
「じゃあ、しょうがないか」
そうして逃げるように俺は家を出た。
*
亨が家を出てしばらくすると、チャイムが鳴り、そのまま誰かが入ってきた。
「あれ、お兄いない感じ?」
環が部屋に入ると、妹の操と見たことない女子が二人いた。
エレナもアンジュもいない。
その中の活発そうな子が環の頭頂部を見て、頷いて立ち上がった。
「もしかして、操のお姉さんですか?」
「そうだけど、よく分かったわね」
宇慶家の三兄妹はアホ毛がトレードマークである。
それに、カラスのような青混じりの黒い髪は少し特徴的だ。
それに顔も似ている。人間観察の得意な巡にとっては朝飯前のことである。
「初めまして。あちきはエレナの恋路を見守る会、会長の秋山巡と申します。エレナと同中でクラスメイトです」
「あ、どうも。あたしは宇慶環。そこの操の姉よ。よろしくね」
巡と握手をする環。どちらも同士だとすぐに認識した。
そして礼奈も立ち上がり、まさかのカーテシーをする。
「あーくしは冬室礼奈と申します。お姉様」
「御機嫌よう。こちらこそよろしくね」
ノリのいい環も同じようにスカートの端を摘んでカーテシーをした。
操がジト目で見ていた。
「ところで……『エレナの恋路を見守る会』って」
「そう。あちきと礼奈と操の三人でやってるの」
「まぁ、そのままだとバレるから三合会って名前で……」
「それだと非合法組織っぽいから少し変えなさい」
環が苦笑混じりに言う。
「じゃあ、三人の会長でやってるから山頭会でいっか」
「なんで三人とも会長なのよ」
おかしくなって笑い出してしまう環。
「ところでエレナは?」
「お菓子買いに行ってる」
操が答えた。
「アンジュちゃんは?」
「お兄ちゃんといつもの」
「そうなんだ」
巡と礼奈も少し気になったが、『いつものことなら』、と気にも留めなかった。
「ところでお姉さんは高校生ですよね」
巡が聞いた。
「そうよ。英愛なの」
「あ、エレナが行きたいって言ってたところね」
「「え!?」」
初耳だと言わんばかりに巡と礼奈が驚いた。
「そうなの?」「そうなん?」
「うん。制服可愛いからそこがいいって」
「確かに可愛さでは頭一つ抜けてるけど……」
「着るだけでアイドル気分になれるのなんてあそこだけだしね」
巡と礼奈がうんうんと頷くが、すぐに固まった。
「待って、それだとあちきら高校でのエレナの恋路を見守れない」
「確かに」
二人は焦った。エレナはここ最近、余裕でA判定が出るほど学力を上げてきている。
一方、二人は良くてC判定である。
だが、目の前に英愛学園在籍の環がいる。なんという僥倖かと二人は思った。
「お姉さん! あちきらに勉強教えてください!」
「あーくしも! お願いします!」
「いいけど……」
「お姉ちゃん、わたしもあやしいからお願い」
三人がバッと頭を下げる。
「まぁいいけど、お兄に聞いた方が確実よ」
「え、そうなの?」「そうなんですか?」
「だってねぇ、早稲林よ? 九楼高校出身だしね。そこそこ頭いいわよ。教え方上手いしね」
「いや、十分進学校……」
礼奈が小さく呟いた。
「あー、確かに。エレナがあそこまで一気に成績上がったのお兄ちゃんに教わってだもんね」
操がそう言うと、二人は操の方に勢いよく振り向いた。
「「!?」」
「まぁ、わたしが教えてもいいけど、一回聞いてみたら? エレナの様子も見れるでしょう」
「「確かに」」
その時、環のスマホに通知があった。
「あ、ごめん。わたしも呼び出しくらったわ」
「お姉ちゃん呼ばれるようなことしたの?」
「これでもわたし生徒会やってんのよ」
「え?」
「なんでそこで驚くのよ。あー、もう。こんな面白くなりそうな時に、もう……」
「また今度」と言って出て行った環。
しばらくして、エレナが帰ってきた。両手にはコンビニの袋が握られていた。
「あれ、亨は?」
「いつもの」
「あー、なるほど」
エレナが頷くと同時に亨も戻ってきた。
「ただいま」「ただいまー」
「あら、今日は近かったのね」
「ああ。池袋でちいさくてかわいいのをな」
「なんでわたしはそこにいなかったのよ」
「おもちろかった!」
そんな様子を見て、操、巡、礼奈はニマニマと静かに眺めていた。
「つ、次はわたしも連れてきなさいよ」
「だって、アンジュ」
「ちゅぎはすいぞくかんがいい」
「だそうだ」
だが、結局次もエレナはタイミングを逃してしまうのだった。
そんな様子を三人はずっと微笑ましそうに見守るのだった。




